第16話 依頼からの帰り道にて

 翌日――野営の最終日。


 遅くに起き出したアオイたちはのんびりと準備を進める。モニカは薬草の処理、アオイとリーシャで天幕を畳む。それから一角に荷物をまとめていく。

 そうして準備を進めながら、アオイはふと思い出して訊ねる。


「そういえば――今回依頼した運び屋は、リーシャさんの懇意にしている人、なんですよね」

「うん、正しくはサフィラから紹介してもらった感じだけど……あー」


 杭を収納するリーシャは何か思い出したように振り返り、少しだけ眉を寄せる。


「アオイは大丈夫だと思うけど――獣人に苦手意識ってある?」

「獣人? いえ、問題ありません」


 立地的に珍しくはない。このディスタルの街から北東に向かうと、獣人たちの街が数多く存在するのだ。ちなみにさらに北に向かえばエルフやドワーフの国もある。

 アオイは幕を畳みながら、首を傾げる。


「察するに、キサラさんは獣人なのですね」

「うん、そう。ウェアウルフなんだけど――正直、彼らを差別する人もいるんだ」

「……差別、されているんですか?」


 アオイが眉を寄せながら訊ねると、リーシャは困ったようにため息をついて頷いた。


「残念なことに、ほんの一部の人はね。外見で勝手な決めつけをし、それを誇張して話し、その噂を聞いて勝手に思い込む」

「……なんというか、つまらない話ですね。その人はその人であって、種族など関係ないじゃないですか。あったとしても、それは些末なことです」


 アオイが思わずつぶやくと、リーシャは深々と頷き、小さく笑った。


「……そうだね、アオイはそういう人だった。聞くだけ杞憂だった」

「はい。その人に会って話してみるまでは、何とも言えませんが」

「うん、それでいい。私としては、キサラはとてもいい子だと思っている――多分、アオイともすぐ仲良くなれるんじゃないかな。気さくな子だよ」

「そうですか、会うのが楽しみですね」

「あ、でもリーシャさん」


 ふとモニカが道具をしまいながら、少しだけ苦笑をこぼす。


「距離感には、気をつけた方がいいかもしれません――気さく過ぎる方ですから」

「あー……そうだね、そこだけ気をつけて欲しいな、アオイ」

「そう、ですか……? 分かりました」


 アオイは頷きながらも首を傾げてしまう。


(気さく過ぎるとはどういうことなのか……?)


 リーシャも気さくな方だと思うが、それ以上なのだろうか。疑問に思いながら片付けを進めていく。リーシャとモニカは顔を見合わせて苦笑をこぼしていた。

 その言葉は、キサラとの出会いですぐに納得することになった。


「お待たせっ、リーシャ! オーダー通り、キサラ参上致しました!」


 元気の良い言葉が拓けた大地に響き渡る。剣の刃を軽く研いでいたアオイは視線を上げると、荷車を曳いた一人の少女が笑みを弾けさせながら近寄ってきていた。

 目を惹くのは二つに結われた金髪。その合間――人間の耳の位置から耳は生えているが、ふわふわとした毛に覆われている。くりくりとした目は愛嬌があり、可愛げがある。露わになった尻尾を振りながら、荷車を置いてからリーシャの元に駆け寄る。


「うん、キサラ、今日はありがとう。荷物が多くなりそうだから頼んだよ」

「了ー解っ、任せて! あ、モニカさんもこんにちは!」

「はい、こんにちは。キサラさん。足は痛めていませんか?」

「あはは、その節はお世話になりました。もう大丈夫だよっ」


 ぴょんぴょんと跳ねていたキサラがアオイに視線を向け、不思議そうな表情をする。そして、ぱっと表情を弾けさせた。


「あ、もしかして、噂の新人さんかな!」

「ああ、新人冒険者のアオイ・カンナギ。今回は私たちと一緒に仕事をしているよ」

「えへへ、ウチは運び屋のキサラだよっ、よろしくねっ」


 キサラは素早く近づいてきて手を差し伸べる。キラキラとした瞳に目を細めながら、アオイはその手を取り、自己紹介を返す。


「よろしくお願い致します。キサラさん――」

「んーん、キサラで大丈夫だよ。呼び捨てで!」

「……初対面で、ですか?」

「うん、これからどうせ仲良くなるもの。是非懇意にしてほしいし」

「……分かりました。キサラ」


 頷きながら小さく苦笑する。なるほど、確かに気さく過ぎる。

 素早く心の間合いを詰められてしまった。だけど、悪い気はしない。


「リーシャさんが信頼するということは、キサラも良い人だと思いますし」

「ふふ、そう言われると面映ゆいかな。えっと、ウチもアオイ、って呼んでいい?」

「はい、お好きなように」

「あはは、ありがとっ、あ、別に敬語じゃなくてもいいよ?」

「すみません、これは性分なので――礼を欠くわけにもいきませんし」

「そっか、そっか、真面目な人なんだね、アオイは。それならウチもきちんと仕事をしないと」


 そう告げたキサラはにこにこと手を握ってぶんぶん振る。その無邪気さに思わず笑みをこぼすと、リーシャがキサラに近づいて肩を叩く。


「それなら荷物を見てもらおうかな。キサラ。少し多いけど――」

「へへん、そこは運び屋キサラにお任せだよ、リーシャ、どれど、れ……」


 自慢げに笑っていたキサラはリーシャの示した荷物を示し、表情を引きつらせる。山のように積み上がった荷物の袋や箱――それを見て唇の端を震わせた。


「……多くない? 二日分の収穫物だよね」

「期待の新人、アオイと頑張った結果だよ。きちんと仕事、してくれるんだよね?」


 リーシャはどこか威圧感ある声で告げ、モニカもそれをにこにこと見守っている。キサラは表情を引きつらせていたが、やがて自棄を起こしたように叫ぶ。


「わ、分かったよっ、キサラに二言はないから……!」


 さすが運び屋とあって、キサラの手際は良かった。

 荷物を全て確かめると、持ってきた荷車に次々と積み込み、ロープでしっかりと固定。積載量をギリギリまで積み込むと、彼女は踏ん張って荷車を曳き始める。


「ふぐぐぐ……さすがに重いかも……っ」


 キサラは苦しそうに息をつきながら、荷車を進める――その姿に少しだけ目を見張る。小柄な身体にも関わらず、山のような荷物を積んだ荷車を曳いているのだ。

 身体は確かに魔力で活性化しているようだが、それにしてもすごい力だ。

 リーシャがアオイの隣に並び、小さく笑ってみせる。


「すごいよね。これが運び屋の力だよ。キサラは特に力持ちで、不整地でも荷車を走らせることができる――まぁ、道選びの必要はあるのだけど」


 それでもガタガタの道を確実にキサラは荷車を安定させながら動かしている。吐息を震わせ、彼女はえへへ、と笑った。


「荷車にも少しタネが、あるの……。本当は……雑談しながら、運ぶ余裕があるんだけどなー……っ」

「すみません、少し採り過ぎてしまって」

「あはは、お気になさらず……その代わり、道中の護衛は、お願いするよぅ……」

「うん、そうだね。運び屋は荷物を運ぶのが仕事。契約上、運び屋の安全を保障する義務が冒険者にあるんだ――だから」

「はい、分かっています。リーシャさん」


 ちら、と視線を頭上に向ける。もう岩山群の表層に戻ってきた。

 ということは上空をプテライアが旋回しているのである。後ろを歩いていたモニカは目を細めると、キサラの傍に向かった。


「私は結界術でキサラさんを守りますので――お願いしてもいいですか」

「了解だ。アオイ、左はお願いしていいかな」

「了解しました」


 その声と共に空を見上げる。二匹のプテライアが、こちらに狙いを定めて滑空し始めていた。狙いを定めているのは、明らかに荷車だ。


(狙いが分かっていれば、こちらとしてもやりやすい)


 そう思いながらプテライアを見上げた瞬間、不意にその魔獣の動きが変わった。素早く上空へ軌道を変え、舞い上がった。それから何かを警戒するように旋回している。思わず眉を顰めた瞬間、アオイの肌が気配を感じる。

 何かがこちらに向かって駆けてきている。その方向に視線を向けて声を放つ。


「リーシャさん、何かが来ます」

「分かった」


 リーシャは頭上に気を配りつつも短く答え、気配の方に視線を移す。瞬間、低木の茂みが揺れ、数匹の魔獣が飛び出した。大小さまざまな影にキサラが悲鳴を上げる。

 同時にリーシャとアオイが踏み込んでいた。


「らあああああああああああ!」


 方天戟の苛烈な横薙ぎが魔獣たちを弾き飛ばす。それを掻い潜る魔獣たちにはアオイの刃が閃く。血飛沫が舞い散る中、自然とリーシャとアオイは死角を補い合うように立つ。

 だが、魔獣は二人や荷車は襲わず、素早く逃げ散ってしまう。

 それを見送りつつ、アオイは視線を茂みに送った。まだ迫る気配がある。


「リーシャさん、茂みごと吹っ飛ばせますか」

「それが一番、楽そうだね……ッ!」


 リーシャは応えながら獰猛な笑みをこぼし、気迫を高める。ぐるぐると頭上で方天戟を回転させると、魔力を帯びた刃が紅く煌めく。

 ずん、とリーシャは踏み込み、全身の力を込めて方天戟を薙ぎ払った。


「らあああああああああああ!」


 轟、と唸りを上げて方天戟が衝撃波を迸らせた。茂みが弾け飛び、木々が薙ぎ倒される。そこにいた魔獣も残らず弾き飛ばされ、地面を転がる。

 だがやはりアオイとリーシャを避け、逃げ散っていった。それに拍子抜けしたようにリーシャは方天戟の穂先を下げる。


「――なんだろう、妙だね。アオイ」

「ええ――今の動きはどちらかというと襲うというより、何かから逃げているようで」


 そして斬り飛ばした魔獣を見る。地面に転がる亡骸はシャドウウルフ、ホーンラビットなど様々だ。他にも森にしか生息しない猿型魔獣、大型虫などの死骸も交じっている。結界を解いたモニカが合流し、眉を寄せる。


「これ――ゴストン岩山群で出現する魔獣じゃないですよね。リーシャ」

「うん、間違いないよ。この虫は明らかにブナンの森を根城にしている。こっちに出たらまず間違いなく、プテライアの餌食になるよ」


 ちら、とリーシャは頭上を見る。プテライアは魔獣の出現に驚いていたが、今はそれを狩ろうと熱心に飛び回っている。ふと見上げれば、鉤爪でがっしりと魔獣を掴んで飛翔しているプテライアの姿が目に留まった。


「……森からそれなりの数の魔獣が、逃げてきているということ……でしょうか」

「考えられるわね。つまり――何か異変が起こったのかもしれない」


 アオイの言葉にリーシャは頷き、モニカを見やって訊ねる。


「……スタンピートの可能性は?」

「洞窟ならまだしも、森林だと考えにくいです」

「だよね……ただ、似たような可能性があるかも」

「……リーシャさん、スタンピートとは?」


 アオイがおずおずと訊ねると、彼女は視線を上げて真剣な表情で告げる。


「要するに、氾濫。何らかの理由で魔獣が異常発生して森や洞窟から溢れ出す現象。街道や街にも被害が及ぶ可能性がある、ある意味では災害なのだけど……」


 言葉を切り、リーシャは首を振ってキサラを見る。


「キサラ、悪いけど急ごうか――何か嫌な予感がするんだ」

「分かった……頑張るよ……っ」


 そう言いながら踏ん張るキサラ。尻尾を立て、全力で荷を押し始める。だが、その額からは汗が滝のように滴っていて、呼吸も荒い。


「キサラ、曳くのを手伝います」


 見ていられず、アオイがキサラの隣に並び、荷車を曳く棒に手を掛ける。キサラは目を丸くしたが、あはは、と小さく笑って首を振る。


「曳くのはウチの仕事だから大丈夫だって、アオイ」

「邪魔はしません。呼吸は合わせるので……手伝わせていただけます、か……ッ!」


 全身に力を込め、荷車を曳く。それで動くのは微かな感触のみだ。だが、確実に車輪が回る気配がある。キサラはそれに合わせて荷車を曳きながら目を丸くした。


「わ、アオイ、力持ち……っ」

「それでもキサラには、負けそう、ですが……」

「ウチはこれが本業だから、負けていられないよ……でも」


 小さく笑い、キサラはぐっと腕に力を込める。アオイの腕に掛かった負担がわずかに軽くなる。力強くキサラは荷車を曳きながら目を細めた。


「それならお言葉に甘えさせてもらおっかな……っ、アオイ、合わせてね……っ」

「はいっ」


 二人で力を合わせる。呼吸を合わせれば荷車は確実に動いた。リーシャは目を細め、辺りを見渡しながら告げる。


「モニカ、私と二人で露払いだ。索敵は、任せるよ」

「はい、任せて下さい。リーシャ」


 頼もしい二人に目を細めながら、アオイは身体に気合を入れ直す。

 ここから街まではかなり距離がある。夕暮れまでにはつきたかった。

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