第2話 出会い

 

 わたしとアレックス様が出会ったのは、ティーグレ公爵家で行われたお茶会。わたしは5歳、アレックス様は10歳だった。



「こんにちは。アレックス・ティーグレです」

「は、はじめまして、ソフィア・コリーニョです」



 はじめての場所に緊張して、たれ耳をぺたんと下げ、丸い尻尾をぷるると震わせてしまう。 ドキドキするわたしにアレックス様はやさしく話しかけてくれた。


 幼いわたしは、お茶会の目的がわたしたちの相性を見る顔合わせだと全く理解していなかった。 わたしに、やさしく話しかけてくれたアレックス様の隣にぴょんと座って、たくさん話しかけた。


 わたしの好きな色や一人で読めた本、お友だちのぬいぐるみに、美味しかったお菓子のこと。どんなお話も、アレックス様が相槌をうち、縞模様の尻尾をゆらゆら揺らしてくれた。嬉しくて、いっぱい話し続けてしまう。


「あのね、ソフィアのおうちに、とってもおいしいりんごの木があるよ!」

「そうなんだ」

「うん! 木にのぼって、あおい空をみながら、りんごをたべるとすごく――あっ!」


 あわてて両手でお口をとじる。

 木登りすることは外で話してはいけませんよ、とお母様に言われていたのを思い出す。鼻の奥がツーンとして世界がにじんで、あわててうつむく。


「ソフィアじょう、どうしたのかな?」

「ご、ごめんなさい……あ、あの、お母さまに、木のぼりのことを、おはなし、しちゃだめって言われていたのに……」

「そうなんだね。でも、ぼくはソフィアじょうの秘密を話してもらえて嬉しかったよ」

「ほ、ほんとうに……?」


 恐るおそる顔を上げるとアレックス様がふわりと笑った。たれ耳をなでてくれた瞬間、心臓がきゅうっとして両手で胸を押さえた。

 胸がどきどきして、きゅうってむずむずしている。


「ソフィアじょう、そのとっても美味しいりんごを今度食べに行ってもいいかな?」

「えっ、ソフィアのおうちにあそびにきてくれるの?」

「うん、ソフィアじょうのお家に遊びに行きたいな」

「うん! おとうさまとおかあさまにきいてくるね!」


 ぴょんぴょん跳ねまわりたくなってしまう。だけど、アレックス様が、手をどうぞと差し出してくれたから、手をきゅっと繋いだ。心臓がもっとどきどき、きゅうってする。お父様とお母様、アレックス様のお父様とお母様のところに行く。

 とてもびっくりされたけど、みんなから笑顔でいいわよ、と言ってもらえたので思わずぴょんって跳ねてしまった。アレックス様がやさしくたれ耳をなでてくれて、嬉しくて、ふにゃんとたれ耳が下がってしまう。


 コリーニョ伯爵家にアレックス様が遊びにきてくれた時には、わたしたちは婚約者だった。



 ◇



 はじめて一緒に木のぼり。アレックス様の隣に座ると、縞模様の尻尾がわたしの腰にくるりと巻きついた。やさしく触ってみると、ふわふわしっとりして先っぽがぴょこぴょこ動く。


「落ちないように気をつけないとね」

「うん、ありがとう!」


 アレックス様から婚約者というのがずっと一緒にいることだと教えてもらった。一緒に食べたりんごは、世界で一番美味しいりんごだったし、一緒に見た青空は世界で一番綺麗な空色だと思った。



 春になってりんごの花が咲きはじめた頃。 甘い花の匂いをくんくんしていると、隣のアレックス様も一緒に鼻をくんくんしてくれる。一緒にいると胸がぽかぽかして、やっぱり嬉しくて、たれ耳がふにゃりと垂れさがる。


「ソフィアじょう、りんごの花言葉はね、『えらばれた恋』と『もっとも美しい人へ』って意味があるんだよ」

「うつくしいってきれいってことでしょ?」

「うん、そうだよ」

「アレックスさまの黒いひとみも、金色の髪も、黄色の耳もしましま尻尾も、どれも全部とってもきれいだからぴったりだね」

「ソフィアじょう、ありがとう」


 ふわりと笑ってたれ耳を撫でてくれる。アレックス様になでなでされると、嬉しくてぷるぷるしてしまう。


「えらばれた恋も、ぼくはソフィアじょうが大好きだからぴったりだよ」

「ソフィアもアレックスさまといっしょにいると嬉しくなるから同じだね」


 木の上でぴょんぴょんお尻を跳ねさせたら、縞模様の尻尾がぎゅっと落ちないようにしてくれた。



 ◇◇◇



 アレックス様と会えると嬉しくて、たれ耳がぷるぷる震えてしまう。アレックス様は、ぷるぷる震えるわたしを見て、縞模様の尻尾を揺らし、やさしくたれ耳を撫でてくれた。


「ソフィアのお耳はふわふわだから気持ちいいね」

「アレックスさまはソフィアのみみ、きらいじゃない……?」

「ふわふわで好きだよ。なにかあったの?」

「あ、あのね、たれてるからお兄さまのお友だちにからかわれて……。ぴんっとしてないから聞こえないだろうって笑われたの――…」


 思い出すと身体がぷるぷる震えだすし、涙がうるうる集まっていく。

 アレックス様はぐすぐす涙声で話すわたしをお膝の上に乗せた。縞模様の尻尾をわたしの腰に巻きつけ、お話をやさしく聞き終わると、お友だちがもう嫌なことを言わないようにしてあげると約束してくれた。


「ソフィアのお耳はとってもかわいいよ。これから、ぼくがブラッシングしてあげるね」


 こくんとうなずくと、ふわりと笑顔になったアレックス様に胸がきゅーんとしてしまう。

 この日からアレックス様に会うと、丁寧にたれ耳をブラッシングをしてくれるようになった。


 アレックス様の言った通り、あれから意地悪を言うお友だちはいなくなった。だけど、次の悩みが出てきた。

 たれ耳をぺったんと下げて、ため息をついたわたしを見つけたアレックス様が顔をのぞき込む。


「ソフィア、どうしたの?」

「あのね、べんきょうがとってもむずかしくて……ちゃんと出来ないとアレックスさまといっしょにいれないって……」


 大好きなアレックス様と離ればなれになることを想像したら大きな涙がぽろぽろ落ちてしまう。


「大丈夫だよ、ぼくがわからないところを教えてあげるよ」

「ほ、ほんとう? ずっとずっといっしょにいられる……?」

「うん、これから一緒に勉強しようね」


 大きな返事をすると、ふわりとやわらかく笑ってくれたアレックス様を見て、また胸の奥がきゅんってした。


 それからティーグレ公爵家で勉強することも増え、あんまり好きではなかった勉強も、アレックス様と一緒にいるためだと思うとやる気がでてくる。

 やる気はあっても、わたしは難しい勉強が続くと熱を出してしまった。そのたびにアレックス様がりんごのすりおろしを食べさせて看病してもらう。


 熱を出しても勉強を頑張ったのは、できるようになるとアレックス様からたくさん褒めてもらえて、お膝の上で食べさせてくれるご褒美の甘いお菓子がすごく嬉しかったから──

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