第23話 予期せぬ救援

 一筋の光が迸った。


「え――」


 広がった漆黒の魔力に光のひび割れが広がる。

 そして、一瞬にして、闇が砕け散った。

 思わず目を見開く前で闇を引き裂いた光が乱舞する。光の残滓を身に纏うようにして、目の前には一人の男が立っていた。

 その背中は見覚えがある。それもそのはず、いつも追いかけてきた背中だ。

 信じられない。我が目を疑うアオイに向けて、その男は柔らかく告げる。


「よく耐えたな。アオイ」


 その声に思わず身が震えた。頼もしい姿にアオイは泣きそうになる。


「……師匠……っ」


 ああ、と目の前の師は短く頷き、緩やかに剣を霞の構えを見せる。

 そして、全身から気迫を放つ。前に立つ者を圧倒する、凄まじい気迫。その後ろに立つアオイは身震いしながらも思う。

 なんと頼もしいことか、なんと力強いことか。


(これが――師匠)


 アオイの目の前で師匠、エルドは低く迫力のある声で告げた。


「〈白の剣聖〉エルバラード・リュオン――助太刀する。我が剣、見切れるか」


 瞬間、エルドは地を蹴り、漆黒の男へと斬り掛かる。

 男は怯まずにエルドに向かって踏み込み、殴り掛かる。だが、彼は瞬時に身を屈めて拳を掻い潜ると、刃を一閃させた。

 がら空きの胴体を薙ぎ払う。だが、わずかに魔力が迸るだけで攻撃にはならない。それにエルドは気づくと、鋭く脚を一閃させた。

 回し蹴りが男の胴体にめり込み、弾け飛ぶ。容赦のない一撃で男は広場の方へと吹き飛んでいった。脚を振り抜いたエルドは吐息をつき、振り返って言う。


「ここは危ない――クロエ、二人を逃がしてもらえるか」

「はい。畏まりました」


 音なくアオイの傍に一人の女性が降り立ち、一礼する。あ、と思わずアオイは視線を上げると、その女性は目を細めて頷いた。

 エルドの妻であるクロエだ。彼女も来てくれたらしい。

 リーシャは顔を上げ、エルドを見る。彼は柔らかく微笑み、リーシャに一礼する。


「弟子を守ってくれて感謝する。ここは任せて欲しい」


 そして、エルドは背中を見せて悠然と男の方に歩いていく。クロエはリーシャに手を貸して立たせながら、アオイを見て告げる。


「少し離れましょう、二人とも――魔人相手となると、かなり激しい戦いになります」

「は、はい……」


 よろよろと立ち上がり、広場を見ながら後ずさるように退く。エルドは広場に立つ男を見やりながら、慎重に距離を詰めていた。


「アオイ――あの人が本当に師匠の……」

「はい、エルバラード・リュオン――〈白の剣聖〉です」

「隠居したので基本的に彼のことは、エルド、と呼んでください」


 クロエが捕捉するように告げ、まぁ、と眠たげな瞳で夫の背を見る。


「隠居したとはいえ、その剣の腕は現役時代から衰えていませんが」


 直後、エルドの身体がぶれるように動いた。身体を沈みこませ、視界から外れながら肉迫、迸った刃が男の腕を引き裂く。飛んだのは黒い飛沫。

 だが、斬った腕は千切れていない。男は構わず掌を突き出した。またしても魔力が迸り、奔流が走る――が、エルドはすでにそこに立っていない。

 横に流れながら霞の構えを取り、瞬時に突きを放つ。神速の三段突きが男の肩を捉えた。飛び散る魔力。男は腕をそちらに向けるが、エルドの振り抜いた脚がそれを蹴り飛ばす。

 蹴り脚を地面につけるや否や、それを軸足にエルドは鋭く斬り上げる。

 だが、飛び散るのは漆黒の魔力のみ。ふむ、とクロエは目を細める。


「やはり大戦期の魔人と同じですね。魔力で身体を覆っている」

「じゃあ、師匠でも斬れないのは――」

「高密度の魔力だから、でしょう。衝撃は殺され、刃は絡め取られます」


 だからこそ、アオイやリーシャの刃が防がれてしまった。


「他にも魔力で身体を活性化しているので、膂力や脚力も凄まじいでしょう――ただ、残念なことに中身が伴っていないようですが」


 解説するクロエの視線の先では、エルドが身軽な動きで魔人を斬りつけている。

 横薙ぎ、斬り上げ、斬り下げ、突き、と見せかけて、横薙ぎ。

 単純な斬りつけではなく、魔人の表面を削ぐような斬撃だ。

 フェイントを織り交ぜた高速の連撃を前に、男は翻弄されている。男の回し蹴りは空を切り、拳は地面を叩く。動きはめちゃくちゃだ。

 クロエは近くの瓦礫に腰を下ろして無表情で言う。


「なるほど、身体を覆う魔力は高密度。エルドさんの刃を通さないのはさすがと言えます。ですが、その魔力を無駄に振り回すだけ――これなら大戦期の魔人の方が手強い」


 一息つき、クロエははっきりと断ずる。


「〈白の剣聖〉の敵では、ありません」


 その言葉と共に、エルドの動きが切り替わる。

 連撃が加速し、目にもとまらぬ速さで斬撃が繰り出されていく。風切り音はここまで聞こえるほどであり、その剣閃は白い光にも見えてくる。


「アオイに似ている、けど、アオイ以上の剣技――」

「はい、あれが師匠の技――」


 リーシャの言葉に頷く。加速する剣閃は激しさを増し、男の黒い魔力が一気に削られていく。黒い飛沫が宙を舞い、光にかき消されていく。

 それに男が悲鳴を響かせる。苦悶と悲痛を感じさせる、絶叫。

 だが、エルドは容赦しない。背後に回り込み、鞘に剣を封じる。直後、気迫と共に剣が鞘から迸った。刃が真下から跳ね上がり、男の腕を捉え。


 鮮やかに斬り飛ばした。


(――もう、黒い魔力が……)


 防ぐことができないほど、薄くなったのだろう。

 男は腕を抑えてうずくまる。それはあまりにも稚拙で、致命的な隙だった。露わになった首筋。それを前にしてエルドはひらりと剣を一閃。

 そして、鞘に刃を封じる。瞬間、男の身体がゆっくりと傾き、地面に倒れ込む。

 男の首が、ごろりと地面に転がる。それを見て、リーシャは小声を紡ぐ。


「……終わり?」

「はい、終わりです」


 クロエは無表情で頷く。リーシャは目をぱちくりさせ、表情を引きつらせる。


「……圧倒的、ですね」

「それがあの人の実力、ということです」


 クロエの言葉にアオイは頷いた。エルドの元を離れ、いろいろと学んだからこそ分かるものもある。やはり、師匠であるエルドは強い。


「すごいなぁ、やっぱり――」


 しみじみと思う中、師匠はちらりとこちらを振り返って手で合図する。それをクロエは読み解き、手で合図を返す。


「戦後処理は引き受けるので、アオイの手当てを優先――だそうです。あとで、エルドさんと合流しましょう」


 そう言われると、掌に激痛が走る。視線を向ければ、手は真っ黒に爛れていた。リーシャも視線を追いかけ、目を大きく見開いて腕を掴む。


「アオイ、急いで手当てしないと……早く、モニカのところに……!」

「い、痛いです、リーシャさん……!」


 腕を掴まれた拍子に痛む腕。引きずられるように歩いていくアオイをクロエは微笑ましく見守っていた。

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