第三話 依頼の受諾

「……はい?」

 突然の訪問者に、意味不明の発言。優維人ゆいとはそう漏らすことしかできなかった。このような状況を理解できる人物はいないだろう。もしいたら、とんでもない理解力の高さだ。

 優維人は目を擦り、少女の姿をじっと見る。肌は透き通るような白さだが、白すぎてむしろ不健康な印象を受ける。腰まで長い髪は肌とは対照的に艶のある濃い黒色。

 次に優維人は少女の顔に視線を移す。吸い込まれるような大きな瞳に、長いまつ毛と、薄いピンク色の唇。幼さを残しているが、男なら思わず振り返るような美人だ。

「あ、あのじっと見つめられると……」

 少女は頬を僅かに赤らめ、恥ずかしそうに目をそらす。

「す、すいません!」

 女性の顔を凝視するのは失礼だと優維人は気づき、慌てて謝罪。

 優維人は人の顔を覚えるのがあまり得意ではない。だが、それを抜きにしてもこの少女を見た覚えがまったくない。初対面のはずだ。

「あの、失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

銀木しらき透華とおかです!」

 少女は元気よく応える。優維人もつられて「あ、黒崎です」と反射的に返してしまった。

「いや、そうじゃなくて。俺が聞いているのは、どこのどなたですかと。あなたと俺は初対面ですよね?」

「私のことについて、詳しいことは話せません。話していけないと言われています。とにかく、今日からお世話になります」

「……」

 ダメだ。話が通じない。

 優維人はゆっくりと扉を閉めた。

「あ、あの。なんで閉じるんですか? もしもーし! 黒崎さーん! 黒崎優維人さーん!」

 見た目麗しい少女だが、危険な異常者かもしれない。警察に通報して来てもらおうかと悩んでいると、透華は思い出したかのように「あっ!」と声を上げた。

「依頼です。黒崎さんへの依頼なんです。私の面倒を見てもらうという」

「依頼?」

 優維人は扉を少しだけ開け、透華に聞き返す。

「依頼とは、CRAへの依頼ということでしょうか?」

「そのシーアールエーというのはよくわかりませんが、黒崎さんへの依頼なんです」

 透華はそう言い、地面に置いてあった大きめのボストンバックから分厚い封筒を取り出し、優維人に手渡した。

 優維人は警戒しながら受け取る。中には手紙が入っており、内容を確認。

 初めまして、黒崎優維人さん。私は小川ゆう子と申します。手紙の上で名乗ることをお許しください。

 私は黒崎さんが以前依頼を受けた野村雅子まさこの親戚です。彼女からあなたの話を聞き、あなたを信頼して依頼を出そうと思いました。

 あなたには銀木透華さんの護衛、及び日常生活の世話を頼みたいです。彼女を狙う全ての存在から守ってください。期間は一ヶ月です。一ヶ月過ぎれば、彼女は本来の居るべき所へと戻ります。

 依頼料と共に、透華さんの生活費を同封しておきます。自由に使ってください。

 突然の依頼、きっとあなたは戸惑うでしょう。一方的に押し付ける形で申し訳ありませんが、あなただけが頼りです。どうか、お願いします。

 封筒の中にはかなりの万札が入っており、依頼料としては十分すぎるくらいだ。

 だが、依頼を受けるかどうかはまた別である。

「銀木さん、少しお聞きしたいことが」

「なんですか?」

「仮に、仮にですよ。もし俺があなたの面倒を見れないと断った時、他に行く宛はあるでしょうか?」

「いいえ。ありません」

「銀木さんの自宅には」

「自宅には戻れません」

「戻れない。それはどういった意味でしょうか?」

「言えません」

「……ご家族は今回の依頼のことご存知ですか?」

「言えません」

「あなたの護衛をしてほしいとありますが、一体誰に狙われているのでしょうか?」

「言えません」

「……」

 これは困ったなあと、優維人は頭をく。

 この少女は何やら訳ありのようだ。しかも護衛に関することも秘密ばかり。こういうのは経験上、後々に面倒事に発展する。

 だが、依頼を断ろうにも優維人以外に宛がない。しかも一方に依頼してきたということは、かなり切羽詰まった状況のようだ。

 君子危うきに近寄らずという言葉がある。

 面倒事は避けるべき。それが賢い生き方というものだ。

 ……父さんだったら、どうするかな?

 今は亡き自身の父親の言葉を思い出す。

 困っている人間がいたら、何がなんでも手を伸ばせ。見捨てることは罪だ。

 尊敬している警察官だった父の言葉。今回もこの言葉に従おう。

 CRAになったのも、彼女のような困っている人間を犯罪から助けたいからだ。ここで見捨てることなんてできない。

 優維人はまっすぐ透華を見据える。

「わかりました。この依頼、CRAの黒崎優維人がお受けします」

 透華は眠気も覚めるような、にっこりと魅力的な笑みを優維人に向けた。

「はい。ありがとうございます」

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