第11話 泊りがけの依頼
「――あ、この依頼」
岩山群に通い始めてから数日後。
早朝にアオイとリーシャがギルドで依頼の品定めをしていると、ふと真新しい依頼にリーシャは手を伸ばしていた。それに気づいてアオイは覗き込む。
「シャラ鉱石の採取――ですか?」
「うん、そう。あとね」
彼女は他にもいくつかの依頼を手に取る。グランドベアの毛皮。昨日と同じプテライアの翼の皮膜、シャドウウルフの爪――それらを手にして真剣に考え込む。
(……そんなに選んで大丈夫なのか?)
心配になっていると、ふと見知った気配がこちらに近づいてくるのを感じ、アオイは振り返る。冒険者姿のモニカが近くに来るところだった。
「すみません、遅れました――あれ、リーシャ、いろいろ選んでいますね」
「うん、珍しいな、と思って」
「……ああ、商工組合からの依頼ですね……確かに」
言われてみて依頼主のところを見ると、商工組合とある。アオイは軽く首を傾げながらリーシャを見ると、意図を汲んで彼女は説明してくれる。
「商工組合、というのは、あそこの市場の管理、運営をしている組合のことなの。各商店がギルドに依頼を出すときは、そこが仲介しているんだよ」
「へぇ、そうだったんですね……でも、商工組合が依頼を出すのは珍しいのですか?」
「うん、現にこれまであまり見なかったでしょう?」
「……確かに」
今まではギルドが発注した依頼を受注していたことが多い。個人発注よりも信頼が置け、大口の発注が多いからだ。初心者のうちはそうした方がいいと言われ、アオイはそうしていた。だが、リーシャはそれを見て真剣に考え込み、口を開く。
「彼らはね、専属の狩人を持っているの。彼らが市場に卸す肉や素材を狩ってくるのだけど、それで賄えないとき――例えば、祭りの前とかには、こうしてギルドにも依頼を出してくるんだ」
「祭りがあるんですか?」
「まさか……もっと嫌なお祭り騒ぎがあるかもしれないだけよ」
リーシャは声を低くし、モニカは何か察したように表情を曇らせる。そして何気なく辺りに視線を巡らせると、アオイの袖を引いた。
「こちらに。リーシャも」
「ん……ああ」
建物の隅に移動する。モニカは神妙そうな顔つきで小声で続ける。
「この前から治療院では、狩人さんの怪我人が増えています。明らかに魔獣の引っ掻き傷や、牙の跡が多くて――話を聞いてみると、ブナンの森で負ったそうです」
「……そっか。入場規制をしているのは、冒険者だけ……」
リーシャの言葉にアオイも気づく。狩人は特に規制を受けていないのだ。
そして、異変が起きた森に入っていき、怪我を負っている、という。
「恐らく、冒険者ギルドも商工組合の狩人には警告しているはずだよ。だけど、彼らからしてみれば、競争相手が減った好機にしか思えない。入っていったんだろうね」
「はい。その結果、怪我した狩人が増えて、そのしわ寄せがこちらに……という可能性も」
「それだけにしては、かなり多い発注数だと思うけど」
リーシャはちら、と掲示板の方を見る。そこには商工組合の依頼がまだ貼ってあり、立ち寄った冒険者は、お、と目を見張ってそれを回収していく。
報酬額も割がいいのだ。リーシャは手元にある依頼を眺めて真剣に考える。
「――この依頼なら岩山群で賄えるかも……」
「でも、かなりの数ですよ。鉱石はまだしも、獣は追跡する必要もあります。そうなると、一日二日ではとても――」
「うん、だから泊まりのいいチャンスかもしれない。用意は、していたからね」
その言葉にアオイとモニカは目を見開いた。リーシャはモニカを見て訊ねる。
「モニカ、明日と明後日の予定はどうかな?」
「一応、空いています。冒険者稼業に費やす予定でした」
「アオイ、天気予報は?」
「えっと確か、三日間は晴れ、もしくは曇りです」
アオイは貼り出された案内を思い出して告げると、リーシャは満足げに頷く。
「場所は岩山群――初めての泊まりにしては上出来かもしれないね。状況は悪くないし、稼ぎ時だ。やってみないかな、二人とも」
「私は賛成です。これだけの依頼になれば、岩山群と街を何往復するか……それだけでしんどいですし。それに日数を掛けていれば他の冒険者に依頼を取られてしまいます」
最初は戸惑っていたモニカだったが、すぐに順応して意気込む。それに釣られるようにアオイも頷き、分かりました、と言葉を返す。
「初めてですが、努力します」
「心配しなくても大丈夫だよ。アオイ。私とモニカはその辺りの経験は充分にあるし、キミの実力ならば気負わなくても大丈夫だ」
リーシャは片目を閉じて力強く請け負うと、彼女は掲示板の方に戻る。それからざっと掲示板を見ると、再びいくつかの依頼を取る。
合わせるとかなりの量――それを持つと、リーシャはモニカに視線を向ける。
「モニカ、泊まりの準備をしてきてくれるかな? 集合はアオイの宿で。こっちは受注の手続きをやっておく。ついでに運び屋の手配もね」
「了解しました。すぐに合流できるようにします」
モニカは頷いてギルドから出る。アオイはリーシャと共にカウンターの列に並びながら訊ねる。
「リーシャさん、運び屋とは?」
「ああ、運び屋っていうのは、その名の通り、荷運び専門の人たちだよ。ただしギルドに所属する者たちは、危険な場所でも運びを請け負う。帰りに荷物が多くなりそうなときは予め頼んでおくと、帰りが楽なんだ。特に今回みたいに多量な依頼を引き受けるときはね」
彼女の説明を聞いているうちに短かった列が進み、すぐに受付に辿り着く。今日はサフィラではない、別の受付嬢だ。ライセンス証を出し、口頭でモニカも加わることを伝える。受付は手際よく依頼を確認し、メモを書きながら目を細める。
「今回は依頼多めですね」
「ええ、泊まりになります。しばらくは戻りません」
「そうですか。了解しました」
「あと、運び屋の手配もお願いしていいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。誰か指名はありますか」
「明後日の昼過ぎに、キサラさんは動かせますか。場所はゴストン岩山群中層」
「ええと昼過ぎ、キサラさん……はい、大丈夫です。依頼を発注しておきます。大まかな居場所だけお伝えいただけますか」
受付嬢が地図を取り出し、広げる。リーシャはそれをざっと見て岩山の付近を指差す。
「中層で一番高い岩山の、ここ――拓けた場所。ここで集合するようにします」
「了解しました。そのように伝えます。前金の支払いを」
リーシャは頷いて銅貨を何枚か積み上げる。受付嬢は確認すると何枚か控えを用意してそれをリーシャに差し出しながら訊ねる。
「はい、依頼の受注、及び運び屋の発注手続き完了です。他に手続きはありますか?」
「大丈夫です」
「では、お気をつけて」
そう言うと彼女はにこりと微笑んで一礼。相変わらず受付の手際は尋常じゃなく早い。そうでもなければ冒険者たちの対応を捌き切れないのだろうが。
リーシャは手を振り、控えをポーチにしまいながらアオイに声を掛ける。
「あんな感じでギルドの受付にお願いするんだよ。時間と場所、あと指名があれば名前も。今回は私が懇意にしている運び屋にお願いしたかな」
「なるほど。予め量が多そうになればお願いしておけばいいんですね」
「そういうこと。ただ、奥に行けば行くほど危険度が増すから、運び屋の依頼料も高くなるから注意。あと時々、野良の運び屋が売り込んでくるけど、使わない方がいいよ」
「信用できないから、ですか?」
「そういうこと。あと、後ろ暗い依頼に手を染めている可能性も高いからね」
軽くリーシャが肩を竦める。なるほど、とアオイは頷いた。
「本当に勉強になります。参考にします」
「うん、そうして欲しいな。アオイは人が良さそうだから、騙されそうだし」
「……何か怪しい話があれば、相談するようにします」
「いつでも何でも聞いて。意外とアオイの知名度も、上がってきているみたいだし」
二人でギルドを出て宿の方へ足を向ける。彼女の言葉にアオイは目を丸くした。
「そうなんですか?」
「うん。アイアン上がりでギガントオークを討ち取り、シルバー級になった冒険者。注目しないはずがないし、ついでに言えば、そういう期待の若手を狙う詐欺師もいる。私が傍にいるから、そうそう声を掛けて来ないだろうけどね」
確かにシルバー級になってからは、妙な視線をよく感じるようになった。
あからさまに声を掛けたそうにしている者もいたが、それは傍で行動するリーシャが適当に追い払っている。あれはそういう意味合いがあったのだろう。
本当にこの人には頼りになる。面倒見がいいだけでなく、さりげない気配りまで見せてくれるのだ。
「……この街に来て、リーシャさんに声を掛けてもらって良かったです。本当に」
「あはは、そう言われると面映ゆいけど……声をかけて良かったよ、私も」
くすぐったそうにリーシャは笑い、分かれ道に差し掛かる。ここから二人の宿は別々の道だ。リーシャは自分の宿に足を向けながら告げる。
「じゃあアオイ、泊まりの準備をよろしく。私もモニカと合流してすぐにそちらに向かうよ。荷物が多いけど、よろしく頼むね」
「はい、了解しました」
野営用の道具はアオイとリーシャで分担して保管していた。互いにそれを支度しなければならない。二人は頷き合うと、一旦別れてそれぞれの宿へ戻った。
荷物を担いだアオイたちが岩山群中層についたのは昼過ぎだった。
リーシャが指定した場所に速やかに野営地を設け、手際よく天幕を張る。手早く作られたその拠点で三人は集まり、一息ついていた。
「手早くできたね。アオイ、モニカ――特にアオイの動きは鮮やかだったよ」
「以前、ブナンの森でリーシャさんに使い方は教えてもらいましたから」
まだGランクだったとき、一通りに野営のコツは教えてもらっている。それを忠実に再現しただけだ。それでも、リーシャは笑ってアオイを褒める。
「それをきちんとできるのがすごいんだよ。アオイ。おかげで今日の時間も有意義に使えそうだ。モニカ、地図を広げてもらっていいかな」
「はい、リーシャ」
モニカは用意した荷物の中から地図を取り出す。このゴストン岩山群中層をマッピングした図だ。手書きであり、所々汚れているものの、地形の特徴が分かりやすくまとめられている。リーシャはその一点を示した。
「今回、拠点を設けたのがここ――だから、今から明後日の昼前まで探索を開始。依頼にあったものを採取していこうか。今日のところはひとまず、辺りを散策して採集できるものを採集。ついでに魔獣の痕跡を発見し、罠を仕掛ける流れかな」
「罠、ですか」
「うん、いつもの日帰りでは使わないけど、野営ならできる技だね。それをアオイにも教えてあげよう。とりあえず、まずは三人で周辺を確認しようか」
「了解しました」
アオイとモニカが頷き、リーシャは地図を畳んでモニカに返す。それぞれ荷物を天幕の中に収納すると、三人で辺りを歩き始めた。
(……しかし、ここが一応、中層なのか……)
アオイは辺りを見渡す。表層に比べると茂っているのかと思いきや、意外と低木の数は数を減らしている。岩山群の背も低くなっている気がする。
だが同時に起伏は激しくなり、急こう配も多い。大きな岩もごろごろと転がっており、登るとすれば大変そうだ。奥に進むにつれて、無数にあった岩山群が一つの巨大な岩山に吸収されている、という感じになりつつある。
「表層を歩くときも話したけど、落石には注意が必要だからね、アオイ」
「だから野営地は落石の恐れがない場所を選んだんですね」
「そういうこと。そしてこれだけ急な場所だと、通れる場所も限られる。もちろん、草木が生える場所も、水場も」
彼女は近くの草木が生い茂る場所に視線を向け、そこに近づいていく。アオイもそれに続くと、齧られた葉っぱが地面に落ちていることに気づく。
「こんな急な岩山に獣が……」
「こんな急だから、ですよ。アオイさん。森と違って視界が拓けているし、乾燥しています。そういう環境を好む獣もいるんです」
そう告げたのはモニカだった。彼女は魔力を周囲に放っていたが、やがて視線を上げて斜面の先を指差す。そこには角を生やした四足の魔獣が立っていた。
こちらを窺っていたがやがて踵を返し、近くの茂みに身を隠す。
「珍しい魔獣だと、ユニコーンなんかも現れたりします。彼らを狩るのは難しいですが、まぁ、他の魔獣だったら罠でも充分対応できます」
モニカはそう言いながら腰のポーチから札を取り出し、近くの岩にぺたりと貼り、印を組んで何かを念じ始める。
しばらくすると、その札が淡い光を放ち始める。
「――よし、と。この辺の他にも数か所、仕掛けておきますね。リーシャ」
「うん、お願い。私はアオイに罠の作り方を教えておくから」
「ええ、しばらくしたら戻ります。目のつくところにはいるので、何かあったら声をかけてください」
モニカはそう言いながら岩山を慎重に移動し始める。アオイは貼られた札に視線を向ける。それは微弱ながら魔力を放っているようだ。
「――これは?」
「モニカの魔術罠だよ。これに身体がぶつかると、電気が迸るんだ。この位置で走っている獣がいれば、足が一瞬痺れて、斜面から落下する仕組み」
なるほど、と視線を斜面の下に向ける。そこの近くにはアオイたちの野営地があるはずだ。運が良ければ、そこまで落ちてくるのだろう。
「まぁ、落下しなくても、急に痛みが走れば生き物は動転する。そこで走り回った末に、私たちが仕掛けた罠に引っ掛かれば御の字かな――作り方を教えるよ」
リーシャはそう言いながら木から垂れ下がっている蔦を引っ張り、手早く罠を作り始める。特徴的な結び目を作りながら、彼女は軽い口調で続ける。
「魔獣はかなり力も強い。蔦なんかだと引きちぎられるから、何本か束ねて作るのがコツだね。こういう風な結び目……分かるかな?」
「こう、ですか……?」
アオイも蔦を一本引き抜き、真似てみる。だが、上手くできない。リーシャは小さく笑いながら手を伸ばし、アオイの手に触れた。
一瞬、どきりと胸が高鳴り、手が強張る。だが、リーシャは気にした風もなく手を動かす。
「違うよ……こう」
「……ああ、こういう風に」
「そうそう、それでこうして」
指先と指先が触れ合う。それに少しだけ気を取られながらも、リーシャの結び方を再現。何度か間違えるたびに、リーシャが丁寧に再現してくれる。
「……すみません、細かい作業が苦手で」
「ふふ、気にしないよ。手で覚えればいいんだから――けど、意外にアオイは掌が大きいんだね」
「リーシャさんは意外と小さいというか……指も綺麗で」
ふと何気なく互いの指先を意識する。リーシャの爪は武人とは思えないほど綺麗だった。割れたとしても丁寧に手当てしているのだろう。
その指先がアオイの指に触れ、小さくつぶやいた。
「ごつごつした――男の人の、手……」
互いに明確に違う特徴の手。それに何故か惹かれ、触れ合いたいと思い――。
かつん、と石が転がる音に、ふと我に返った。
「よい、しょ……リーシャ、アオイさん、こっちは終わりました」
その声に慌ててさっと二人は手を引いた。リーシャは振り返り、モニカを見て声を掛ける。
「あ、ああ……ありがとう、リーシャ。ごめん、少し手間取っていて」
「いえ、大丈夫――ですけど、二人とも、何かぎこちなくないですか?」
「少し罠の作り方について不慣れなんです……リーシャさん、こんな感じで?」
「ああ、そうそう。できるようになってきたじゃないか。これでいくつか仕掛けよう」
アオイとリーシャは取って繕った笑みを交わし、いそいそと罠作りに勤しむ。どこか変な二人の様子を、モニカは岩に腰かけながらきょとんと首を傾げていた。
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