第18話 弟子たちの共闘

 英雄の大戦期に活躍したとされる〈匣のエルフ〉、クラウス・ブローニング。

 他の英雄たちが勇退、あるいは姿を消す一方で、彼は表舞台で活躍をし続けた。様々な国の相談役や客将を務め、その知恵を授けて治世を助けた。

 その後は国々が合同で設立した魔術学院の長を務め、現役で教鞭を振るう。

 その姿は大戦期から衰えず、エルフの美貌を保っているという。

 ヘルメスはその一番弟子であり、アオイの師匠とも関りがある数少ない人物の一人だ。


「でも、ヘルメスさん、どうしてここに――」

「元々は、感染個体の調査のためですよ。ギルドの報告が魔術学院にも共有され、これは学院でも調査すべき内容だと師匠――クラウスが判断しました」


 ヘルメスは流暢に説明すると、視線をレナードに向ける。うむ、と頷いたレナードは顎鬚を撫でつけながら、低い声で告げる。


「学院から調査員が来ることは知っていたが、まさか、英雄のお弟子が直接、調査に来るとは……」

「それだけ師匠がこの事態を重く見ているということです。それに原因不明の個体の出現――もしかすると、これも感染個体である可能性が高い」


 ヘルメスはアオイとリーシャに向き合い、胸に手を当ててはっきりと告げる。


「私とて英雄の弟子――〈匣〉の技術は継承しています。調査も兼ねてご協力させていただければ幸いです」

「……ヘルメスさんがいれば、心強いです」


 アオイは目を細めて手を差し出す。アオイがヘルメスと握手を交わす一方、リーシャは疑うような眼差しでヘルメスを見ている。


「――どうも胡散臭く感じるのは、私の気のせいかな」

「よく言われるのですよ……全く心外なのですが」


 やれやれと肩を竦めたヘルメスにリーシャはため息をこぼすと、仕方ない、と割り切るように告げ、視線をヘルメスにぶつける。


「吟遊詩人の語る結界術程度はできる――そういう認識で構わないか」

「はい、構いませんよ。存分にこき使ってください」

「なら、そうさせていただこうかな――リーシャ・シャンカルだ」

「よろしくお願い致します。〈紅の飛将〉アグニの養女さん」


 握手を交わそうとしたリーシャの表情がぴくりと強張る。


(……リーシャの素性も、知っているのか。ヘルメスさん……)


 少し驚いていると、ヘルメスは悪戯っぽく微笑んでみせる。


「アグニさんとも、面識がありますので」

「……そう。それを一番に言わない貴方は、やはり油断ならないかな」


 リーシャは殺気を迸らせると、ヘルメスは差し出した手を引っ込めて、おお怖い、とおどけてみせた。アオイはリーシャの手に触れて宥める。


「リーシャさん、落ち着いて――今は人命救助です」

「……そう、だね。ごめん、アオイ」


 深呼吸を一つついたリーシャは視線をレナードに向ける。


「ギルドマスター、この面子なら何とか」

「うむ、この五人ならば問題なかろう」

「はい――え、五人?」

「ああ、五人目はこの私だ。なに、これでも大戦で修羅場を潜り抜けてきたのだ――こういうときに、私の出番であろう」


 レナードはにやりと笑い、顎鬚を撫でつける。その好戦的な気配にサフィラは困ったように表情を緩め、前に進み出た。


「留守は私が代行として引き受けます。どうぞマスターをこき使ってください」

「そういうことだ。便宜上リーダーは……リーシャくん、キミがいいだろう」


 リーシャは少し驚くように目を見開いていたが、やがて真摯な表情で頷いた。


(……適任だろう)


 この中で互いのことをよく知り、かつ冒険者としての場数を踏んでいるのはリーシャだ。彼女の指揮ならば、安心して戦えるはずだ。

 ヘルメスも同意するように一つ頷き、小さく手を挙げる。


「リーダー。ならば、一つよろしいですか」

「構わないよ」

「攻め、防御、遊撃、治療はカバーできそうですが、今回は討伐ではなく、人命救助。なので、搬送手段が必要です。私の〈匣〉では要救助者を守ることが精一杯。搬送までは手が回りません」

「……なるほど、一理あるね」


 リーシャは少し考え込んでから視線を上げた。そしてサフィラに視線を向ける。


「一人、呼び戻して欲しい人がいるんだ。その子を加えようかな」

「……冒険者ですか?」

「いいや」


 リーシャは不敵に笑い、その言葉をはっきりと告げた。


「運び屋だよ」


------


「うへえぇぇぇええっ!」


 闇夜に包まれた森を素っ頓狂な声が響き渡った。

 がらがらと荷車が駆ける音と共に、涙目のキサラが荷車を曳いて駆ける。その後ろから追いかけてくるのは、二匹のシャドウウルフだ。

 彼らは夜行性であり、獰猛。表層付近でうろついていた魔獣に見つかってしまったのだ。すぐさまキサラの荷車に追いつき、牙を剥き出しにする。


 だが、その荷車には冷静な顔つきのヘルメスが座っていた。柏手を一つ打つ。


 瞬間、青みを帯びた障壁が虚空から出現。直後、シャドウウルフの一匹がそれに激突して弾き飛ばされる。だが、もう一匹は中空で体を捻って躱した。

 着地して体勢を立て直し、再び襲い掛かろうとして。

 二閃の刃が同時にシャドウウルフを引き裂いた。

 きゃん、と鳴いて地面に転がったシャドウウルフを置き去りに、荷車は勢いよく前へと走っていく。荷車に着地したアオイとレナードは刃の血を振って落とした。


「うむ、さすがアオイくんだ。見事な剣筋。隊長を思い出させてくれる」

「マスターこそ。冴え渡った一撃でした」

「なんの」


 豪快に笑うレナードの手にしているのは大振りの薙刀だった。顎鬚を撫でつけた彼はそれを肩に担いで目を細める。


「まさか、これを振るう日がまた来るとはな。隊長の教え通り、素振りを欠かさないようにして正解であったわ」

「ふふ――マスターもいわば、師匠の弟子なのですね」

「そう名乗るには烏滸がましいがな」


 ふっと笑ったレナードは体勢を低くする。その頭上を大振りの枝が通過していった。キサラは泣き言のような悲鳴を叫びながら、走り続けている。


「報酬が弾むから依頼を引き受けたけど、さすがに怖いよーっ!」

「だが、助かるぞ。キサラ――おかげで人員輸送の問題が解決された」


 キサラの前方を並走するリーシャはそう告げ、前の茂みを方天戟で吹き飛ばす。拓けた道をキサラは荷車を激しく揺らしながら豪快に進む。


(……見事な疾走だ)


 アオイは思わず苦笑する。リーシャから非戦闘員であるキサラを加えると聞いたときは耳を疑ったものの、その走りはアオイたち四人を載せても安定したもの。

 激しく荷車は跳ねるが、荷台に乗る彼らは動じていず、ヘルメスは揺れを楽しんでいる節もある。モニカは時々、荷車から転げ落ちそうになって慌て、アオイはそれを支えていた。リーシャだけは単独でキサラの先を先行し、障害物になるものを弾き飛ばしている。

 モニカはアオイの腕を掴みながら、ふぅ、と吐息をこぼして呟く。


「私もリーシャやアオイさんほど早く走れないから――そういう意味でも、助かったかも」

「あはは、お役に立てて何より――その代わり、絶対守ってねえええええ!」


 前から飛んできたスライムに悲鳴を上げるキサラ。だが、それにはすでにリーシャが対応していた。前に跳び、方天戟を横薙ぎに放つ。

 方天戟の刃の腹で吹っ飛ばされたスライムは木の幹に叩きつけられて崩れる。

 キサラは無傷だ。ふぅ、と吐息をついたリーシャは地面に着地すると、再びキサラの横を並走し始める。そのタイミングでアオイはリーシャに声を掛けた。


「前衛を変わります、リーシャさん……っ!」

「頼んだ……!」


 アオイが荷台を蹴って前に跳躍し、キサラの前を駆け始める。それに入れ替わり、リーシャは後ろにとんぼ返りを切って荷台に乗った。

 アオイは素早く剣を振るい、茂みや蔦を斬り抜けて駆ける。次第に茂みは濃くなり、獣道も細くなっていく。そして、息も詰まるような空気の濃さも感じる。

 中層にはなかった重苦しさ――奥層へと突入したのだ。


「――ッ! 前方に生命反応です! 人間ですッ!」

「よしッ! 展開だッ!」


 リーシャは鋭く声を掛け、荷台から跳躍。アオイの左隣に並ぶ。レナードもそれに並び、薙刀を担ぎながらアオイの右隣に着地すると、同じ速度で疾駆する。

 そして、リーシャが茂みを方天戟で払い除けると、視界が拓けた。

 目に飛び込んできたのは大きな木から吊るされた男たち。リーシャは手を挙げて、キサラに停止を促すと、彼女は急ブレーキをかけて荷車を停めた。

 レナードは辺りを睥睨。アオイも剣を腰の鞘に封じながら気配を探る。


(――辺りに魔獣の息遣いが入り交じっている。場所の特定は、難しい――)


 リーシャは男たちの様子を窺い、一つ頷いた。


「生きている。ひとまず彼らを救助しようか。ヘルメス殿」

「はい、〈匣〉で回収します。蔦を斬って下さい」

「うん――」


 リーシャは気迫を込めて地を蹴り、高く跳躍。男よりも高い位置に舞うと、方天戟を薙ぎ払って一気に男たちを吊るした蔦を斬り裂く。

 瞬間、奥の闇から殺気が迸った。茂みの中から無数の蔦が飛び出す。


「ひいいいいいいい!」


 キサラの悲鳴を背に受けながら、アオイとレナードは瞬時に動いた。踏み込みと同時に刃を迸らせ、蔦を引き裂いていく。

 だが、蔦は中空のリーシャや男たちにも襲い掛かっている。リーシャが表情を引き締めて方天戟を構えた瞬間、彼女を包み込むように青白い光が迸った。

 それにぶつかり、蔦が弾かれる。背後を窺えば、ヘルメスが魔力を迸らせる気配。放たれた魔力が結界となり、リーシャと男たちを守っている――〈匣〉だ。

 そのまま、匣ごと要救助者たちをこちらに引き寄せる。

 充分に近づいたところで、リーシャの匣が解除される。ひらりとアオイの傍に着地した彼女は背後のヘルメスに声を掛ける。


「感謝するよ、ヘルメス殿」

「いえいえ、お安い御用です。それよりも――!」


 要救助者の匣を荷台の上に引き寄せながら、ヘルメスは鋭く告げる。彼の言われなくても分かっていた――闇の奥から不気味な気配が近づいている。

 救助は助けることができた。

 だが、逃げる隙は与えてくれそうにない――。


(ここからが本番か……!)


 アオイは気合を入れて腰を低く落とし、剣を鞘に収める。

 瞬間、闇の奥から殺気が迸り、無数の何かが押し寄せてきた。

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