第四十七話【逃げる準備】
役場に戻れば皆に心配され、そして部屋に戻ってもユーゴに心配され、ひとりになっても悩みが無尽蔵に湧き上がってきた。
「――結局、何も進まずじまいですね……」
ジャンセンさんに盗賊団の首魁についての話を聞けた。
それは間違いなく大きな収穫だった。
けれど、それはまだ問題となっていない部分。
まずもって、どこへ向かえばその首魁と出会えるのかが分かっていない。
話し合いの為の鍵を手にしたとて、その扉の前に立てないのでは意味が無いのだ。
それにしても、まさかユーゴにまで心配されてしまうとは。
帰り道の私は、果たしてどんな顔をしていたのだろう。
彼は珍しく私の部屋にまで付いて来たと思えば、どことなく心配そうな、不安そうな顔で部屋をうろついて、けれど何も言わずに立ち去ってしまった。
心配していると思われるのは嫌だった、恥ずかしかったのだろうか。
「なんにせよ、不甲斐無い話ですね。はあ……」
こういうところだろうか。
ため息が次々に出てしまう今この瞬間こそが、彼を不安にさせてしまっているのだろうか。
しかし……はあ。ため息も出るというもの。
せっかく前に進んでいると思っていたのに、いざ目を開けたら、まだどこにも向かっていなかっただなんて。
その日の内に、私は占拠されていると思しき砦跡の全てを調べた。
と言っても、宮から持って来た資料の洗い直しでしかないけれど。
いつ作られたもので、いつから使われていて、いつ廃棄になった――維持出来ないと諦められてしまったのか。
それを調べて手掛かりが見つかるのなら、とっくにパールが見つけてくれているだろう。
それでも、何もしないことが不安を加速させるから。
「――フィリア、まだ寝てないよな。入るぞ」
「……? ユーゴ? はい、どうぞ」
そんな折、ユーゴが私の部屋のドアを叩いた。これまた珍しい。
夕食はもう終わっていて、彼はもう眠るだけ……だと、いつもならその筈だったが。
そんなにも私を心配してくれているのだろうか。
「珍しいですね、貴方から訪ねてくれるのは。どうかなさいましたか?」
「別に、明日のこと聞きに来ただけだよ」
「また今日みたいに街の中歩き回るだけじゃ、流石に飽きたし」
明日の予定……か。はて、どうしたものかな。
彼の力を以ってすれば、不可能なんてこの世界には無い……と、そこまで大袈裟には思っていなかったが、しかし不可能があるとも思っていなかった。
私がきちんと準備して導いてあげれば、彼が全て解決してくれる、と。そう思っていたのに……
「……すみません、ユーゴ。まだ……明日も……」
「盗賊団のボスの居場所が分かんないから、もうしばらくは我慢……か。ふーん」
私が不甲斐無い所為で、ユーゴの力を持て余してしまっている。
恥ずかしさと申し訳無さで胸がいっぱいだった。
けれど、そんな私に、ユーゴは呆れるでも怒るでもなく、まじめな顔で向き合ってくれた。
「――だったら、北へ――この前、進むの諦めたとこへ行こう」
「あそこ、早いとこ見に行った方がいい。倒すにしても、ほっとくにしても、知らんぷりは絶対にヤバい」
「北……ですか」
ユーゴの口から語られたのは、以前のヨロク滞在の折に向かった、馬車では侵入不可能な荒れ地の向こう側の話だった。
ジャンセンさんからも聞かされていた、魔獣が寄り付かないほどの脅威がそこにはある。
それをユーゴの直観もしっかりと捉えている。
やはり、あそこには何かがあるのだな。
「……そうですね。ただじっと待つだけでは、進むものも進みません」
「しかし、そうなると問題がいくつかあります」
「あの地点よりも奥へ進もうと思えば、当然馬車を降りなければなりません」
「ですが、あそこまで行くのにはどうしても馬車が必要になる。となれば……」
「馬車はあそこで引き返させる。あんまりいないけど、だからって魔獣が出ないとも限らないし」
「あそこまで送って貰って、そこからは俺達だけで行けばいい」
やはりそうなるか。
私としてもそれには賛成なのだが……しかし、それで話が簡単に進んではくれない。
問題なのは、私に女王という余計な肩書きが付いていることだ。
「……いくら貴方の力が皆に知れていたとしても、護衛の全てを引き返させるわけにはいかない。誰も許してはくれないでしょう」
「しかし、そうなると……」
「別に、それでいいよ。全員俺が守る、それだけだろ」
頼もしいことこの上ない発言だ。
結局、魔獣の脅威が強まれば、兵士達ですら彼の足を引っ張るだけになってしまう。
しかし、彼ひとりで向かって魔獣を蹴散らすだけでも意味が無い。
今回の目的は調査――北の地にいるというそれを、倒していいものかどうかと確認するのが優先なのだから。
「任せろ。なんか……最近、また強くなった気がするんだ」
「多分、そういう力なんだと思う」
「必要になったらなっただけ強くなる。フィリアに貰ったのは、きっとそういう力なんだ」
「必要に応じて成長……いいえ、進化する力……ですか」
「確かに、これまでの貴方の活躍を思い返せば納得ですが……」
しかし、そこにもやはり問題がある。
ユーゴは強い。間違いなく、この世界で最も強い。
私にそう望まれて、そう生まれて、こうして戦ってきた。
けれど、そんな彼にも万が一が無いとは誰も保証してくれない。
もしも何かの拍子に彼を失えば、私の目的は――この国は、完全に未来を閉ざされてしまうだろう。
「……信じていないわけではありません。貴方を信じない理由はありません。けれど、それでも……」
ユーゴにはずば抜けた感知能力がある。
けれど、それは何に裏打ちされたものでもない。
本人も含めて誰もその理由が分かっていないが、彼には脅威や敵意が感じ取れる。
頼もしい力だが、しかしとても全てを任せられるものでもない。
例えば、悪意が介入しない事故であったら、彼は予見出来ないのかもしれない。
魔獣の大きさが規格外で、彼でもどうにもならない規模の災害が起こったら……
その時、本当に彼は最強として生き残れるのだろうか。
ユーゴひとりを向かわせるわけにはいかない。
ユーゴの手に負えないほどの人数を連れて行くわけにはいかない。
けれど、周りを納得させられるだけの兵力は連れて行かなければならない。
ユーゴもそれは納得している様子で、そこから自分の頑張りだけで解決出来る方法を選ぼうとしている。
「……ユーゴ、これだけは約束していただけますか」
「貴方の基準ではなく、私達の基準で危険を判断する」
「貴方が誰かを守らなければならないほどに追い詰められる状況を作らない」
「他の誰よりも先に魔獣を探知出来る貴方が、その分別を付けて欲しい」
「分かった。倒せばいいだけじゃないのも知ってる。なら、そこはわきまえる」
どうしてか、今日のユーゴは妙に子供らしくない。
いつものようにわがままを言ったり、ふてくされたりしない。
成長したのだとすれば、それは凄く嬉しい限りだけど……しかし、どうして突然……
「では、出発は明日の昼過ぎに」
「少し役場へ顔を出してきます。前にも言った通り、もしもの時の備えは必要です」
「貴方を信じていないわけではありませんよ?」
「貴方ならば、逃げるだけで済む程度に抑えてくれると信じているからこそ、です」
「……ん、分かった」
ユーゴは私と共に部屋を出て、そして自室へと戻った。
では、私は約束通り役場に話を付けに行こう。
緊急時の住民の避難経路確保と、それから防衛線の展開。
簡単な話ではないかもしれないが、しかしそれだけの力がこの街にはある筈だ。
最終防衛地点として、常に備えてきた街なのだから。
役人にも兵士にも誰にも驚かれ、恐らく内心では呆れられただろうが、しかし納得はして貰えた。
けれど、今日明日ですぐに……というのはやはり無理なようで、三日の猶予を求められた。
ユーゴは明日の予定としてこれを考えていたが、しかし街の都合が最優先。
危険に晒される準備など、どれだけしても不安は尽きないのだから。
「では、お願いします」
「こちらも街への被害は出さないように努めます。無駄な手間をかけさせた。と、そう謝罪出来るように」
暴君だっただろうか、今の私は。
けれど、盗賊団とのやり取り以前に、やはり魔獣の脅威があるのならば手を打ちたい。
これで何も見つからなければ、それはそれで問題無いのだ。
少なくとも、このヨロクが盗賊の脅威から解放された後に、多少の発展をしても、その脅威と出くわすことが無いということなのだから。
部屋に戻って、私はまた明日の予定を考え始める。
ああ、まずは朝早くにユーゴに謝らないと。
昨日の今日では無理でした。また日を改めて、街の準備が出来てから出発します、と。
そう伝えれば、今日の彼だったら簡単に飲み込んでくれるだろう。
私は彼のこれからの成長ぶりに夢を膨らませながら眠りに就いた。
国だけでなく、世界をも救ってしまうだろう英雄の未来図を思い描いて。
翌朝、私はユーゴの張り切った声に起こされた。
しかし、まだ日も昇っていないうちからやる気に満ちていた彼に事情を説明すると、それはそれは……
…………それはそれはかつてないほどに拗ねられてしまって……
バカ、デブ、間抜け。と、そんな罵倒を叩きつけられてしまった。
たった一晩で元通りにならなくても……
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