第17話 緊急クエスト

 二人で荷車を曳くことで大分、ペースは上がった。

 それでも街に着くころには辺りが暗くなりつつある。それでも門を無事越え、ディスタルの街へと入ることができた。

 だが、その一行が感じ取ったのは、街の異様な雰囲気だった。


「……なんだろう、妙に慌ただしいというか」

「冒険者がひっきりなしに出入りしているわね。それに商人たちも」


 市場にいた行商たちは荷物をまとめ、話し込んでおり、冒険者たちは慌ただしく行き交っている。荷物を担いでいる者も、少なくない。

 スタンピート、という声も耳に入る。リーシャは近くを通りかかった冒険者を呼び止め、情報を聞き出そうとしていた。だが、軽く手を振って別れると、ため息をこぼした。


「――ダメ、大分情報が錯綜しているみたいだね」

「どんな風に行っていましたか?」

「少なくとも異常があったのは、ブナンの森。魔獣が山のように出てきて、ゴールド級も逃げ帰ってきた、と。だからスタンピートに違いない、とか」

「……とにかく、ギルドに急ぎましょう」

「そうね、アオイ。キサラ、もう少し付き合ってもらっていいかしら」

「もちろんっ、荷物を送り届けるのが運び屋の仕事だからねっ……今回はアオイに大分手伝ってもらっちゃったけど」


 てへへ、と照れくさそうに笑ったキサラはもう一人で荷物を軽々と引いている。整地された場所だとやはり、楽らしい。

 アオイは軽く笑って肩を竦める。


「お互い様ですよ。キサラ。その代わり、次に依頼を引き受けるときはおまけしてください」

「あはは、いいよー、最優先で引き受けてあげるっ。ウチとアオイの仲だし……ね、ね、アオイ、今度落ち着いたら食事に行かない?」

「食事、ですか?」

「うん、話を聞く限り、まだこの街に来てあまり時間が経っていないんだよね? 美味しい店を教えてあげるよ、どうかな?」

「それは――」


 魅力的な提案だ、と思ったが、不意にアオイとキサラの間にリーシャが入ってくる。にこりと微笑み、キサラの肩に手を置いた。


「いい提案だな。そのときは是非、私とモニカも同席したいかな」

「あ、あはは……お二人は忙しいんじゃ……」

「なに、私が忙しいときはアオイも一緒に仕事をしている。その逆も然りだ」

「う、う……リーシャさん、ガード固くない? 過保護?」

「何とでも。ただ、アオイに関しては少し過保護でいたいんだ」

「右に同じくです。キサラさん」


 モニカもそれに賛同し、割って入ってくる。リーシャとキサラが話している間に、モニカは少し申し訳なさそうな顔でアオイに告げる。


「そう言えば、この街のことは全然、教えていませんでしたね。折角ですし、今度のお休みはみんなで一緒に羽を伸ばしませんか?」

「そうですね、悪くはありませんが――」


 ちら、とアオイは近づいてきたギルドに目を留める。そこには冒険者の人だかりができていた。近くの空き地まで冒険者はたむろしているようだ。


「――この状況が収まってから、というのは間違いありませんね」

「……ああ、そうだね。とにかく情報収集を――」


 リーシャが言いかけた瞬間、ギルドの建物から力強い声が響き渡った。


「繰り返す、ゴールド級以外は表の者も解散してくれ! あれはスタンピートなどではない! また改めて通達を出すため、解散してくれ! 繰り返す、ゴールド級以外は――」


 出てきたのはレナードだった。その声に冒険者たちが顔を見合わせ、文句を口にしながらもぞろぞろと出てくる。差し詰め、そこにいたのがシルバー、ブロンズ級なのだろう。


「結構いるんですね」

「少ない方だよ、これでも。多分、一部はすでに尻尾巻いて逃げているだろうし」


 軽く肩を竦めるリーシャは人が引いたタイミングを見計らい、キサラに合図を出す。


「キサラ、ギルドの裏手の空き地に。モニカ、ついていてくれ。アオイは私と一緒に中で報告と――あわよくば、情報収集だ」

「了解しました」


 アオイは頷き、建物に入るリーシャに続く。建物内ではレナードが息を整えていた。十数人の冒険者たちもそれぞれ固まって待機している。

 リーシャは軽くレナードに声を掛けた。


「ギルドマスター、ただいま帰還したが――報告は受け付けていますか?」

「む、ああ、お疲れ様だ。リーシャくん、アオイくんも。受付自体は手が空いているから、当たらせよう……それより」


 二人の姿を見やり、少し考え込んでからレナードは視線を上げる。


「二人とモニカくんにも同席してもらっていいかね――今より緊急クエストを発令する」


「緊急クエスト――」

「ギルドマスター、あるいは代行の名で発令される、文字通りの緊急の依頼だ。緊急度合いがあり、今回は任意だが、強制のものもある――スタンピートの対処がそれだな」


 ギルド内の待ち時間――そこでアオイとリーシャはひそひそとやり取りする。そうしている間にモニカが受付嬢と合流し、リーシャに用紙の控えを差し出す。


「依頼の達成報告をやってもらいましたが、多少、残りが出ました。ギルドが預かりを申し出ていますが」

「うん、お願いしよう。今はそれどころじゃなさそうだし。キサラも帰してしまってくれ」


 モニカは頷いて傍の受付嬢に小声でお願いする。受付嬢は頷くと、そそくさと傍を離れる。それを見届けてから、モニカは少し不安そうに眉を寄せた。


「それで、一体これは……」

「しっ……マスターが出てきた。これより説明がある」


 レナードがサフィラを連れて足早に出てくる。ぐるりと見渡すと、彼は咳払いをして重々しい口調で告げる。


「お待たせしてすまない。これより緊急クエストの内容について発表する。今回の依頼は任意になる。内容は――ブナンの森奥層に取り残された狩人の救出だ」

「狩人の救出ぅ?」


 誰かが小馬鹿にしたような声が響き渡る。レナードは強い咳払いをして遮り、はっきりとした口調で続ける。


「ディスタルの街の商工組合から正式な救難要請があった。人数は八名。ブナンの森表層、中層で活動をしていたが、突如、奥層から出現した原因不明の魔獣に襲われた。数名は逃れることに成功したが、八名の安否が不明だ。その生死の確認、及び、生存していた場合の救助を要請したい。魔獣の正体は不明――だが、大型かつ植物型ということは判明している。蔦のような無数の触手によって絡め取られた、とある」


 必要な情報が凝縮された依頼内容。アオイが頭に叩き込んでいると、一人の冒険者が静かに挙手する。レナードは彼を指差した。


「肝心なことを話していないぞ。マスター。報酬は、いくらだ」

「……報酬は金貨三枚。尚、生存者を回収できた場合、その人数に応じて金貨一枚が加算される」


 その声に冒険者たちの間からどよめきが上がった。鼻で笑っている者もいる。レナード自身も渋い顔をしている。アオイはリーシャにこっそり問いかける。


「相場としては、どうなんですか?」

「……安い。安すぎるんだ。といっても、その理由も分かるかな」


 リーシャはアオイの耳に口を近づけ、小さく声を続ける。


「ギルドは商工組合に異変を伝えていた。ということは商工組合が有する狩人たちにも危険性は伝えられていたはずなんだ。つまり、彼らはそれを承知で森に入っていた。ならば、自己責任ということになる。そういう意味ではこの報酬はある意味では、破格だよ」


 恐らく例外的な措置なのだろう。モニカは身を寄せて会話に加わり、ひそひそと言う。


「街に詰めている王国騎士団は動けないのですか? 彼らは人命救助の役目もあるはずです」

「正しくは、民間人の保護の役目があるだけだね――職業的に武力を有する者、つまり狩人、自警団、冒険者の救助は原則、行っていない。厚意としての協力は期待できるけど、直接的な救助活動は期待できない。故にギルドに話が降ってきたんだろうね。だが、この調子だと」


 リーシャは視線を冒険者たちに向ける。質問をした男が深くため息をつき、再び挙手をする。あきらめ顔のレナードは指を差すと、彼は低い声で告げる。


「――人命が関わっているところ申し訳ないが、その報酬で危険度に釣り合わない。仲間たちを、危険に晒すわけにはいかない。俺は降りさせてもらう」


 その言葉と共に、男はきっぱりと背を向けてギルドから出ていく。それをレナードは止めもしなかった。それを皮切りに次々とギルドを後にする。

 無言で去る者も多い。それを見て、アオイは拳をきつく握りしめた。


(自業自得とはいえ――人命と報酬を秤にかけるなんて)


 だが、最初告げた男の言葉の意味も分かる。敵の正体が不透明なのだ。その中で無闇に救助に行けば、二次災害の可能性すらある。

 自分一人ならまだしも、仲間たちを危険に晒すわけにはいかないだろう。


(――そう、自分一人なら……)


 アオイは決意を固める中、数人の冒険者がレナードの前に進み出る。先頭の男が軽い口調でねだるように告げる。


「マスター、俺たちなら行ってもいいぜ。ただ、その報酬だとちょっと惜しいな」

「む、ぅ……だが……」

「いいのか、マスター。人命が掛かっているんだぜ? 少しぐらい弾んでも――」


 その声にモニカの身体が微かに震えた。彼女が力強く手にした杖を握りしめる。その気配にアオイはもう我慢ができなかった。

 前に進み出て、はっきりと口にする。


「アオイ・カンナギ――依頼を引き受けます」


 その声にレナードや冒険者たちが驚いたように目を見開き、振り返る。その冒険者を冷ややかに見つめ、アオイは淡々とした口調で告げる。


「人命が掛かっているのです。報酬の多寡など、関係ないでしょう――浅ましい」


 本音が思わずこぼれ出る。それに冒険者は目尻を吊り上げた。アオイに詰め寄ると、吐き捨てるように告げる。


「はっ、青臭いガキが。お前一人で何ができるって言うんだ――」


 そう言ってアオイを突き飛ばそうとする男。その腕が横合いから掴まれ、捩じり上げられる。リーシャは軽く笑いながら目を細めた。


「――誰が一人、だって?」

「……リーシャさん……」

「いで、いででっ、この女のくせに……っ」


 リーシャは冒険者を突き飛ばしてから、レナードに向き直って告げる。


「リーシャ・シャンカルも依頼を受けます。シルバーの女冒険者に遅れを取るような、このような男よりは役に立つと思いますので」

「……っ」


 体勢を崩した冒険者が、仲間の手を借りて立ち上がる。その顔は真っ赤に怒っている。だが、レナードの冷ややかな目つきに気づいたのか、けっ、と唾を床に吐き捨てると、後ろにいる仲間たちに合図した。


「行くぞ、お前たち――こんなギルド、いてられるか」


 足音を踏み鳴らして出ていく冒険者たち。それがいなくなると、ギルドは静まり返っていた。ふぅ、と小さくレナードは吐息をこぼし、困ったように眉尻を下げる。


「二人とも、いい啖呵だったが――無謀だぞ。敵は未知数、腕が立つとはいえ、少数で奥層まで突っ込むのは果てしなく困難だ」

「ですが、人命優先でしょう、ここは。僕一人でも、行きます」

「アオイ一人で行かせないよ。私も混ぜなさいよ」


 リーシャは軽く笑って肩を叩く。その頼もしさに思わず表情を緩めた。


「はい、ありがとうございます。リーシャさん」

「でも……私が加わったところでも付け焼刃程度です」


 モニカが控えめに声を上げ、ふむ、とレナードは目を細めて頷いた。


「この面子だと――残念だが、モニカくんは足を引っ張りかねない。何せ、アオイくん、リーシャくんは攻めの戦いが得意だからな。せめて、モニカくんを守れるくらい、守りに長けた魔術師がいてくれれば――」

「……数人、心当たりがいます。彼らに指名で発注をかけますか」


 サフィラの遠慮がちな声にレナードは腕を組んで深くため息をつく。


「ううむ、背に腹は代えられない、か……」


「いいえ、その必要はありません」


 不意に、涼しげな声がギルドに入ってきた。かつん、かつんと靴音を鳴らし、一人の青年が姿を現す。マントを揺らした、金髪の青年――その顔立ちははっとするほど整っており、目つきも鋭い。

 そして何より――耳の先が尖っている。それを見て思わずアオイは目を見開いた。


「え――ヘルメス、さん……?」

「はい、お久しぶりですね。アオイくん」


 穏やかに微笑んだエルフの美青年。リーシャは袖を引いて訊ねてくる。


「……知り合いかい?」

「はい、師匠の元に二度ほど、訊ねてきました」

「キミの師匠の元……まさか」


 軽く息を呑んだ彼女にヘルメスは恭しく一礼して微笑んだ。


「私も貴方やアオイくんと境遇は同じ――英雄の弟子でございますよ」


 そして、彼は視線をレナードに向け、綺麗な拝礼を見せた。


「ヘルメス・グロッケン――〈匣のエルフ〉の門下生。ただいま参上しました」

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