第四話 夕焼け荘へようこそ
玄関先で話をするのもなんなので、
透華が玄関に入ると、クロが彼女の足元に擦り寄り、にゃーと挨拶。
「黒崎さんって猫を飼っているんですか? 私、初めて本物の猫を見ます。可愛い。名前はなんて言うのですか?」
「クロって言います。黒猫だからクロ」
「性別は?」
「男の子です」
透華がクロの頭を撫でてやると、クロは気持ちよさそうに目を細める。クロは人懐っこい性格で、透華のことをすぐに気に入ったようだ。
その時だ。
玄関に重低音が鳴り響く。音の発生源は透華の腹部。優維人が透華の腹に視線を移すと、彼女は顔を赤らめ自身の腹を両腕で抑える。
「あの、透華さん。お腹減ってます?」
「……はい。朝から何も食べてなくて」
聞けば、透華はまだ陽も出てない早朝に自宅を出て、飲まず食わずでここまで歩いてきたのだという。
「まあ、俺も朝食はまだですし、今から作りますね」
「お願いします。うー、恥ずかしい!」
透華をリビングの椅子に座らせた後、優維人は朝食作りを開始。これも依頼の範囲内だ。きちんとこなさなければ。
優維人は何を作ろうかと冷蔵庫を確認。
「あまり材料ないな。……そうだ」
優維人は冷蔵庫からチーズ、ピーマン、ベーコンを取り出し、キッチンの上にトーストと一緒に並べる。ピーマンとベーコンを小さく切り、トーストの上にチーズと一緒に乗せる。それをオーブントースターに乗せ、こんがりなるまでと焼く。ピザトーストを焼いている間、トウモロコシの缶詰を開け、サラダを作る。
祖母が亡くなった二年前、中学三年生の時から優維人は一人暮らしをしている。一応優維人の親戚が保護者になっているが、彼女は仕事で常に日本全国を飛び回っている。たまに帰ってきても家事全般がてんでだめで、家事は優維人が全てしている。日常生活を送る中で、自然と家事スキルが身についていったのだ。
「お待たせしました」
優維人がテーブルに料理を乗せると、透華は目を輝かせる。
「有り合わせで申し訳ないですけど」
「いえいえ。いきなり来たのはこちらですから。では、頂きますね」
焼き立てのピザトーストを自身の息で少し冷やしてから、透華はかぶりつく。何度か咀嚼した後、目を輝かせる。
「美味しいです。これなんという食べ物ですか?」
「ピザトーストですよ。初めてですか、食べるの?」
「はい!」
二枚目のピザトーストに口をつけようとした透華は、一旦食べるのを中断。
「そういえば、黒崎さんて今何歳ですか? 私と近いように見えるのですが」
「十六歳です」
「私と同じですね。じゃあ、敬語やめましょう。あと呼び方も下の名前で。同い年だし、気を使わなくてもいいでしょう。はいスタート!」
「まあ、銀木さんが言うなら」
「敬語! あと名前!」
「あ、は……うん」
随分と馴れ馴れしいというか、友好的な子だなと優維人は感じた。だが、決して悪いことではない。こちらに警戒心を抱いていないなら、色々と聞き出せそうだ。
まず何から聞こうかと考えていると、透華の方から尋ねてきた。
「優維人さんのご家族はどうしているの? 見当たらないけど」
「あー。……」
一瞬言い淀んだが、ここで隠しても意味はないと正直に答える。
「今は一人暮らしをしているんだ。家族はいない。俺には父さんと母さん、一つ違いの姉、妹がいたんだけど、交通事故で亡くなった。ばあちゃんも二年前に病気で」
「そ、そうだったんだ」
「まあ、一人暮らしとはいってもクロがいるし、親戚も時々来る。 夕焼け荘、敷地にある賃貸物件のことね。あそこの住人もいるし、寂しくはないよ。透華さんの方は?」
「……実は私の方も、私が生まれて間もない時に両親と姉が事故で亡くなっているの」
「あー、そうなのか」
自分と似たような境遇だったとは。まあ、だからといって、「俺と一緒だね!」とテンション高く言えるわけがない。その場になんともし難い重い空気が流れる。
透華はこの空気をなんとかしようと、「でもでも!」と言葉を続ける。
「私の叔父さんが良い人で、親代わりとして私をここまで育ててくれたの」
「叔父さんがいるの?」
「うん。叔父さんはすごく優しい人なの。礼儀とかには厳しいけど、たくさんの人を連れてきて面白い話を聞かせてくれるんだ」
「たくさんの人を連れてくる?」
「私ね、お医者様からあまり外に出ないように言われているんだ。それで私が退屈しないようにって、叔父さんの友人が来てくれる」
「透華さん、体が弱かったり、何か病気があるの?」
「まあ……似たような、ものかな。日光にあまり長く当たることができなくて」
「ふーん」
透華さんは皮膚が弱いのかな。
透華の肌はとても白いが、日に全く焼けていないのは日光を避けているからだろう。透華さんについて気をつけないといけないなと、頭の隅に優維人は置いておく。
「……ちなみになんだけど、叔父さんは、俺が透華さんのことを護衛することについてどう思ってる? 信頼とかしてくれてるかな?」
優維人は透華に探りを入れる。
透華がこの家を訪れた際、優維人は彼女に幾つか質問したが、言えませんと回答を全て拒否された。てっきり自分のことは一切喋るつもりがないのかと思っていたが、今は隠すことなく家族の話などをしてくれている。この流れなら今回の依頼の詳細も話してくれるのではと、期待したのだ。
だが、その期待はあっさりと砕かれる。
「えっと、叔父さんのことは言えない」
申し訳なそうにする透華。だが、優維人もここで簡単に引くわけにはいかない。
「何故? 何故話せないの? これから君を護衛する上で、俺としても君や君の周りのことを知っておきたいんだ」
「小川さん、あの手紙を書いた人に言われてるの。叔父さんのことは絶対話すなって。周りに危険が及ぶから」
「周りに危険が及ぶ……か。叔父さんは友人が多いみたいだけど、叔父さんは何のお仕事しているの?」
「私もよく知らないけど、いくつか会社を経営しているみたい。叔父さんが連れてくる人達は、仕事で知り合ったって言ってた」
「会社の経営者……」
叔父が会社の経営者。それが透華の狙われる理由なのではと、優維人は推測。昨今、金目当てで経営者の親族を誘拐するなど珍しくもない。この前も都内の大手警備会社を経営する社長の孫が誘拐され、莫大な身代金を要求されたという事件が発生している。
透華が今身につけている白のワンピースは、ファッションに疎い優維人で一目で高級品とわかるもの。このようなものを買い与えることができるとは、叔父はそれなりに羽振りが良いはずだ。
「そっか。わかった。色々教えてくれてありがとう」
叔父のことについてもう少し聞き出したかったが、優維人は一旦引くことに。これ以上しつこくしたら、透華との信頼関係にヒビが入るかもしれない。それは護衛任務としてはよろしくない。
それに別に焦る必要もない。叔父のことを話すなと言われておきながら、透華は叔父の情報を優維人に話してしまっている。この少女は隠し事ができないタイプなのだろう。ゆっくりと情報を引き出せば良い。
「それにしても良い叔父さんだね。透華さんのために色々としてくれて」
「うん。自慢の家族だよ!」
叔父が褒められたのが嬉しいのか、透華は満面の笑みを優維人に返した。
ピザトーストを食べ終わった透華は、コップに入った牛乳を半分ほど飲み干す。その後、何やら嬉しそうにゆらゆらと体を揺らす。
「叔父さんが連れてくる人って、私よりも年上ばかりだったの。だから、優維人さんのような同年代の友人が初めてできて嬉しい」
透華はそう話すが、優維人は彼女の言葉に引っかかった。
同年代の友人が初めてできた? 体質のせいで家の中にばかりいたからか?いや、彼女の人の良さなら、学校とかで友人はある程度できるはずだ。
優維人は色々疑問に思ったが、特段重要なことではないので、流しておくことにした。
「透華さんに案内したい場所がある」
「案内したい場所?」
「君がこれからしばらくの間住むところ。うちが管理している夕焼け荘だよ」
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