第六話 初めてのお買い物

 二人は買い物に行くために、身支度を整えることに。優維人は通気性の良い軽装で、エコバックを手に持つ。一方の透華はツバの広い純白の帽子を被り、濃い目のサングラスをかけている。彼女からは柑橘系の匂いがほのかにし、どうやら日焼け止めを塗っているようだ。

 その様子を見て、随分な重装備だなあと優維人は思った。

 優維人の表情から内心を読み取ったのだろう、「出かける時はいつもこうなの」と透華。

「私、皮膚だけじゃなくて眼も太陽光に弱くて、日の光が強い日は外出する時に必ずサングラスをかけてるの。日焼け止めもしないと、皮膚が荒れちゃう」

「そうなんだ。外出する度に大変だな」

「もう慣れちゃったけどね。じゃあ、行こうか」

「そうだね」

 二人はスーパーへと向かう。

「ふふーん」

 日傘をさし鼻歌を歌う透華。足取りもスキップするように弾んでる。

 ただのスーパーに行くのが、そんなに楽しいのかな。

 優維人にとって買い物とは単なる日常。その何気ないイベントを楽しめる透華が、優維人には新鮮に思えた。

 今までの話から、透華の叔父はかなりの過保護の模様。彼女の体質も相まって、なるべく外出を許可しなかったのだろう。だから、ただの買い物でも外出できることが楽しいのだ。

 優維人の自宅からスーパーまでの距離は短い。道なりにまっすぐ進むだけですぐに到着するのだが、道中優維人は気が気ではなかった。もしかしたら敵が突如襲ってくるかもしれないと、常に周りに気を張る。

 今まで優維人が引き受けていた任務は、依頼者へ危害を加える人物の捜査や、犯罪者の無力化がほとんど。今回のような護衛対象に常に張り付いて守るというのは初めての経験だ。透華を伴った外出で、その難しさがよくわかった。なんというか、全てが敵に見えるのだ。単なる通行人であっても突然刃物を取り出すのではないかと、すれ違う度に身構えてしまう。

 スーパーには十分ほどで着いたが、その距離が優維人にとってはとても長く感じた。店への道のりだけで疲労する。

 優維人が来たスーパーヨークは、東北地方を拠点としているローカルチェーン店。全国展開している大型チェーン店に比べれば、全ての商品が安さで優っているということはない。だが、主婦の味方を謳っているだけはあって値段は庶民に優しく、特に産地直送の新鮮な野菜は安くておいしい。そのため地元民には人気の店であり、優維人もよく利用している。

 二人が店内に入ると、ひんやりとした空気が出迎える。店内のエアコンの冷風を受け、優維人の汗は引っ込んだ。

 透華は店内を物珍しそうに見渡す。ふらふらと歩き回る透華を、「待って!」と買い物かごを持ちながら優維人は慌てて追いかけた。

「俺からあまり離れないように」

「はいはーい。わかってるよー」

 本当にわかっているのかな。

 目を離したらどっかに行きそうな透華を制御しながら、優維人は品物を買い物かごに入れていく。一通りの食材を選んだ後、レジで精算し食材をエコバッグに入れる。透華の分の食材も購入しているので、エコバックがいつもより重い。

 優維人は店を出ると購入した棒アイスを取り出し、透華に手渡す。

「透華さん、帰り道は暑いし、アイスを食べながら帰ろう」

 透華は不思議そうな表情で受け取ったアイスを眺める。

「あの、あいすって何?」

「え? 知らないの? 食べたことない?」

「うん。叔父さんがお菓子とかに結構厳しくて」

 料理人をわざわざ雇っているぐらいだから、お菓子とかも透華は好きに食べているものだと思っていた。だが、透華の叔父は甘やかすところと厳しいところをきっちり分けているようだ。

 いや、でも、

「これ、優維人君、どうやって食べるの?」

「ああ、うん。ここから剥がして……」

 優維人はアイスの包み紙を開け、一口齧って見せる。透華も優維人の真似をして、アイスを口に入れる。何度か咀嚼し、途端に顔を輝かせた。

「冷たくて甘い! 初めて食べる味だ! これ、なんていう味?」

「バニラ味」

「バニラ味? そのバニラって何?」

「植物の名前。バニラの実にキュアリングという加工を行うと、甘い香りを放つようになるんだよ。その香りを抽出してアイスとかに混ぜる」

「へー、優維人さんは物知りだね」

「まあ、姉の受け売りだよ」

 優維人の姉は雑学を仕入れては、優維人と妹に教えていた。下の兄弟達からなんでも知っているお姉ちゃんと、尊敬されたかったようだ。

 優維人は亡き姉との思い出に浸りながら、チョコレート味のアイスを食べる。ひんやりとした食感が口に広がり、このだるような暑さの中では格別に美味しく感じる。

「あの、優維人さん。それ何味?」

「チョコレートだよ」

「一口ちょうだい」

「いいよ」

「ありがとう。では」

 透華は優維人に体を寄せ、一口齧る。その際、長い黒髪がアイスにつかないよう髪を掻き上げたのだが、その色っぽい仕草に思わず優維人は心臓が高鳴った。前にテレビで恋愛評論家がこの仕草に男は弱いと豪語していたが、なるほど、あながち適当な発言ではないようだ。

「チョコレートも甘くて美味しい!」

「それはよかった」

 透華は食べかけの自分のアイスを、優維人の口元に近づける。

「どうぞ」

「え?」

「どうぞ」

 透華はお返しとして、優維人に自身のアイスを食べさせようとしているのだろう。

 優維人はふと自分達に向けられた視線に気づき、そちらに目をやる。部活帰りだろうか、ジャージ姿の女子中学生達がこちらを凝視していた。

 まさか、透華さんを狙う刺客か。

 今の日本において、中学生が犯罪を行うなど珍しくもない。この前も人を殺してほしいという闇バイトを受けた中学生が、殺人の罪で逮捕されている。

 ……いや、違うな。

 優維人はCRAの仕事で何度も犯罪者と相対したことがある。その中には殺人の経験がある人間もおり、彼らからは殺気を向けられていた。その殺気が、中学生達には無い。彼女達の視線にはなんというか甘酸っぱいさや、憧れのようなものが込められている。

 少し考えて、優維人は彼女達がなぜ自分達を見ているかわかった。おそらく彼女達は、優維人と透華をカップルと誤解しているのだ。彼女達は恋愛事に興味津々なお年頃。お互いのアイスを食べさせている優維人達の様子をイチャついていると思い、遠目から観察しているのだ。

「どうしたの?」

 中々アイスに口をつけない優維人を、不思議そうな表情で透華が見つめる。

「溶けちゃうよ。早く早く!」

「……では」

 有無を言わせない押しの強さ。断っても透華は諦めないだろうと、優維人はお言葉に甘えることに。透華が口をつけたところをできるだけ避け、控えめに齧り付く。恥ずかしさからか、バニラ特有の芳醇な香りをあまり感じることができなかった。互いのアイスを食べ合う優維人達を見て、「きゃー」「あつあつだ」「見せつけてる!」と中学生達から冷やかしの声が聞こえてくる。これ以上注目されるのも嫌なので、優維人は足早に帰宅することに。

「ほら、帰るよ。この暑さだと食材が悪くなるから」

「はーい」

 透華は上機嫌な様子で優維人の後ろをついていった。

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