第五話 ミステリアスな占い師
夕焼け荘は五棟あり、その内二棟が空いているので、透華は空いている四号室に住んでもらうことにした。なるべく近くで護衛するため、優維人と同じ家で暮らすことも考えた。だが、流石に同じ屋根の下、年頃の男女が暮らすのは世間体など色々とよろしくない。後々のトラブルを避けるため、夕焼け荘で暮らしてもらった方が良い。
優維人は透華を連れ夕焼け荘に向かうが、夕焼け荘の前に住人の一人がいることに気がついた。
薄紫のノースリーブに、黒いレースのロングスカートを着た女性で、胸元には銀色に輝く十字架のネックレスがある。
自身の部屋の前で
「紫苑さん、おはようございます」
優維人からの挨拶を受けた紫苑は口から紫煙を一度吐いてから、妙に色気のある笑みを返す。
「やあ、優維人君。おはよう」
透華の存在に気づいた紫苑は「おや?」と片眉をあげる。
「そちらの可愛らしいお嬢さんは? 初めて見るが」
「俺の護衛対象です。CRAの仕事で少しの間、彼女の護衛をすることになりまして。それで今日から夕焼け荘の空いている部屋に住んでもらおうと」
優維人は透華に振り向き、紫苑を紹介。
「こちら、琴村紫苑さん。夕焼け荘の三号室に住む方。透華さんには紫苑さんの隣である四号室に住んでもらうから」
「銀木透華です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。紫苑だ。占い師をしている」
紫苑は夕焼け荘の住人の中で、もっともミステリアスな女性だ。
見た目は二十代から三十代前半だが、彼女は優維人が幼少期の頃から夕焼け荘に住んでおり、その頃から外見が全く変わらない。紫苑は自己紹介の通り占い師をしており、最近はインターネット上での占いも受け付けているそうだ。正確な金額はわからないが、それなりに稼いでいるらしい。
透華はきょとん顔。
「あの、占い師って何ですか?」
「おや、占い師を知らないのかい?」
「はい」
紫苑はこれは意外といった表情。優維人も彼女と同様に驚く。偏見かもしれないが、透華ぐらいの年頃なら占いに興味を持つお年頃。占いの経験が一度はあるはず。たとえ興味が無くても、占い師という職業を知らないとは。
紫苑は「ふむ」と顎に手を当てる。
「なら、占いがどういうものか教えてあげようか。占いとはその人物の未来、可能性の一つを提示するものだよ。そして、その占いをする人間を占い師というんだ」
「なるほど。神託と同じですね」
「神託?」
透華の言葉に、優維人と紫苑は怪訝そうな表情を浮かべる。
この子は一体何を言っているんだ、と。
優維人達の表情を見て、慌てたように透華は両手を顔の前で振る。
「あ、いえ。なんでもないです! 変なこと口走っちゃいました。忘れてください」
透華の言葉が気になったものの、優維人は四号室の鍵を開け、彼女に部屋を案内。夕焼け荘は築四十年近く経つ古い物件だが、十年ほど前にリノベーションをしており、内装はそれなりに綺麗だ。家具も型落ちながら一式揃っており、すぐに生活を始めることができる。これで家賃月四万円というのだから、自分で言うのもなんだが、かなり良い物件だ。
「何か困ったことがあったら、遠慮なく聞いて」
優維人がそう言い残し部屋を出ると、紫苑が入り口の前で待っていた。
「あれ、紫苑さん、どうしました?」
紫苑は無言でタロットカードを取り出し、一番上のカードをめくる。
「塔だな」
「塔?」
紫苑はめくったカードを優維人に見せる。そのカードには塔の絵が書かれている。
「タロットカードは引いたカード、その向きによって運命を占う。君を占って出たカードは塔、しかも正位置だ。これは苦難やトラブルを表す。優維人君、気をつけなさい」
紫苑はそう言うと、自分の部屋に戻って行った。おそらく優維人が受けた依頼の行く末について、占ってくれたのだろう。
苦難、ね。
紫苑の占いはよく当たると評判だ。もしかしたら、今回の占いも当たるかもしれない。
確かに透華さんの護衛の依頼には謎が多い。だけど、今までなんとかやってこれたんだ。今回もいけるさ。
優維人はそう楽観視し、自宅へと戻って行った。
昼時になると、透華が優維人を訪ねてきた。
「透華さん、どうしたの?」
「お昼ご飯のことなんだけど」
夕焼け荘には冷蔵庫が備え付けられているが、もちろん食材までは無い。てっきり食材を買いに出かけたいから、護衛として一緒に来てくれと言われると思ったが、透華の口からは予想外の言葉が出てきた。
「いつ作ってくれるの?」
「え?」
「私のお昼ご飯、いつ作ってくれるのって」
「俺が、透華さんのを?」
「うん」
透華は恥ずかしそうに、もじもじと指遊びをする。
「あの、恥ずかしながら、私十六年生きてきて、料理をしたことがないの」
「一度も?」
「一度も」
「包丁握ったことは?」
「それもない。危ないからって、触らせてくれなかった。ご飯は料理人が作ってくれていたの。私は経験なくて料理作れないから、優維人さんに作って欲しい」
「……えー」
お嬢様だと思っていたが、まさかここまでとは。専属の料理人がいるなど、庶民の優維人からすれば想像できないことだ。
とにかくだ、彼女の食事を作るのも依頼の範囲。仕事はきちんとしなければ。
そこで優維人は自分の家の食材も、ほとんど残っていないことを思い出す。
「わかった。ただ、食材を買いに行かなかきゃいけない。申し訳ないけど、夕焼け荘で待ってくれ」
「お買い物に行くの?」
目をキラキラと輝かせる透華。
「私も行きたい」
「近所のスーパーに行くだけだよ。面白いことはないよ」
「それで十分。私、自分で買い物するどころか、お店に入ったことすらないの。だから、私も一緒に行きたい!」
透華の言葉に、優維人は唖然。料理どころか買い物すらしたことないとは、想像以上の箱入り娘だ。富裕層の令嬢とはこのようなものなのだろうかと、驚きを通り越してつい呆れてしまった。
「うーん」
優維人は悩んだ。護衛として透華からはあまり離れるべきではない。だが、透華を連れて外出することも、それはそれで危険な気がする。
「……わかった。一緒に行こう」
透華のすがるような眼差しに負けてしまい、一緒に行くことを最終的に承諾。
「やった、やったー!」
よほど嬉しいのだろう、透華はその場で元気よく飛び跳ねた。
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