第5話 秘密

 

 桜の花が咲きこぼれる春、わたしはポミエス学園の入学式を迎えた。

 アレックス様と同じ魔術科に憧れていたけど、わたしにはわずな魔力も持っていない。そこで、入学してから興味のある科目を選ぶことのできる総合科を選んだ。


 総合科とアレックス様が先生をしている魔術科は、建物が違う。わたしは、魔術科塔がよく見えるメルヘンチックな雰囲気が素敵なカフェテリアを見つけて、クラスメイトで友人──羊獣人のエミリー・ペコラ侯爵令嬢とりす獣人のクロエ・エキュロイユ伯爵令嬢とランチや、お茶会をいつもひらいていた。



 今日は、ずっと楽しみにしていた魔術の授業が行われる日。

 教室の扉が音を立てる。入ってきた人を見て思わず息を呑んだ。


「こんにちは。このクラスの魔術を担当するアレックスです」


 魔力のない生徒も多い総合科の魔術は、実技ではなく座学を学ぶ。そのため、魔術科の先生ではなく総合科の先生が教えると聞いていた。まさかアレックス様に教えてもらえるなんて思っていなくて、目をぱちぱち瞬いてしまう。


「最初の授業に入る前に、魔術の授業を手伝ってくれる生徒を決めたいと思います」


 にこやかに告げたアレックス様は片手に収まるくらいの箱を端に座る生徒に渡し、その中から玉をひとつ取って次の生徒にまわすように指示をした。

 わたしの番になって箱の中に手を入れると、玉が吸いついてきたみたいに手のひらに収まったので、それを選んで隣の席へまわす。


「全員引き終わりましたね──結果エフェ


 アレックス様の言葉で、わたしの選んだ玉が金色に輝いて小鳥に変化する。きらきらと虹色の粉を振りまきながらわたしのまわりを飛び回ると、淡く消えていった。わあ、とクラスメイトの歓声が上がる。


「うん、お手伝いは決まりですね。これから魔術の授業がはじまる前に先生のところに来てください」

「は、はい……っ」

「よろしくお願いしますね──それでは、今から皆さんがどれくらい魔術について知っているのか確認のテストをします」


 クラスに悲鳴が響き渡る中、わたしはアレックス様と話せる機会に当たった幸運が嬉しすぎて、たれ耳がぷるぷる震えた。気づいたら、魔術のテストが終わっていた。



 ◇



 わたしのカレンダーは、アレックス様と会える魔術の授業の日に縞模様の尻尾の印を付けている。今日は、指折り数えて過ごした尻尾がごきげんにゆれている日。


「アレックス先生、なにかお手伝いすることありますか?」

「ソフィア嬢、今日は特にありませんので一緒に教室に向かいましょうか」


 婚約者ではなく先生と生徒として話すのは、なんだかくすぐったくて、むずむずしてしまう。中庭の見える廊下をアレックス様と並んで歩いていると、視線を感じて足を止めて見上げた。


「ソフィア嬢、ゴミがついてますよ」


 突然たれ耳をつまむように触られ心臓がぴょん、と跳ねる。


「ひゃ! あ、ありがとうございます……っ」

「どういたしまして。ソフィア嬢、顔がとても赤いですよ──熱でもあるのかな?」

「こ、これは、あっ、あの、だ、大丈夫です……」

「本当に大丈夫なのかな?」

「は、はい……」


 心配そうな表情を浮かべたアレックス様に顔をのぞき込まれると、あっという間に頬に熱が集まっていく。

 赤らんだ顔を見せるのが恥ずかしくてうつむいたら、たれ耳に小さなリップ音が鳴る。


「っ!」

「今のは先生との秘密でお願いします」


 びっくりして顔をあげたら、アレックス様がふわりと笑っている。人差し指を唇に持っていく仕草に、どきどきし過ぎて倒れそうだった。



 ◇



 ポミエス学園の木々の緑も赤く色づきはじめた頃、わたしにとって初めての学園祭が近づいてきた。


「アレックス先生、わたしのクラスのチケットなので時間があったら遊びにきてくださいね」

「ありがとうござい……、メイドカフェ……?」


 チケットを受け取ったアレックス様が眉をひそめて、首を傾げる。


「どんなカフェにするか、なかなかまとまらなくてメイドカフェにようやく決まったばかりなんです……っ!」

「ソフィア嬢は、なにをされるのですか?」

「わたしはもちろんメイドです! メイド文化のないあずまの国は、メイドを独自に解釈した『メイドカフェ』が流行っていてーーフリルがたっぷりのとてもかわいいメイド服の衣装が届くのが楽しみなんですよ」


 アレックス様がチケットを眺めながらうなずいた。


「メイドカフェは、お客様のことをご主人様と呼ぶことになっていて、ご主人様の注文した飲みものや食べものに『おいしくなるおまじない』を唱える予定なんです」

「それはすごいですねーーどんなおまじないを唱えてもらえるのかな?」

「おまじないの言葉は大体同じなんですけど、最後の言葉を獣人の種族によって変えているのが、このメイドカフェのこだわりなんです! わたしのは──」


 そこで言葉を切ると、アレックス様の正面にまわる。



「おいしくなーれ、おいしくなーれ、ぴょんぴょんぴょん!」



 両手で作ったハートと身体を左右に揺らし、ぴょんぴょんぴょんの時にたれ耳を両手を使い、ぴょこぴょこ動かす。



「──…………」



 おまじないを唱えたあと、沈黙が流れる。


「あ、あの…………変だった?」


 沈黙が続くのがすごく恥ずかしくて、たれ耳を伸ばして顔を覆った。アレックス様は、たれ耳をやさしくなでたあと、片耳だけぺろりとめくって顔を寄せる。


「ソフィー、すごくかわいいね」

「ほ、本当……?」

「うん、本当だよ。また僕に見せてくれるかな?」


 ささやくアレックス様に小さくうなずくと、嬉しそうにふわりと笑う。


 アレックス様と話した翌日、クラスに届いたのはメイド服ではなくてなぜか執事服だったので、わたしのクラスは急遽執事カフェをすることになった。

 学園祭でメイドカフェはできなかったけどアレックス様のメイドになるのは、また別のはなし。



 こうしてポミエス学園1年生はあっという間に過ぎていった。

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