第10話 初めての共闘
翌日、アオイはリーシャ、モニカと共に街を出ていた。
ブナンの森から少し離れた場所まで歩くと、その岩山群は見えてくる。
それを見渡せる丘に向かい、その天辺から辺りを見渡す。
「……すごい」
思わず目を奪われる。視界に入ってきたのは無数の岩山の数々だ。
岩山はまるで石柱のようにそそり立ち、いくつも並んでいる。その間を低木が生い茂っている印象の場だ。岩山にはほとんど緑がなく、ごつごつとしている。
その天辺には鳥が止まっていたり、巣が作られているようだ。
「伝承によると、ここは元々大きな岩盤が剥き出しになっていたらしいよ。だけど、長い年月をかけて雨風が一部の岩を残して大地を削り、こんな風になったとか」
リーシャは説明しながら目を細め、ちら、とアオイを見て微笑む。
「さらに言うと、ここは大戦期、戦場にもなったとか」
「へぇ、そうなんですか」
「うん。白兵戦に優れた英雄たちがここに魔王軍たちを誘い込み、岩山で身を隠しながら翻弄し、ゲリラ戦法で一個大隊を壊滅させたとか」
「……もしかしたら、聞いたことがあるかもしれません」
いつしか寝物語で聞いた、師匠の戦いの一つだろう。記憶が正しければ〈紅の飛将〉も共闘したはずだ。師匠に対して闘争心を剥き出しにする彼に、師匠は何人の魔人を討ち取れるか競争を持ちかけたらしい。
それを思い出していると、リーシャはそっとアオイに顔を近づけ、耳元で囁く。
「私たちも獲物の数で競争する?」
「――しませんよ……」
耳がくすぐったくて、思わず肩を震わせながらアオイはリーシャを軽く睨む。ごめん、ごめんと彼女はおどけて手を振った。
(……リーシャさんはいい声だから困る)
凛々しい顔つきで悪戯っぽい声で囁くのだ。胸が不自然に高鳴ってしまう。
呼吸を整えていつもの鼓動を取り戻していると、杖を手にしたモニカはにこにこと微笑みながら、リーシャに声を掛ける。
「アオイさんがお気に入りですね、リーシャ」
「まぁね、私と互角に打ち合えて、かつ礼儀正しい子よ。気に入らないはずがないでしょ」
リーシャは当然のように言い、モニカはくすくすと笑って頷いた。
アオイはその二人を振り返り、さて、と声を掛ける。
「いよいよ狩場に入るわけですけど――連携を確認しますか」
「そうですね。そういえばリーシャは武器を変えたんですね」
モニカの声にリーシャは頷き、背中に担いでいた獲物を降ろす。布を取り払えば、アオイには見覚えのある方天戟が顔を見せる。
動きやすい冒険者衣装の上には装備を新調したのか、鉄の胸当てと籠手をつけている。彼女は軽く方天戟を回して見せながら、モニカに少し苦笑して見せる。
「本当は、私はこっちの方が得意なんだ。合わせられるアオイがいるから、こっちを使うことにしたんだ――今日は暴れようかな」
「……少しついていけるか、不安になりますね」
そう告げるモニカは白いブラウスと紺のロングスカートの上に黒いマントを羽織った姿だ。一見、私服に見えるものの、防御力はそれなりに高いらしい。
手にした杖は木製であり、先端に水晶が埋め込まれている。それを振りながら軽く気合を込め、視線をアオイに向けてくる。
「アオイさんは剣が手元に戻って来たんですね」
「ええ、調査隊が拾ってくれ、ギルドに届けてくれていました」
軽装のアオイは愛用の片刃の剣の鯉口を切って見せる。
最悪、紛失したことも覚悟していただけに嬉しい話だ。近くにある低木に目を留めると、その柄に手を掛け、爪先に重心を載せる。
瞬間、抜刀。閃いた一閃が木を捉えていた。ひらりと納刀すると同時に、木の幹がゆるやかに傾き、乾いた音と共に地面に落ちる。
それを見たモニカは軽く目を丸くした。
「――話には聞いていたけど、それがアオイさんの剣術……」
「うん。でも戦うともっとすごいわよ。モニカ」
「なんでリーシャが自慢げなんですか……」
小さくため息を一つつき、モニカは苦笑いを浮かべてアオイを見る。
「そうなると、私は後衛で、援護に徹する感じですね。索敵などもお任せください」
「それがいいかな。私は前に出て全力で暴れる。アオイはそれを見て援護、という感じかな。ひとまずはそれで馴らしと行こうか」
リーシャの告げた役割に頷き、アオイは視線を岩山群に向ける。そこからは今までとは違った自然の雰囲気を感じさせる。
(初めての敵、初めての共闘か――)
自然と笑みが込み上げてくる。アオイは仲間たちと視線を交わし合うと、即席の陣形を組んで前へと進み始めた。
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ゴストン岩山群の岩山の間を低木が生い茂っていた。
とはいえ、岩盤が剥き出しになり、起伏に富んだ地形なので木々が生えているのはごく一部だ。雨風や獣が行き交うおかげか、見晴らしも良い。だが、同時に鬱蒼と茂った森の中では見られない特徴的な魔獣が存在する。
飛行できる魔獣である。
「アオイ、頭上から来るッ!」
リーシャの声にアオイは横に跳躍した。瞬間、真上から鋭く鉤爪が降ってきた。体勢を立て直しながら上を見れば、翼をはためかせた魔獣が空を舞う。
鳥にしては大きく、竜にしては小型。造形は鳥に似ている。
古代に存在した恐竜からあやかり、プテライアと呼ばれる魔獣だ。
(森では小さい蝙蝠のような魔獣は見たけど、ここまで大きいのは初めてだな)
ひらりとプテライアはひらりと翼を一打ちし、上空を旋回する。その翼竜に数匹加わった。彼らは数匹で行動する習性があるのだろう。
リーシャ曰く、巣は岩山に設けられている。だから、倒すにはまず姿を見せて誘き出さないといけない。
プテライアは再び岩山の合間をすり抜けて滑空し、アオイの方へ向かってくる。近くの茂みからリーシャの声が飛んだ。
「アオイ、囮をお願い!」
「了解!」
アオイは視線を走らせて駆け、近くの倒木に飛び乗る。見晴らしのいい場所に立つと、翼竜たちもこちらに狙いを定めるのが分かる。甲高い鳴き声と共にアオイに向かってくる。その気配に神経を研ぎ澄ますと、リーシャの声が飛んだ。
「モニカ!」
「はいッ!」
アオイの真後ろの茂みの中から魔力が迸る。火炎の矢が次々と迸り、プテライアに直撃。悲鳴と共に体勢を崩す翼竜たち。それと同時に前の茂みからリーシャが地を蹴って跳躍していた。空中で鮮やかに身体を回転させ、翼竜の頭に方天戟を叩き込む。
アオイも体勢を崩しながら迫ってくる一匹に狙いを定め、腰から鞘ごと剣を抜く。そして頭上で鞘に納めたまま剣を構える――上段居合の構え。
そして、翼竜とすれ違いざま、アオイは体勢を低くして鯉口を切った。鍔鳴りの音と共に刃が迸り、血飛沫が飛び執る。
斬られたプテライアたちは落下し、低木に突っ込む。他のプテライアは異様さを察知したのか、翼を打って上空に逃れていった。
「――大丈夫です、彼らは逃げたみたいです」
茂みに隠れていたモニカが顔を出して告げ、リーシャも軽く方天戟を振りながらアオイの方に戻ってくる。その顔は血飛沫に塗れ、不快そうだ。
「……プテライアの依頼を引き受けたのは失敗だったわね。飛び道具がないとキツイわ」
「確かに引き付けて斬ると、血を真っ向から浴びますからね……」
アオイも顔に血が大分ついている。すれ違いざま斬ったが、真下から斬ったせいだろう、血飛沫を避け切れなかったのだ。鉄臭く生臭い感覚に苦笑いをこぼし、血振りをして鞘に剣を収める。モニカは引きつり笑いをこぼし、二人を見比べる。
「空中の敵を斬れること自体、信じられないのですが――」
「そうかな。私だけならともかく、アオイがいてくれればできると思っていたけど」
「自分も難しくはなかったですね。ただ、やはりこの返り血を考えると、飛び道具があった方が良かったですね」
「……依頼に選ぶ余地がなかったとはいえ、次からは気をつけようか」
リーシャは苦笑をこぼしながら、布を取り出して顔を拭う。血潮を完全に拭い取って一息つくと、腰からナイフを引き抜いた。
「ともかく、解体だね――皮膜が傷ついていないといいけど」
「そうですね」
今回、引き受けた依頼はプテライアの翼の皮膜。これが防具に使えることで人気らしい。消耗品なので定期的にギルドに貼り出される依頼の一つだという。
「アオイ、プテライアの捌き方を教えてあげる」
「ありがとうございます」
「では私は辺りの警戒ですね」
三人で役割を分担し、プテライアの遺骸の周りで作業を始める。斬ったプテライアは中型であることもあり、皮膜は大きく取れる。やり方を教わり、二人がかりでてきぱきと回収。ついでにプテライアの鉤爪も斬り落として回収する。
「これは日持ちがするから、依頼が出たときに受注してその場で提出する、という裏技が使えるんだ。いわゆる事後受注ね」
「へぇ、面白いですね」
「あと、プテライアの肉は食べられるよ。臭みが多いから香草を入れるのがお薦めかな」
「依頼では出ないんですか?」
「うーん、食べられるだけで美味しいわけではないからね。それなら、もっと量が取れて美味しい肉の方が依頼に出ることが多いから」
「確かに、それはそうですね」
「だから、この味は冒険者が味わえる特権になるかな。美味しいかどうかはともかく」
「万が一、遭難したときのために覚えておきます」
「うん、いい心得だ」
作業中の他愛もない会話が弾む。リーシャはやはりいろいろと詳しい。モニカも辺りを見渡しながら耳を傾け、小さく笑う。
「リーシャっていろいろ詳しいですよね。私も教えてもらうことが多いかもしれません」
「養父と旅しているときに、いろいろとね。野宿も多かったから」
養父――つまり〈紅の飛将〉だろう。山に隠棲した師匠とは異なり、どうやらいろんな場所を旅しているようだ。リーシャは懐かしむように少し遠い目をする。
「養父はサバイバル能力がすごくてね……未だにあの人と砂漠で遭難したとき、スライムだけで生き延びたことは信じられないよ」
「さ、砂漠をスライムだけで……?」
「そう。砂漠にもスライムが湧くのだけど、日中は砂の下に隠れて、夜の間に空気中の水分を吸っているんだ。だから、それを掘って捕まえて水を確保するんだよ。スポンジ代わりにして身体もそれで綺麗にしたかな。懐かしい思い出だ」
「……食料は?」
「そのスライムを食う魔獣がいるんだ。だからスライムを餌にして……ね」
リーシャの表情は達観している。思わずアオイとモニカは顔を見合わせる。モニカの表情は完全に引きつっていた。アオイも同じくらい引きつっている自信がある。
彼女は視線を二人に戻すと、にっこりと笑って言う。
「だから、もしサバイバルになったときは頼って欲しいな。食べられるものは人一倍詳しい地震があるよ」
「あ、あはは……できれば、来てほしくない未来かもしれないです。リーシャ」
「……正直、同感です」
「ふふ、まぁ半分冗談だよ。知っていて損はないけど、役に立つ事態はそうそう訪れないからね。それなら、もっと別のことを覚えた方がいいよ」
リーシャは肩を竦めながら言うと、切り取った皮膜を丁寧に革袋に収める。それから空を見上げて目を細める。
「――うん、今日は少し早いけど戻ろうか。距離がある分、移動に時間がかかるし」
「まだ別の依頼が残っていますが……」
ゴストン岩山群で採れるというキノコや鉱石も依頼を引き受けており、それの採集は済んでいない。だが、モニカは首を振って微笑む。
「あんまり無理をしてはいけないのも、冒険者の心得ですよ、アオイさん」
「そういうこと。アオイの腕も一応、様子見しとかないといけないし」
「もう大丈夫だと思いますけどね……」
軽く左腕を曲げ伸ばしする。もう違和感はほとんどない。だが、モニカは目を細めると、ふるふると首を振った。
「過信はダメです。戻ったら念のため、診てあげますから。それにアオイさんの腕のことがなくても、ギルドの天気予報によれば、夜から強い雨が降るそうですよ」
「あ、そういえばそうでしたね」
ギルドには常に占い師が常駐している。雲の流れや星の巡りなどを見て、天気を占って貼り出している。それも冒険者にとって重要な情報だ。
(モニカさんはちゃんとそういうところも見ているんだな)
思わず感心すると、こら、とリーシャは軽く笑ってアオイを小突いた。
「冒険者は鮮度の良い情報を常に確保しておくことも大事だよ。それで生死を分かつこともあるんだから。まぁ、それは傭兵からの受け売りだけど」
「気をつけます……ともかく今日は撤収して、また明日以降出る感じですか?」
「うん、明日また迎えに行くから、そこからまたここに来よう」
リーシャの言葉に頷き、アオイは荷物を担ぎ直した。辺りを軽く見渡し、魔獣の気配がないことを確かめてから、三人で隊列を組んで歩き始める。
隊列は先頭をリーシャ、その後ろにモニカ、殿軍をアオイ。油断のない陣形だ。先頭を行くリーシャが危険の少ない道を選んで、ひょいひょいと進む。とはいえ、岩盤が剥き出しになった起伏に富んだ道。、それについていくモニカは息が乱れている。アオイは後ろからモニカに声を掛ける。
「荷物を持ちましょうか、モニカさん」
「いえ、大丈夫です――冒険者たる者、荷物は自己責任ですので」
モニカはふんす、と意気込んで言う。リーシャは少し笑って肩を竦める。
「アオイ、モニカは強情だから言っても無駄だよ」
「強情って人聞きが悪いですね……」
「なら、アオイの言葉に少し甘えるのもいいと思うけど」
リーシャの言葉にモニカは少し考え込んだが、いえ、ときっぱり首を振る。
「年下のアオイさんに甘えるわけにはいきません。もちろん、リーシャにも」
(……ん?)
その理屈で言うと、アオイはもちろん、リーシャよりもモニカは年上ということになる。ということは一体何歳――。
「……アオイさん? 変なこと、考えていませんよね?」
威圧感のある笑顔でモニカが振り返る。思考を打ち消し、いえ、と曖昧に笑った。リーシャは笑みをかみ殺しながら、でも、と話を変える。
「確かにこの道を行き来するのは大変だね。アオイがこの場所に慣れたら、泊まりで来るのも悪くないかもしれないかな。中層には豊富に素材も採れるし」
「……危険ですが、この面子なら心配なさそうですね」
モニカが同意し、なるほど、とアオイも頷いた。
「いいですね。その分、たっぷり探索に時間を掛けられそうです」
「その分、準備も必要だけど。行く行くはその方針で考えてみようか」
リーシャの声にアオイは、はい、と頷き――しばらくして、はた、と思い至る。
(でも、それはつまり、リーシャさんやモニカさんと一緒に寝泊まりするということで)
それは大丈夫なのだろうか、と少し考えてしまう。
(まぁ、今すぐのことではないし)
リーシャも何か考えがあるだろう。そう思って今は帰路に集中する。
まさか、その泊まりの機会が、すぐに来るとはこのときのアオイは思ってもいなかった。
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