第15話 大豊作
「――大豊作だね」
夕暮れの野営地。アオイはリーシャの言葉にしみじみと頷いた。
天幕の中を見れば、ぎっしりと様々な収穫物があった。魔獣の毛皮、爪、牙はもちろん、草やコケ、鉱石なども大量に袋に詰められている。
リーシャはそれを眺めて、しみじみとした口調で続ける。
「想像以上に、私たちの組み合わせが良かったんだね。一日だけでこんなに集まるとは」
「……二人が少し反則、というところもありますけどね」
苦笑を一つこぼしたのは、焚火の傍でせっせと薬草の処理を進めるモニカ。千切った薬草をせっせと焚火の傍の籠に放り込む。
曰く、その薬草は乾燥させて粉末にするらしい。その傍らには未処理の薬草が山のようになっている。アオイは天幕から出て、その傍に腰を下ろす。
モニカは手を休めずにアオイを見て苦笑をこぼす。
「鉱石も本当は鉱脈を探して、掘ったり砕いたりするのですが」
「アオイが見事に岩を斬って見つけ出してくれたからな」
「モニカさんが居場所を確かめてくれたからですよ」
シャラ鉱石をモニカさんが魔術で探知したところ、岩の中から反応があったのだ。だから、アオイがナツル芋の埋まっていた岩を砕いた要領で斬った。
結果、大量のシャラ鉱石が出現。それをリーシャが豪快に方天戟で砕き、手分けして持って帰ったのだ。依頼を達成してもお釣りが出る量だ。
「魔獣も追跡も、追跡というよりは追い込み、でしたし」
「二人がかりで追い回しましたからね」
リーシャが足跡を参考に追いかける一方で、アオイが気配を察知。追跡もそこそこに、二人は目的の魔獣の位置を掴み、狩りに動いた。
魔獣はたまらず逃げ出したが、アオイとリーシャの連携で逃げ先を誘導。
その先にあったのは、モニカが仕掛けた魔術罠。時間もあまりかからなかった。
どの作業も一日がかりになることも少なくない。だからこそ、罠などを仕掛けて同時並行で進めていたのだが、想像以上にそれぞれが優秀だった。
そのために日暮れ前に目標の全てを捕獲するだけでなく、処理まで完了。
夜は祝杯を挙げる準備まで整っていた。
「――本当なら、この時間まで狩りをしているはずだったのだけどね」
「いいではありませんか、リーシャ。折角だからゆっくりしましょう」
そう言いながらも作業を続けるモニカ。その薬草の山にアオイは手を伸ばす。
「モニカさん、手伝います。この葉を千切ればいいですか?」
「あ、葉脈を千切らないようにしないといけないので――じゃあ、アオイさんは茎と葉を仕分けていただけませんか」
「私も手伝うよ、リーシャ」
「ふふ、ありがとうございます」
三人は雑談をしながら薬草の処理を進める。三人がかりでやればあっという間に薬草の山はなくなり、火の傍の籠に全て収まる。
中を見てみれば、その葉も大分水分が飛んで小さくなっていた。
「……こんなに縮むんですね」
「はい、こうすることで持ち運びしやすくなるんです。今日は焚火の傍で放置して、明日の朝に全て粉にして瓶に収納しようかと」
「じゃあ、それをやったら明日の朝は三人でのんびりしようか。これ以上、素材を集めたとしても運びきれないだろうし――運び屋でもこの量はきついかもしれないね」
「そのときはみんなで手分けして運びましょう」
モニカの言葉にリーシャは頷き、さて、と声をかけて立ち上がる。
「食事にしようか。もうそろそろ、いいでしょう」
「ええ、いい匂いがしていますし」
三人は視線を焚火に向ける。そこにはぐつぐつと煮えたぎる石鍋があった。
アオイが切り出した石から作った即興の鍋である。リーシャは木を削って作った匙でかき混ぜ、うん、と一つ頷いた。
「今日の夕食は贅沢だよ……ふふ、魔獣たちが寄ってきそうな匂い」
「一応、魔獣除けの結界は張っていますけどね」
「ものの例えだよ――はい、今日の功労者のアオイに」
たっぷりと具と汁が入った木の椀を差し出される。食欲を誘う匂いがすでに漂ってきて、思わず唾を呑み込んでしまう。
魔獣の肉、香草、ナツル芋を練り合わせた団子汁だ。出しは砕いた骨をふんだんに使い、たっぷりとコクのある出汁になっている。リーシャとモニカもお椀を手にすると、いただきます、と声を掛けて全員で口に運ぶ。
途端に口に広がるのは濃厚な肉の味わい。肉団子を噛めば、混ぜ込まれた芋の食感がいいアクセントになる。かと思えば、噛むうちに香草の爽やかさも感じられて飽きが来ない。
汁はコクがあり、臭みも香草でかき消されていて嫌みがない。
食べる勢いが止まらない。一気に食べ終わると、リーシャは微笑んで鍋に手を伸ばす。
「おかわりはたくさんあるよ。アオイ」
「……いただきます」
「はい、どうぞ」
木の椀を差し出すと、リーシャは具を山盛りにして返してくれる。それを今度は味わいながら食べる。思わず、吐息がこぼれた。
「――こんな贅沢な食事、街に来て初めてかもしれません」
「ふふ、贅沢な食材を使ったからね。シンプルな料理にしたし」
「とはいえ、病みつきになります……即興でよくこんな料理を……」
モニカもすぐに食べきってしまう。リーシャは彼女のおかわりも取り分けつつ笑う。
「モニカがお代わりをするのは珍しいね」
「それだけ美味しい、ということですよ。リーシャ」
「ふふ、モニカが香草を選んでくれたおかげだけどね。もちろん、アオイも骨を砕くのとか、鍋を作ってくれたおかげでもあるし――みんなで作った料理だよ、これは」
リーシャは自分のお代わりを取り、出汁を飲んで一息つく。その表情はふんわりと緩んで幸せそうだ。ふとモニカはぽつりと小さく告げる。
「……しばらくは、こうして三人で行動したいですね」
「それは同感。けど、モニカはいずれ、どこかに旅立つ予定だったっけ」
リーシャの言葉に視線をモニカに向ける。彼女は、はい、と頷いてアオイの方を見て微笑んだ。
「昨日も話しましたが、私はとある冒険者に救われて、この道を志しました。だからこそ、いろんな場所に行って行く行くは治療できるようにしたいのです――あの人のように」
「私も道半ば。ディスタルの街の居心地がいいから、しばらくはここで修行を積んでいたけど、行く行くは離れようかな、と思っているよ」
リーシャはそう告げてから肉団子を頬張る。それからアオイに視線を向けた。
「アオイは今後、どうするの?」
「自分も道半ばです。元々、世を知るためにこの街に来ましたから、どこかに行こうかとは思っていますが、行き先は決まっていません」
その言葉にリーシャとモニカは顔を見合わせて沈黙した。やがて、モニカは小さくぽつりと言葉を口にする。
「――もしかして私たち、これからも行動を共にできるのではありませんか」
「……うん、流浪する、という目的は一致しているし」
「どこかに行く、もしくは身を寄せる、という気もありませんからね」
リーシャとアオイも同意し――自然と三人の間で笑みがこぼれ出た。リーシャはおかしそうに笑いつつ、言葉を続ける。
「正直、アオイとモニカなら本格的に仲間として一緒にいていいな、と思っているよ。もちろん、一時的な仲間ではなく、常に協調できる仲間として」
「はい、私も同感です。アオイさんは他の男の人と違って怖くありませんし、礼儀正しいです。リーシャは付き合いも長いですし」
「自分もお二人はとても頼りになる方だと思っていますが――ただ、自分のような若輩者が足を引っ張るのではないかと――」
「何を言っているのかな」
「はい、全くです」
リーシャが言葉を遮り、モニカが真顔で頷く。軽く身を乗り出しながら、リーシャは真剣な表情で言葉を続ける。
「アオイ、前も言ったけど、キミはかなりの知名度を持っているんだよ。ううん、かなりの実力者といっても過言ではない」
「ギルドでは注目の的だと言っても過言ではありませんよ。ソロ活動であることをサフィラさんから聞き、自分のパーティに引き込めないか画策している人も少なくないです」
二人の言葉に思わず目をしばたかせる。それは知らなかった話だ。
リーシャは少しばつが悪そうに視線を逸らし、ごめんなさい、と小さく告げる。
「私がキミの傍にずっといるから、表立って声を掛けて来ないと思う。強引に来る連中には、私が追い払ってしまっているし」
「リーシャは過保護ですから。とはいえ、気持ちは分かります――アオイさんは純粋な方ですから、変な虫がついて欲しくないですよね」
「全くだよ。それで変な遊びを覚えたら、どうするんでしょうか」
「変な遊び?」
思わず聞き返すと、彼女たちは複雑そうな表情で顔を見合わせた。やがてモニカがこほんと咳払いし、少しだけ頬を染めて言う。
「その、賭博とか、お酒とか……女遊び、とか」
「お、女遊び……」
予期しない言葉に狼狽えてしまう。知識としては知っている。それだけに視線が泳いでしまう。モニカは真剣な表情で頷き、言葉を続ける。
「やるな、とは言わないけど――あまり夢中になって欲しくない場所です。節度を守らないと、楽しさのために際限なく金を浪費したり、仲間を顧みなくなるから」
「……行きませんよ、そんな場所には」
数年前、師匠に連れられて街に立ち寄った際、師匠が絶対に近寄ろうともしなかった。帰った後、彼の妻からそれとなく立ち寄らなかったかどうかも聞かれていた。
やはりそれは人を堕落させる場所だからこそ、二人とも避けているのだろう。
ならば、アオイとしても立ち寄る道理はない。
「そんなことをするよりもリーシャさんと手合わせしたり、モニカさんと薬草について話している方が楽しいに決まっています」
思わずつぶやくと、リーシャとモニカは嬉しそうに表情を緩ませる。リーシャは手を伸ばし、何故か頭を撫でてくる。
「……アオイは本当にいい子だね」
「はい、それにやはり悪い遊びに誘う人は遠ざけないと」
「女とかにも気をつけないといけないかもしれないかな」
「ちょっかいかけようとしている女もいましたので」
「……子供扱いしていませんか?」
思わずアオイは唇を尖らせると、リーシャとモニカは揃って首を振る。
「していないよ。していないからこそ、だよ」
「はい、子供ならこんな風には言いません。大人には誘惑が多いのですよ」
その言には何となく釈然としないものの、アオイのことを買ってくれているのだと解釈する。アオイは一つ頷くと、では、と頭を垂れる。
「未熟者ですが、どうぞよろしくお願い致します。リーシャさん、モニカさん」
その言葉に二人は嬉しそうに微笑んで頷く。それを見てふと思う。
(仲間――か)
師匠も大戦を生き抜くとき、様々な仲間と一緒に行動したという。そんな仲間たちになれるといい――アオイはそう思いながら、肉団子汁を口に運ぶ。
その味はさっきとは違って感慨深い味がした。
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