やはり王子様はボンクラだった

 予想通り王国艦隊から通信があった。内容は殿下の身柄の引き渡しの要求と予想通りだったが、王太子と愛人の男爵令嬢が出演していたのは予想外だった。

『わがハイランド王国は、犯罪者であるマルガリア・フォン・アンベルクの引き渡しを要求する!』

 画面の中の美丈夫は、プロパガンダと変わらない高圧的な態度で要求を突きつけてきた。

中身あたまは悪そうですけど、表面かおは抜群に良いですね」

 ヴァネッサがため息を吐きながら、見当違いな感想を漏らす。

「ナノマシンによる整形じゃよ」

 艦橋に上がって来た殿下が衝撃のネタバラシをした。

「それ、帝国に輸入できませんかね」

 ヴァネッサの言葉が冗談に聞こえない。

「脳に副作用があったらどうする気じゃ」

『俺を愚弄する気か!?』

 うっかり忘れそうになったけど、これは双方向通信だった。

「王太子殿下、小官は〈ロスバッハ〉艦長のオスカー・フォン・ハウゼン大尉です。マルガリア・フォン・アンベルク皇女殿下は国際法によって貴国の国内法から保護されています。貴国の法律でマルガリア殿下を裁くことはできません」

『そのような詭弁が俺に通用すると思っているのか』

「詭弁ではありません。そちらの法務官にご確認ください」

 王太子の視線が動いた。おおかた側近が書いたカンペでも読んでいるのだろう。

『えっ! 本当にダメなの?』

 王太子は本当に驚いたらしく、思わず声に出していた。自分がやっていることが無理筋だと理解していなかったらしい。

「まさか王太子が座乗しているとは思いませんでした」

 ヴァネッサがまた無駄口を叩く。

「妾もじゃ。あやつにこのような度胸があるとは思わなんだ」

「艦橋風の背景はCGによる合成ですよ。いくらなんでも軍艦に愛人は連れ込まないでしょう」

 俺は二人の勘違いを正そうとしたのだが──

『酷い! 私のことを愛人だなんて!!』

──画面の向こうから想定外の抗議が飛んできた。

『貴様、メアリーを侮辱する気か!』

 王太子と同乗している男爵令嬢のファーストネームはメアリーらしい。今初めて知った。

「殿下、貴国の法律では王族と婚姻できるのは他国の王族か伯爵家以上の貴族と定められています。そちらの令嬢ではご実家の爵位が足りず、愛妾にしかなれません。小官は事実を述べたに過ぎません」

 なんで外国人の俺が王太子に王国の国内法の解説をせにゃならんのだ。誰が政変の黒幕かは知らないが、ここまでバカだと傀儡かいらいにしやすそうだな。

『殿下、そうなのですか? 私は愛人にしかなれないんですか!』

 画面の向こうで勝手に修羅場が始まりそうだ。泳いでいた王太子の視線があさっての方向で定まった。またカンペを読んでいるようだ。

『えーっと、メアリーを高位貴族の養女にすればきさきにできるそうだ。そうだ、宰相のエジンバル侯に頼んでみよう。彼なら頼りになるし、メアリーのコーンウォール男爵家の寄親だ。嫌とは言わないだろう』

 見るに耐えない茶番劇だが、殿下はここからひらめいたようだ。

「王国宰相のエジンバル侯爵は強行派でな。政略結婚を決めた穏健派の国王とは、外交政策で対立しておったのじゃ」

「では政変の黒幕は宰相でしょうか?」

「断定はできんが、その可能性は高そうじゃな」

 この通信の内容はそのまま本国にも送信している。本国でも二人と同じ感想を持つだろう。

「しかし悪役令嬢というのは、やってみると存外に良いものじゃな。王子の理不尽な断罪を逆にはね返すざまぁ返しは痛快じゃ」

 そのざまぁ返しとやらをやっているのは俺なんですけど。

「妾の場合はオスカーがやってくれるので、楽ちんじゃ」

 いきなりファーストネーム呼びですか!?

「さすがは腐っても名門貴族ですね」

 落ちぶれたけど、腐ってはねえぞ!

『これが最後通牒だ! マルガリアを引き渡せ。さもなくば戦争だ!!』

 ああ、これでやっと話が先に進む。

「小官は事前に本国から指示を受けています。マルガリア殿下の御身を守るためなら開戦もやむなし。これが帝国政府の意志です。今の最後通牒は王国による宣戦布告と受け取りました」

『ふん、愚かな。こっちは新造の戦艦だぞ。アラサーババアの巡洋艦など一捻りだ』

 その捨て台詞を残して、カンペ王太子は通信を切った。

「アラサーはババアですって!」

 ヴァネッサさん、人間じゃなくて軍艦の話だから。

「艦橋より全艦に達す。王国は帝国に宣戦布告をした。本艦はこれより戦闘行動に入る。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない」

 俺に命じられる前にヴァネッサが全艦にアナウンスを流した。切り替え早っ!

「本艦は予定通りM作戦プランに従って交戦を行う」

 M作戦とはついさっき本国から送信されてきた、マンシュタイン艦隊司令長官が直々に立案した作戦だ。帝国海軍最高の頭脳と謳われる人物が考えただけあって、うまく行けば殿下も〈ロスバッハ〉も助かる。その代わり失敗したら目も当てられない結末を迎える。

「副長、艦首ブロックの乗員の退避は?」

「すでに完了しています。艦首ブロックは無人です」

「機関長、制御プログラムのアップデートは?」

「すでに完了。KOD砲、いつでもいけます……バグが無ければ」

 それなんだよなあ。バグが無ければ『行ける』んだが、あったら俺たちが『逝く』ことになる。

「トリガーを砲雷長へ移譲しろ」

「了解。トリガーを砲雷長のコンソールへ接続します」

「接続完了を確認」

 砲雷長の声が震えている。無理もない。

『こちら〈ブリュンヒルデ〉、これより本船は独自に本国への帰還を目指します』

 船長からの通信だ。〈ブリュンヒルデ〉は囮となって王国の軍艦の一部を引きつけようとしてくれるのだ。

「航海の無事を祈ります」

 無事なわけがないと分かっていても、そう言わざるを得ない。

『〈ロスバッハ〉こそご武運を』

 コンソールで〈ブリュンヒルデ〉が〈ロスバッハ〉の後方から離脱するのを確認する。〈ロスバッハ〉が戦闘機動をしても〈ブリュンヒルデ〉に影響がない距離まで離れたところで、命令を出す。

「敵艦隊へ突撃せよ」

 敵艦隊にも動きがあった。艦列から二隻の駆逐艦が離脱して〈ブリュンヒルデ〉の進行方向へ転舵した。殿下は〈ロスバッハ〉に座乗しているのだが、王国軍はそんなことは知らない。戦場から離脱しようとしている〈ブリュンヒルデ〉に殿下が乗っていると考えるのは当然だろう。もちろん王国の領海のときとは違い、一撃で沈めにくるはずだ。その代わり〈ロスバッハ〉が相手にしなければならない敵艦は一時的に八隻に減ったというわけだ。

「砲雷長、離脱した敵駆逐艦を最優先攻撃目標に設定」

 気休めにしかならないだろうが、ないよりマシだ。

「了解。トラックナンバー07、08を最優先」

「KOD砲は残り八隻を射程圏に捉え次第、自動的に発砲するように設定せよ」

「……了解、自動発砲に設定します」

 砲雷長の声に少し安堵の色が交じる。自分でトリガーを引くよりはマシだろう。

全兵器使用自由オール・ウェポンズ・フリー

「全兵器使用自由」

 砲雷長が復唱する。これで敵艦が射程距離に入り次第、〈ロスバッハ〉は持てる全ての火力を敵に叩きつけることになる。

 敵艦隊の動きは駆逐艦の分離だけではなかった。真っ直ぐ〈ロスバッハ〉に向かってきた艦列が転舵して、その横腹を〈ロスバッハ〉に見せようとしていた。相手の針路を妨害しつつ、複数の艦から集中砲火を浴びせる丁字戦法だ。古典的だが最も効果的な戦術だ。さすがに王太子も自分で艦隊の指揮はとらず、専門家に任せたようだ。

 こういう場合は、教本マニュアルには突撃して敵の艦列に潜り込めと書かれている。敵艦の間に潜り込めば敵は同士討ちを恐れて思うように攻撃できなくなる。もっともそうなる前に高確率で撃沈されるのだが。だが今の〈ロスバッハ〉の戦術は教本ではなくM作戦だ。

「船務長、防御力場シールドを艦首に集中展開」

「了解、防御力場を艦首に集中展開」

「航海長、〈プリンス・ブライアン〉の正面に回り込め」

「了解」

 現代の軍艦は、自分の周囲に重力場を作って自由落下で加速する重力推進だ。後ろに何かを噴射する昔のロケットなら、艦首の向きを変えないと進行方向を変えられない。だが噴射をしない重力推進だと横滑りができる。〈ロスバッハ〉は艦首を敵艦隊に向けたまま、弧を描くようにして〈プリンス・ブライアン〉の進行方向へと移動を開始した。移動距離が大きいので、進行方向に近づくだけで立ち塞がることはできないが。

「トラックナンバー07、08、撃ち方始め」

 あらかじめ全兵器使用自由を宣言していたので、砲雷長は独自の判断で駆逐艦への攻撃を開始した。艦列が戦艦の速度に合わせて移動しているのに対し、最大戦速で移動している駆逐艦の方が先に〈ロスバッハ〉の射程圏に入ってきたのだ。〈ロスバッハ〉の艦砲射撃を浴びて、駆逐艦のシールドが激しく発光する。だが駆逐艦は沈まずに持ちこたえている。

 そのとき〈ロスバッハ〉の艦体に衝撃が走った。

「敵戦艦から砲撃を受けています。シールド残量が減少!」

 船務長の報告を受けてコンソールで確認する。シールドの減り方が半端ない。さすがは王国自慢の戦艦だ。

散乱砂ダストを前方に散布」

 散乱砂とはレーザーやビームを乱反射してくれる砂粒だ。敵の砲撃を減衰してくれるのではないかと期待されているが、自分の砲撃も減衰したり、電磁レーダーを妨害したりするので、使い所が難しい。

「光圧で吹き飛ばされますよ」

「やってみなきゃわからん。ないよりマシだ」

「了解、散乱砂を前方に散布」

 シールドが減る速度はほとんど変わらない。船務長が言った通り、敵の砲撃の威力が大きすぎてほとんど効果がないようだ。

「シールド、一分も保ちません!」

 船務長が悲鳴に近い警告をあげる。

「それだけあれば十分だ」

 コンソールを睨んでいた俺がそう答えるのと同時に、体に違和感を感じた。久しぶりの体験だったので、それが無重力だと気づくのに数秒ほど時間がかかった。

「KOD砲、発砲」「重力エンジン、一時停止」

 砲雷長と機関長の報告が重なる。

「前方の敵艦隊沈黙、慣性飛行に遷移しています」

 船務長が待望の報告をあげてくれた。


 KOD砲とは新型エンジンの欠陥を逆手に取った新兵器だ。クルーガー重工業のエンジニアは、有害放射線モドキは抑制するだけでなく制御することも可能なことを発見した。つまり放射線モドキを特定の方向にのみ放射できるのだ。それを兵器として応用したのがKOD砲だ。放射線モドキはモドキであって放射線ではない。だから既存の装甲やシールドで防ぐことができない。KOD砲を撃たれた敵艦は損傷することはないが、中にいる人間はほぼ確実に死亡する。いずれはKOD砲を防ぐ手段も開発されるだろうが、現時点では防御不可能だ。


 艦内に人工重力が戻ってきた。

「重力エンジン、再起動成功」

 機関長の報告に艦橋にいた乗組員たちはホッとする。重力エンジンが動かなければ〈ロスバッハ〉は航行できない。

「船務長、残りの敵駆逐艦と〈ブリュンヒルデ〉は?」

「敵駆逐艦一隻は撃沈。残りの一隻は射程圏外に逃げられました。〈ブリュンヒルデ〉はその一隻によって撃沈されました」

 艦橋が沈痛な雰囲気で満たされる。

「敵駆逐艦は逃走を開始しました」

「追撃する。弔い合戦だ」

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