第19話 花の魔獣
押し寄せてきたのは、やはり大量の蔦だった。
茂み、木々の間を縫うように鋭く放たれる数々。それをアオイは抜刀術で、リーシャとレナードは薙ぎ払った武器で吹き飛ばす。
連携して三方を防ぎ合う。互いの防御でどうにか拮抗を保つ。だが、地面を踏みしめた瞬間、地面が微かに揺れた。
直感が迸る。アオイは足元を顧みながら叫んだ。
「下ッ!」
アオイ、リーシャ、レナードは同時に跳躍する。瞬間、地面を割って無数の蔦が飛び出した。アオイの足が掴まれそうになるが、同時にリーシャとレナードが武器を振るう。
長柄の武器が蔦を引き裂いた。アオイは着地しながら礼を告げる。
「ありがとうございます――」
「礼は後だ! 来るよッ!」
リーシャの声と共に、再び蔦が迫ってくる。地面を割りながら、茂みの中から次々と放たれる蔦。それに三人は踏み込みながら刃を振るう。
再び即席の連携。リーシャが方天戟の薙ぎ払いで蔦を弾き飛ばし、その隙をアオイが埋める。レナードは荷車に迫る蔦を防いでいく。
閃く刃の数々。蔦が千切れて飛び、足元に溜まる。
だが、蔦が衰える気配はない。アオイは舌打ちをこぼしながら横薙ぎ、それから斬り上げに繋げる。レナードが大きく薙刀を振った隙に息を整える。
(――このままだと、じり貧……っ!)
物量に押し切られかねない。リーシャもレナードも荒い息をこぼす。
そこに畳みかけるように蔦が一気に迸り――。
直後、青白い光が目の前に迸った。目の前に結界が発生する。
「お待たせしました。要救助者はひとまず三名保護――そちらの援護に専念します。〈匣〉を貴方がたにお貸しします」
ヘルメスの淡々とした声と共に、魔力が迸る。蔦が結界の隙間を縫うように迫ろうとするが、同時に迸った立方体の結界が蔦を捉えた。そして匣は一気に収縮し、蔦を押しつぶす。
ヘルメスは流れるように魔力を次々と放つ。それに呼応するように匣は次々と現れ、蔦を防ぎ、捉えては破壊していく。青白い光が入り乱れる。
(これが〈匣〉の妙技――!)
蔦の物量に対し、匣で完全に対抗し切っている。その光景に思わず息を呑んでいると、ぞわり、と背筋に悪寒が走る。
奥から何かが近づいてきている――巨大な、気配。
それと同時に感じるのは、甘ったるい匂いだ。花の蜜にも似ているが、同時に腐った肉の匂いも思わせる。リーシャは鼻を抑えて顔を顰める。
「なんて匂いだ……っ」
「どうやら、親玉のようです……光よっ!」
モニカが光の球を飛ばす。辺りが明るくなり、その姿が明らかになる。
それは巨大な花だった。その花の周りからうじゃうじゃと無数の蔦を生やしている。不気味に波打つ蔦を見ていると、気分が悪くそうになり、カナタは少し視線を逸らした。
気配は背後からも迫ってきている。視線を荷車の後ろに向ければ、そちらからも花の魔獣が迫ってきていた。蔦が四方から迫るのを感じながら、アオイは荷車の方へ下がる。リーシャもそれに従いながら軽く舌打ちした。
「――囲まれた。けど……恐らくこれが親玉だね」
「討ちますか」
「うん、でも前に一体と後ろに一体だ。だから荷車を中心に手を分ける――マスター、モニカと一緒に後ろの魔獣に当たってもらっても構いませんか」
「構わないが――こちらは二人で大丈夫か?」
レナードの気遣うような気配に、思わずアオイとリーシャは同時に答えた。
「アオイとなら行けるさ」
「リーシャさんとなら行けます」
「……そうか。なら、前は任せる」
レナードは地を蹴り、荷車の後ろに回り込む。アオイとリーシャは肩を並べ、左右に意識を飛ばす――側面からも蔦の気配がしているのだ。
「皆さん、できるだけ私が〈匣〉でサポートします――!」
ヘルメスがその言葉と共に魔力を迸らせる。瞬間、中空に現れたのは匣の足場。その意図を察し、アオイとリーシャは匣の上に飛び乗った。
これならば、地面からの蔦は匣が防いでくれる。
後は――。
「二人で連携して蔦を捌きながら――」
「あの中心を叩く、ということですね」
アオイとリーシャは言葉を重ねて不敵に笑い合う。
敵は複数の攻撃手段を持つ。他にも何かあるかもしれない。それでも隣に立つ人は互いに信頼できる。背中を任せることができる。
ならば、恐れる必要はない。アオイは片刃の剣、リーシャは方天戟を構える。
瞬間、花の魔獣が身を震わせ、次々と触手を放ってきた。
「う、らあああああああ!」
リーシャがそれを真っ向から迎え撃ち、方天戟で横薙ぎに蔦を斬り飛ばす。蔦の破片が宙を舞う中、横合いからリーシャを狙う蔦が迸る。
それをアオイは刃で斬り飛ばす。小回りを利かせ、より早く斬撃を繰り出す。蔦を薙ぎ払った直後には彼は手首を返し、別の蔦を斬り飛ばす。
(やはり――軽いッ!)
複数の蔦が絡み合って突き出される。だが、それはあくまで蔦。リーシャの方天戟の一撃に比べれば、あまりにも軽い一撃。
アオイの刃を防ぐことは、能わない。
「は――ッ! アオイの剣に比べれば、鈍過ぎるね……っ!」
リーシャは吼えながら方天戟を振り回す。その勢いはさらに加速し、次々と蔦を弾き飛ばしていく。リーシャの流し目が一瞬、アオイに向いた。
「アオイッ! 畳みかけるよ!」
「了解――ッ!」
その声に反応するように、辺りに魔力が迸り、匣の足場が辺りにいくつも展開される。ヘルメスの援護だ。リーシャとアオイは頷き合うと分かれて、別々の匣へと飛び移る。
その二人を追いかけるように迸る無数の蔦。だが、彼らの動きは止まらない。
アオイが別の匣に飛び移った、かと思えば、上に跳躍して木の枝に着地。
リーシャはその真下の匣を駆け、蔦を斬り払いながら、別の匣に着地する。
上下左右、木々を含めた様々な構造物に二人はひらり、ひらりと身を移す。その立体的な機動に蔦は翻弄され、ついていくことができない。一部の蔦は絡まり合い、身動きが取れなくなる。
(好機……ッ!)
瞬時にアオイは木の幹を蹴り、匣を蹴って宙を駆け、花の魔獣本体に接近する。接近に気づいた魔獣が素早く蔦を放ってくる。
アオイはとんぼ返りで後ろに舞いながら蔦を斬り払う。次の足場の匣に着地すると瞬時に側転。横の匣に手をついて跳ねるように横に跳ぶ。
そのアオイの周囲に素早く展開される無数の匣――視線を一瞬だけヘルメスに向ければ、彼は片目を閉じて掌を合わせる。魔力が迸り、さらに匣の足場が生まれる。
(さすが〈匣のエルフ〉の弟子だ――)
これだけの結界の多数展開に思わず舌を巻きながら、アオイは花の魔獣の周りを立体機動で動き回り、翻弄――注意を、逸らしていく。
そしてその機を逃さず、ひらりとリーシャが大きく空を舞っていた。
彼女が舞うのは花の魔獣の頭上。アオイに気を取られ、魔獣は気づいていない。その間に彼女は方天戟を振りかぶり、全力の気迫を滾らせる。
轟、と音を立てて彼女の魔力が迸り、方天戟が火炎の軌跡を宿す。アオイは匣を蹴ると、後ろにとんぼ返りを切って後退。
花の魔獣の動きが止まり、真上に蔦を差し向ける――だが、遅い。
「らあああああああああああああ!」
裂帛の気合と共に、リーシャが落下しながら方天戟を振り下ろす。火炎の軌跡が真一文字に閃き、花の魔獣を真っ二つに引き裂いた。
彼女が轟音と共に着地――方天戟を地面に叩きつける。轟音と共に地面が揺れ、花の魔獣が火を纏いながらその場で崩れ落ちる。周りに迫っていた蔦も全て力を失くしたように地面に落ちる。
安堵の吐息をついたアオイは地面に降り立つと、荷車の方を振り返る。荷車の後方ではレナードが苛烈な攻めを見せていた。
「オオオオオオオオオオオ!」
薙刀を鋭く回転させ、蔦を全て弾き飛ばしている。その間にモニカとヘルメスが確実に魔術による攻撃を加えていく。その応酬で花の魔獣はかなり疲弊を見せていた。
蔦の勢いが失われ、葉もしおれつつある。その状況を見たヘルメスが目を細め、両手を合わせる。
「さて――こちらも仕舞いにしましょう」
その声と共に無数の匣が花の魔獣の周りを取り囲み、蔦の起点を全て抑え込む。その隙にレナードは力強く踏み込み、上段に薙刀を構え。
そのまま、花の魔獣に向かって唐竹割を放った。真っ二つに花の魔獣は断たれ、崩れ落ちる。静寂を取り戻した森の中でレナードは石突を地面について荒々しく吐息をつく。その傍に歩み寄りながらアオイは声を掛ける。
「さすがマスター、一人で魔獣の猛攻を凌ぐとは」
「これでも元々は
不敵に笑ってみせたレナードは、アオイとリーシャを振り返って目を細める。
「そちらも終わっていたようだな。アオイくん、リーシャくん」
「ええ、少し手こずりましたが、ヘルメス殿の援護があったおかげです」
「いえいえ、お二人の動きが的確だったので、〈匣〉の展開が容易だったのですよ」
ヘルメスは謙遜するように言い、それよりも、と視線を辺りに向ける。
「――私の感覚だと、生存者の気配は、ありませんね」
「……同じく、私の探知魔術でも」
「僕も生存者の気配を感じ取れません」
モニカとアオイも告げると、リーシャは嘆息してレナードを振り返る。
「……生存者は三名救助できました。ここで撤退したいですが」
「リーシャくんがリーダーだ。判断は任せる。無論――私個人としても賛成だ。充分に我々は依頼を果たしたと言えよう」
「はい。とにかく大物は倒しました。あとは別働の捜索部隊にお任せします――そういうことでキサラ、街に戻るぞ」
「う、うん……生きた心地がしなかったな……」
キサラは顔色を青くさせて頷き、荷車を引き返し、曳き始める。
アオイとリーシャ、レナードもその荷台に乗り、一息つく。まだ息は弾んでおり、汗も引いていない。それだけ尋常ならざる敵だったのだ。
だが、勝てた。アオイが深く吐息をこぼすと、リーシャが肩に手を回した。
リーシャはアオイを軽く抱き寄せ、弾けるような笑みをこぼす。
「勝てたな、アオイ――ばっちりだったよ」
「はい、リーシャさん、やりました」
その笑顔を見ると、達成感が込み上げてくる。
アオイは釣られて笑みをこぼすと拳を持ち上げる。リーシャは意図を察して目を細め、拳を突き出す。二人の拳が小気味よく合わさった。
◇
(やれやれ――若い人の成長はすごいですね)
アオイとリーシャの二人の仲睦まじいやり取りを見ながら、ヘルメスは思わず目を細める。思い起こせば、その戦いぶりは見事だった。
二人も師の教えを物にし、シルバー級とは思えない奮戦ぶりを見せた。
もちろん、危なっかしく荒っぽいところもある。
ヘルメスがいなければ防御で手いっぱいだった可能性もあるのだ。だが、それはこれからきっと補い合い、改善されていくのだろう。
(この子たちの成長が楽しみですが――さて)
ヘルメスは懐から瓶を取り出す。レナードがそれに気づき、声を潜めて言う。
「――それは、例の魔獣の蔦か」
「はい、斬り飛ばしてくれたので、隙を見て回収しておきました。分析すれば何者か分かると思います」
「早急に調べてもらえると助かる――あの魔獣はブナンの森にはいないはずのものだ」
レナードのその言葉に一つ頷き、ヘルメスは軽く瓶を振ってから懐に収める。
この森にいないはずの魔獣。感染個体の出現。どちらか一つなら、偶発的な事象で済まされるかもしれない。だが、短期間で二つ――これは人為的な工作を疑わざるを得ない。
そもそも、感染個体すらも人為的に開発されたウイルスが原因なのだから。
(そして――私の直感が正しければ、まだこの森にまつわる事件は終わらない)
やれやれ、と一つため息をついて軽く目を細める。
(場合によっては、彼らに連絡を取らねばなりませんね……)
そう思いながら視線をアオイとリーシャに向ける。二人はモニカも加えて、連携についての反省会を始めていた。その二人の様子に重なるのは、彼らを育てた者たちの面影だ。思わず表情を緩めながら、ヘルメスはその様子を眺めていた。
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