第10話 王子
季節も進んで春が訪れると、いよいよ最終学年である3年生を迎えた。
ポミエス王国のライオン獣人のライアン第2王子が騎士科に入学して、学園全体がざわついていたのもハナミズキの白い花が咲く頃には落ちつきを取り戻している。
「ようやく騎士科の食堂に来ることができたわね」
「王子がきてからすごく賑わっていたものね」
いつも魔術科の見えるメルヘンチックなカフェテリアに集まるけど、騎士を目指す狼獣人と幼馴染のねずみ獣人との学園ロマンス小説を読んだわたし達は騎士科に行ってみようと計画していた。
身体をたくさん動かす騎士科は、ボリューム満点のメニューが並んでいて、アレックス様の好きなローストビーフのサンドイッチとフレッシュオレンジジュースを選ぶ。
「ねずみの女の子が癒しの力に覚醒して聖女になって、第2王子と婚約する展開は予想外だったわね」
「うんうん、騎士科の彼が彼女の幸せのために身を引こうとするところも切なくて胸が苦しかったわよ」
「卒業パーティーの真ん中で、狼の彼が騎士の誓いのプロポーズで愛をさけぶところは本当に泣いてしまったわ……」
アレックス様の好きなものを頬張りながら、エミリーとクロエと一緒におしゃべりに花を咲かせる。
じれじれ過ぎる両片想いの2人の恋は、癒しの力を覚醒した彼女が聖女になってしまったために第2王子と婚約することで引き裂かれる。だけど、第2王子は2人の気持ちを知って卒業パーティーで婚約破棄をする道化を演じて、2人は見事結ばれるのだ。
「ソフィアはどこがよかったの?」
「第2王子が本当に本当に格好いいところ……っ」
オレンジジュースをこくりとひと口飲めば、さわやかな柑橘の香りがふわりと漂っている。
第2王子もねずみの聖女にずっと惹かれていたのに、大好きな彼女のために2人が批判されないように、しあわせに結ばれるように心から願っていた様子に胸きゅんが止まらない。
「あんなに素敵なんてずるい……。本当に素敵過ぎて、絶対に好きになっちゃう!」
ぜひ続編を書いて第2王子をしあわせにして欲しいと思いながら、ぷるぷるたれ耳を震わせて話してもエミリーとクロエがうなずかない。珍しいなと思って小首を傾けると柑橘の香りが濃厚になった。
「ここ、相席してもいい?」
「はい、どうぞ……えっ」
差し込む光を浴びて黄金色に輝く短い金髪、自信に満ちた眉、彫りの深い整った顔立ち、鍛え上げられた大きな体躯のライアン第2王子が目の前に立っている。
あわててエミリーとクロエのように淑女の礼を取った。
「そういう堅苦しいのはいいよ。楽しそうな声が聞こえたから話に混ぜてもらおうと思ったんだ――君の名前は?」
わたしの隣に座ったライアン王子は、にかっと笑いかける。側近の方たちも近くに座ったせいか身体の大きなライアン王子がとても近くて、たれ耳がぷるぷる震えそうになるのを必死に堪える。
「ソフィア・コリーニョです……」
エミリーとクロエに視線をうつすと目線でうなずいたので、なるべく早く切り上げて総合科に戻ることに決まった。
「どんな話をしていたのか俺に教えてよ」
「あっ、えっと、卒業パーティーに騎士の誓いでプロポーズされたら素敵だね、と話していました」
頭が真っ白になりすぎて質問に答えることしかできない。ライアン王子はにかっと笑いながらうなずく。
「ソフィアは騎士の誓いに憧れてるんだ? 俺が卒業パーティーに騎士の誓いをしたらソフィアは嬉しい?」
「えっ」
ライアン王子は婚約者がいないから、わたし達の話を聞いて好きな人か恋人に想いを伝えるのかもしれない。騎士の誓いは、魔力の誓いと同じで女の子の憧れがぎゅうぎゅうにつまっている。
感動してたれ耳がぷるぷる震えるのを止められないままライアン王子を見上げて、両手を胸の前で組み合わせて口をひらく。
「あ、あの、騎士の誓いは女の子の憧れです……! 王子の想いは、きっと意中の方に伝わると思います! わたし達と王子は学年が違うので、卒業パーティーの騎士の誓いは見れませんが、どうかどうか頑張ってください……っ」
ポミエス学園の卒業パーティーは、最後にみんなで楽しい想い出を作るために卒業する生徒と学園関係者のみが出席することができる。
本物の王子様のライアン王子の騎士の誓いは見てみたいけど、見ることができないのがわかっているので応援の気持ちを精一杯伝えたら太い眉が大きくあがって目を見開かれた。
「ソフィア、そろそろ次の授業の準備をしないといけないわ」
「王子、わたしたちはこれで失礼します」
エミリーの言葉を合図に淑女の礼をして立ち去る。
総合科に戻りながらライアン王子の恋がうまくいくといいねと口にしたら、エミリーとクロエになぜかすごく怒られた。
◇◇◇
夏休みになったのでアレックス様と涼しい高原の別荘でさわやかな風を感じながら過ごしている。
「ソフィー、動くと危ないよ」
くすぐったくてぷるぷる震えるたれ耳から林檎の花の香りがふわんと漂っている。
夏毛に生え変わるわたしのたれ耳を数種類のブラシを使ってブラッシングするアレックス様をちらりと見上げれば、甘く見つめられて心臓がぴょんっと跳ねた。
「はあ、ソフィーは本当にかわいいね……。癒しとかわいいを集めたら、間違いなくソフィーになると思うよ」
アレックス様がわたしのふわふわになったたれ耳にもふりと頬を沈めている。
結婚式の打ち合わせが少しずつ進んでいるので、話題は結婚式や新居についてになっていた。
「ソフィー、お色直しは最低5回は必要だよ」
「えっ、絶対に多いよ……」
端正なアレックス様のお色直しならともかく、ごくごく平凡なうさぎ獣人のわたしのお色直しは2回でも十分だと思って、縞模様の尻尾を機嫌よく揺らしているアレックス様に唇をとがらす。
「ソフィー、それ、すごくかわいいね」
とがらせていた唇に素早くキスをされた瞬間、顔に熱が集まる。不意打ちのキスに目をぱちぱち瞬かせているとアレックス様がふわりと笑った。
「ああ、もう、本当にかわいいね……」
やさしく触れるキスは小鳥のように、ちゅ、ちゅ、とついばみはじめる。キスの合間にかわいい、好き、早く結婚したい、かわいい、と甘い言葉をささやくアレックス様のとろりと甘さのにじんだ瞳に見つめられる。
たれ耳をやさしくなでて、ふわふわの髪をやわらかく梳きながら、ついばむようなキスは次第に角度を変えて深くなっていく。
「っ、ん――…」
息苦しくて唇をひらいたあとは、ただただ甘さに溺れたみたいで、アレックス様に縋るように洋服を握りしめればその手もアレックス様の熱い指に絡め取られる。
ようやく水音が止んで、つう、と銀色の糸が2人の間にかかる時には、わたしの身体はとろけたみたいに力は抜けてしまった。ぺろりと唇をなめたアレックス様の大人の色気に心臓がもたなくて、たれ耳を隠すようにアレックス様の胸に押しつければ言葉を直接たれ耳に吹き込む。
「ソフィーはすごくあまいね。おかわりちょうだい」
返事をする前にわたしのあごを掬うと甘いおかわりがはじまり、わたしがキスに翻弄されていたら結婚式のお色直しはアレックス様の希望通りになっていた。
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