たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
第1話 卒業パーティー
豪華なシャンデリアが魔術でふわりと浮かび、光の粒がきらきらと卒業パーティーのホールを華やかに照らしている。美しく飾られたホールを見た卒業生はみな笑顔を咲かせているが、わたしは一人、ため息を飲み込んでいた。
今から王立ポミエス学園の卒業パーティーが行われる。
王立ポミエス学園は、さまざまな種族の獣人たちが、種族を超えて交流をするための学園。
伯爵家令嬢であり、たれ耳うさぎ獣人である私、ソフィア・コリーニョも、今日卒業する生徒の一人だ。ある噂が、わたしの心をひどく沈ませていた。その気持ちを表すように、たれ耳がぺたんと垂れ下がる。
――アレックス・ティーグレ公爵令息は、アンナ・サブラージ侯爵令嬢と婚約するらしい
アレックス・ティーグレ。公爵家の嫡男である虎獣人の彼は、わたしの婚約者だ。
ティーグレ公爵家は、代々優秀な魔術師を輩出する家系であり、アレックス様もまた、ポミエス学園を首席で卒業した後、王宮魔術師として働いている。
その上、わたしがポミエス学園に入学する年に魔術の先生が急に辞めてしまったため、アレックス様は学園の魔術教師も兼任している。
輝く星のような金色の髪に太陽のような黄色の耳、漆黒の黒い瞳。そして美しく縞模様になっている尻尾。その顔立ちは、決断力と知性にあふれ凛々しく整っていて、いつ見ても見惚れてしまうほど格好いい。
一方わたしは、平凡な薄茶色の瞳とたれ耳のうさぎ獣人。コリーニョ伯爵家もごくごく平均的な伯爵家なので、アレックス様にもティーグレ公爵家にもちっとも釣り合うところがない。
そんなアレックス様とわたしの婚約がどうして成立したかというと、ティーグレ公爵家の祖国に伝わる『干支』というものを大切にしているからだ。
干支は、『子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥』の十二種類の動物によって構成され、アレックス様の生まれた年はちょうど
アレックス様と噂になっているアンナ・サブラージ侯爵令嬢は、とても珍しい純白の虎で誰もが振り返るような美人。
白虎は、古くから神聖な生き物として崇められていて、アンナ・サブラージ侯爵令嬢は聖女だとポミエス学園で言われている。
美形の虎に美人の白虎の美男美女が並ぶ姿は、絵画のように美しい。2人が同じ虎獣人なこともあり、お似合い過ぎるという悲しい事実にわたしのたれ耳はぺたんを超えてぺったり垂れていくばかり。
「ソフィア、こちらにいらして」
わたしを見つけた友人の羊獣人のエミリーとりす獣人のクロエに手招きされ、二人が好奇の視線を遮るように立ってくれたから、ようやく詰めていた息をそっと吐いた。
ポミエス学園に入って素晴らしい友人ができたことが、わたしの宝物だと思っている。
エミリーとクロエと話すうちに、ようやく気持ちも落ち着いてきてホールを見渡せば、3年間の学園生活で異種族の交流を深めた卒業生たちは、色とりどりのドレスやタキシードを着こなして歓談を楽しんでいる。
わたしもこの卒業パーティーにため息をつきたくなるような気持ちではなく参加したかった。ホールに騒めきが起こり、視線をそちらへうつす。
「――っ!」
ホールに現れた婚約者のアレックス様は、タキシード姿ではなく王宮魔術師の正装を身に纏ってマントをひるがえしていた。隣には、アレックス様の黒い瞳と同じ色の妖艶なドレスを優雅に着こなした聖女アンナ様の姿が。
ホールの好奇な視線がわたしに再び集まるのを感じて、たれ耳がぷるぷる震えていくのがわかる。
視線の先にいるアンナ様もこちらを見つめて笑みを浮かべている。わたしはアレックス様の顔を見る勇気がどうしても出なくて、ぴんっとまっすぐに立った縞模様の尻尾を見つめることしかできなかった。
「ソフィア・コリーニョ伯爵令嬢」
アレックス様の低い声がホールに響く。
きっとアンナ様と婚約を発表する前に、わたしと婚約破棄をするつもりなのだろう。
わたしは、たれ耳がぷるぷる震えないように、ぐっと力を入れた。
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