第25話 アオイにまつわる秘密

「それで――隊長、何かお話があるのですか?」


 庁舎の別室。そこに場所を移すと、レナードはエルドに訊ねる。ああ、とエルドは短く頷きながら、ちら、と傍のクロエを見る。

 彼女は視線を巡らせてから一つ頷き、口を開いた。


「盗聴は、ありません」

「ん、ありがと――ヘルメス、念のため」

「はいはい、〈匣〉ですね」


 ヘルメスは調子よく頷き、匣で結界を張る。厳重な盗聴対策に思わずレナードは眉を寄せる。エルドは少し苦笑して肩を竦めた。


「悪い、レナード――これは余人には知られなくない話だ」

「アオイくんたちにも?」

「ああ、彼の出生に関わる話でもある」


 レナードはわずかに視線を細める。なるほど、と軽く腕を組んだ。


「ということはやはり、あの子は」

「……さすがに気づくか」

「ええ、隊長の手紙では『親友から預かった子』とありました。ですが、大戦を生き延びた貴方の親友は数少ない。ですから、同じ英雄ではないか、と思いました。同時に思ったのは、アオイ、という名は東方由来だな、と」


 そして、英雄の中には同じく東方由来の名を持つものがいる。


「調べてみたらドンピシャでしたね――〈金の拳姫〉シズナ」


 レナードは一息つき、目を細めて言葉を続ける。


「彼女の本名はシズナ・リース・カンナギ――彼女はアオイくんの母親、ですね」


 その言葉にヘルメスはほう、と感嘆の声を上げ、エルドは満足げに一つ頷いた。


「正解だ。〈金の拳姫〉の血を引き、〈白の剣聖〉の教えを引く青年、それがアオイだな。こういうとなかなか数奇な運命を辿っているな」

「……本人はまだ知らないのですね?」

「ああ。だが、自分も敢えてアオイには母親の素性は教えていないものの、隠してはいない。シズナが隠すように頼んできたからだ。とはいえ、いずれアオイ自身も真実に辿り着くだろう。だが、それまでは教えるつもりはない」

「それは、何故でしょうか?」

「彼女が自分たちに子を預けた理由を話さねばならなくなるからだ」


 ため息を一つつき、エルドは遠い目をして言葉を続ける。


「今から十年ほど前か。シズナが旦那と共に小さな子を連れて自分の家を訪ねてきたのは。長雨の月だったからよく覚えている――クロエがひどく警戒していたな」

「当たり前です。あの人も昔はアグニさんと同じく、戦闘狂でしたから」

「ああ。だが、再会した彼女はひどく大人しくなっていた。弱くなったわけではないが、気迫を内に秘めていたのだ。それもそのはず、彼女は妊娠していた」

「妊娠――ということは、恐らく第二子」


 レナードの言葉に一つ頷き、思い出すような口調で続ける。


「そうだと言っていた。そして彼女は自身が追われていることを告げ、アオイを預かってほしいと頼み込んできたんだ」

「……追われている?」

「レナード、シズナのことは……まぁ、あまり知らないよな」

「ええまぁ……拳闘に優れた武人、ということくらいしか」


 何しろ、吟遊詩人の伝説はかなり風化し、エルバラード、アグニ、シズナの名は知られていても、彼らの姓は呼ばれなくなってしまったくらいだ。

 だからこそ、アオイがシズナの息子であること、リーシャがアグニの養女であることに気づいている人も少ないだろう。

 レナードは吟遊詩人の語り、そして大戦期を思い出しながら言う。


「先祖代々の武術を引き継ぎ、拳闘に長け、戦うときはその髪の毛が金に輝く特徴がある……とか」

「ああ、概ねその通りだ。そもそも、彼女はカンナギ衆という一族の出身だ。大戦期、仲間の裏切りによってカンナギ衆は壊滅している。だからこそ、彼女、ひいてはアオイはカンナギ衆の血を引く末裔と言える」


 そういえば、とレナードは思い出す。

 アオイは剣で戦うが、拳や脚の遣い方も異様に上手い。同時に時折、覇気を身に纏う際は金色の光を帯びていた。あれは魔力の波長だと思っていたが。


(カンナギ衆の血が為せる業か……)


 納得しつつ、レナードは続きを促す。エルドは頷きながら言う。


「武術に優れるカンナギ衆は特殊な血を引いており、クラウスの研究によれば魔力の親和性が著しく強いらしい。つまり、より魔力で身体を活性化させることができる」

「それであれだけ体術が優れているのか。もしかして、エルド隊長も――」

「自分の場合は、後天的だけどな」


 軽く肩を竦めたエルドは、話を戻そう、と言葉を続ける。


「問題はその血がベルグマンに利用されたことがある、ということだ」

「ベルグマン――」


 ベルグウイルスを開発されたとする魔王軍の人物。つまり――。


「あのウイルスにはカンナギ衆の血が、利用されている?」

「定かではない。だが、魔獣の運動能力を向上させる部分では使用されている可能性が高いと判断している――そうだよな? ヘルメス」

「ええ、一部ですが、シズナさんの血とベルグウイルスは似通った部分があります」


 ヘルメスは解説を加える。レナードはわずかに嫌な予感を覚えつつ、口を開く。


「だからカンナギの血を狙ってシズナ殿は追われていた、ということですね。それで隊長を頼ったと」

「ああ、子が一人なら守れる。だが、妊娠している現状だと手が足りない。だからこそ、アオイはここで預かり、できるなら鍛えて欲しい、と」


 エルドは吐息をつきながら小さく微笑んで続ける。


「その頃、アオイと同じくらいの子を持っていて、かつクロエも妊娠していた。だから少し迷ったが、引き受けることにした。彼女は親友だからな」

「そしてシズナさんは翌日には発ち、それからは行方知らず、です。死んでいないとは思いますが――」


 クロエは言葉を引き継ぐ。ふむ、とレナードは頷いて理解を示す。


「英雄は死ぬとは思えないですからね――ただ、アオイくんをシズナ殿から預かった経緯は理解しました。それとは別に聞き捨てならない情報がありましたな」

「ああ――カンナギ衆の血と、ベルグウイルスの繋がりだろう?」

「はい。ということはこの一件は、アオイくんを狙ったものでは……?」

「ええ、それは私も懸念しました」


 ヘルメスが口を挟み、視線をエルドに向ける。


「ですから、私は感染個体の情報が出た時点で、このディスタルの街に向かい、いち早くアオイくんの無事を確かめました」

「それには感謝しているよ。クラ――いや、ヘルメス」

(……ん?)


 今、何を言いかけたのだろうか。レナードが少し首を傾げる一方、ヘルメスは意味深長に微笑む。


「いえいえ、同じ仲間の子とあれば気を配るのは当然です――その上で調査を進めた結果、恐らく今回の事件はアオイくんは関係ないと思います。今、濃厚な仮説だと」


 こほん、とヘルメスは咳払いをし、指を一本立てて続ける。


「ベルグウイルスを保有する何者かが改良を施し、ブナンの森で実験を行ったのだと思います。それも魔獣だけでなく、植物や人間に効くように改良したものを使用し、実験したのではないか、と」

「自分も同感だ。今回の一件はアオイを狙ったにしてはあまりに杜撰だ。実験を終えた以上、犯人は逃げた可能性もあるが、無論、とどまっている可能性もある。入念な調査は引き続きお願いしたいところだが」


 問題は、とエルドは言葉を続けて目を細める。


「アオイ・カンナギのことが敵にバレた可能性がある。そうなれば今度は、敵は彼の奪取を狙って行動を起こす可能性がある」


「あ……それは、確かに、ですね」


 今回の一件でアオイたちは目まぐるしい活躍を果たした。下手をすればそれは英雄並みの活躍であり、吟遊詩人が聞き込みしているのも見た。

 そうすればもしかしたら、アオイのことが知られるかもしれない。

 そしてウイルスの改良のために、拉致される可能性も考えられる。


「安全を期するならば、アオイを私たちの家に連れ戻すことですが」


 クロエが小さく手を挙げて告げる。だが、エルドはすぐに首を振った。


「いや、それは彼のためにならないだろう。ある意味、この危険は彼が生きている限り、ついて回る――それをいつまでも守り続けてやるわけにはいかない。いつか、彼が直面し、自ら解決しなけれならない問題だ」

「そう……ですよね」


 視線を伏せさせるクロエにエルドは宥めるように肩に手を載せる。それからレナードに視線を向けて訊ねる。


「どうだ、レナード。ここにアオイがいた場合、守れるか」

「……それはいつも通り、彼が冒険者としての生活をしている前提で、ですよね」

「ああ」


 エルドの眼差しにレナードは首を振った。考えるまでもない話だ。


「ここは冒険者街。人の出入りが激しくマークするのも大変です。それに狩場もたくさんあります。その日どこで狩りをするかは彼らの気分次第になります」

「……警戒範囲が広すぎるか。なかなか難しい問題だな」

「ここ以外なら、まだやりようがあると思います」

「ではレナード殿、北はどうでしょうか。エルフ大森林の方です」

「おお、それならば」


 ヘルメスからの助言に思わず手を打つ。妙案だった。

 なるほど、とエルドは視線をヘルメスに向けながら言葉を続ける。


「それなら思い切って霊山まで行かせるか。あそこなら、自分の師匠もいる」

「確かに。エルドくんとシズナさんの子であれば受け入れてくれるでしょうし。修行という口実もつけやすいですね」

「……ただ、大丈夫でしょうか。霊山といえばエルフからの立ち入り許可がないと入れない領域です」


 霊山はエルフ大森林の北にある山であり、誰も踏破したことがないとされる領域だ。エルドは大戦中期、一時的に離脱してそこで剣の腕を磨いたとされる。

 だが、それはエルフたちの協力があったからこそだが――。


「そこは私が何とかしましょう。長老にも話を通します」

「そう、ですか……ヘルメス殿は実に頼もしい」


 そう言いながらふと思う――頼もしすぎやしないか?

 確かにクラウスの一番弟子とすれば信任され、多く技術を継承されているだろう。だが、先の戦いで見せたのは卓越した〈匣〉の技術だった。

 咄嗟に多数展開しながら上方に魔力の奔流を受け流すなど、なかなかできる芸当ではない。何かアオイと同じく背景のあるエルフなのではないか、と疑いたくなる。

 眉を寄せていると、エルドは小さく笑いながらヘルメスを見た。


「レナードは今後、協力していく必要がある――ヘルメス、秘密を明かしたらどうだ?」

「……それもそうですね。とはいえ、レナード殿も気づいてくれないとは些か残念ですねぇ。私たちは初対面ではないですし、言葉も交わしたことがあるというのに」


 ヘルメスは残念そうに告げながらレナードを見る。彼は両手を合わせて〈匣〉を空中に浮かべて自在に大きさを変え始める。

 レナードは顎鬚を撫でながらしばらく考え込む。


(とはいえ、エルフの知り合いなど、ほとんどいないが)


 冒険者として来たエルフに数人出会ったが、顔は全く違う。

 とすれば、考えられるのは大戦期だ。だが、そこで言葉を交わしたエルフなどほとんどいない。いるとすれば、それこそ〈匣のエルフ〉であるクラウス・ブローニング――。

 思考が、止まる。彼の手元に視線が向く。

 自在に動いているのは〈匣〉――まさか――。


「クラウス・ブローニング……?」


「ふふ、エルフの長寿というところはこういうときに重宝しますね」


 ヘルメスはにやりと笑い、大仰に一礼して見せる。


「ヘルメス・グロッケンは世を忍ぶ仮の名の一つ。私の名前はクラウス・ブローニング。エルフ族の一人にして、エルドくんたちも轡を並べた英雄の一人ですよ」


 その言葉に思わず愕然とする。エルドを振り返れば、彼は渋い顔で肩を竦めていた。


「そういう悪戯っぽいところが昔からあるんだ――全く悪知恵が働く」

「隠居してからも、この人には振り回されてばかりです」


 クロエも心なしか不機嫌そうな声を出している。ヘルメス――改め、クラウスはにこにこと微笑みながら指で振って匣を消し去る。


「ともあれ、私であれば霊山への手配も可能です――あとはレナード殿に少しご協力いただければ、という次第ですね……よろしくお願いできますか?」


 その言葉にレナードは頷きながらも、思わず遠い目をする。


 アオイは〈白の剣聖〉エルドの弟子にて、〈金の拳姫〉シズナの息子。

 リーシャは〈紅の飛将〉アグニの養女にして弟子。

 そして――ヘルメスは、〈匣のエルフ〉クラウス本人。


(一体、なんなんだ、このギルドは――)


 困惑せざるを得ない、ギルドマスターであった。

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