第四十六話【ある男の話】
「――はぅあっ?! はあ……はあ……ゆ、夢か……」
「またバケモンに吞み潰されたかと思っ……」
「気が付かれましたね。気分はどうですか? 今、冷たい水をお持ちしますね」
私達はまた、眠ってしまったジャンセンさんを彼の宿に運び込み、介抱をして目覚めを待っていた。
そして、たった今それが成ったところ。
まだどこか意識がうっすらとしているジャンセンさんが、ひどく怯えた様子で私を見ていて…………?
「……ば、ばけもん……っ」
「フィリアちゃん……もしかしなくても、頭か身体のどっちかがおかしいんじゃないの……?」
「っ!? ど、どこもおかしくありませんっ」
化け物。と、私を見てそればかりを繰り返すジャンセンさんの姿に、魔獣に襲われている人々の姿が被ってしまう。
よもや、私自身が魔獣と見まごうほどの狂気と思われてしまうとは……
「って、ここ……また俺の部屋……」
「はあ……フィリアちゃん……それさ、マジで勘違いされるから気を付けた方がいいよ」
「ほんと、俺みたいにプライドある男じゃなかったら襲われてるよ?」
「俺は……もう……本当に情けなくて、とても勃ちそうにないけど……」
「……? ええと……大丈夫です。その為にユーゴに付いて来ていただいていますから」
「誰に襲われようと、彼が負けることは無いでしょう」
そうじゃなくて。と、ジャンセンさんは頭を抱えてしまった。
飲み過ぎで頭痛がするのだろうか、それとも別の理由だろうか。
なんにせよ、大病を心配するほどではなさそうだ。
「……で、今回は何。結局あれでしょ、話が聞きたい……とかでしょ。もう期待しないからね」
「さあ、なんでも聞きなよ。俺に分かる範囲、話せる範囲なら教えてあげる」
「え、あ、はい。その……」
酒場では、ジャンセンさんがどうやって危険地帯での商売を成立させているのかを聞いた。
けれど、その前……本題に対する答えを貰っていなかったのだ。
まあ、彼も酔っていたから仕方が無いのかもしれないが。
「あの、盗賊団を纏めている人物がどこにいるか、分かりますでしょうか」
「……あー……ごめん、マジでごめん。今日酔うの早かったなぁ……浮かれ過ぎたかなぁ……」
ジャンセンさんはすぐに申し訳なさそうな顔をして、そしてごほんとひとつ咳払いをした。
どうやらすぐに思い出して貰えたらしい。
「盗賊団の首魁がどこにいるのか……って問いに対しては……ごめん、望む答えをあげられそうにない」
「っていうのも、基本的に動き回ってるんだ、そいつ」
「色んな拠点をうろうろして、現場がどうなってるのかを常に把握しようとしてる」
「なるほど。指導者自らが現場を訪れ、状況を把握し、そして的確な指示を出す」
「盗賊というには妙に統制の取れた立派な組織だとは思っていましたが、やはり優秀な人間が率いていると――」
「——その指示が直接末端にまで行き届いていると、これほど成果に直結するものなのですね」
妙に褒めるね。と、ジャンセンさんは少しだけ呆れた顔をした。
国軍側の人間ならば、盗賊は敵である筈なのに……か。
その点は我ながら呆れてしまう。
しかし、感心するだけの結果を見せ付けられているのだ。唸る他に無いだろう。
「そんなわけだから、パッと行ってさっと捕まえるのは無理だと思うよ」
「俺が知ってるだけでもかなりの拠点があるからね、手当たり次第にぶつかって見つかる相手じゃない」
「運に相当な自信がある……ってことなら、話は別だけど」
「そう……ですね。こちらで確認出来ているだけでも、とても私達の手に負える数ではなくなっていましたから」
運には自信がある……と、思う。
少なくとも、こうして王家に生まれ、不自由なく育ち、そして権力を手に入れた。
この部分に関しては、全てが運によるものだ。
それに、召喚した最強の戦士が、ユーゴのような素直で優しい子だったことも、かなりの幸運と言えるだろう。
だがしかし……それらの結果と、これからを運任せにすることとは繋がらない。
「ジャンセンさんはその方とお会いしたことがあるのですか?」
「よろしければ、その人物の特徴を教えていただけると幸いなのですが……やはり、難しいでしょうか」
「うーん……そうだね」
「外見なんかを伝えちゃったらさ、こっちもまあ世話になってる身だし、あんまりかっこいいやり方じゃないよね」
「だから……ごめん。恩は裏切れない」
「その代わり、どういう奴か……については教えてもいいよ」
「これから立ち向かう相手がどんな性格なのかは知っておきたいでしょ」
ぜひ。と、食い気味に返事をすると、ジャンセンさんはにこにこ笑って頷いてくれた。
逮捕に直接繋がりかねない情報は仕方がない。
彼も彼の生活がある。その為には、むしろ盗賊団の味方をする方が得なのだ。
それでもこれだけ協力の姿勢を見せてくれているのだから、感謝するばかりだ。
「名前は言えないけど、出身とかは別にいいでしょ、きっと」
「そいつはここよりもっと北、アルドイブラの生まれで、ガキの頃に魔獣に襲われて家族を亡くしてるんだってさ」
「だからか知らないけど、魔獣に対しては強い執着心があって、その代わりに貧しい子供には結構情を向けるやつなんだよ」
「アルドイブラ……ですか。それは……っ」
そう。と、ジャンセンさんは頷いた。
ここヨロクよりも北……となれば、それはすなわち、国に見捨てられた――防衛線の内側に入れて貰えなかった街だ。
そこに生まれ、魔獣に襲われ、そして盗賊として今を生きている……か。
「……警戒心が強くて、基本的には誰も信じていない」
「仲間は大勢いるけど、それだって信用し切ってない」
「打算と計算に裏打ちされた協力関係しか信じないし、それだっていつかは切れるもんだって前提で動いてる。冷酷な男だよ」
「……無理もありません。今の話を聞くだけでも、その方は既に一度大きな裏切りに遭っている」
「国に――世界に裏切られ、全てを失った」
「そんな過去があっては、誰かを簡単に信じるなど……」
先に聞けて良かった。
そんなことも知らずに、恨みの対象でもある国の代表が、のうのうと手を取り合おうなどとのたまえば、いったいどれだけの憎しみを向けられてしまうだろう。
何も知らない愚鈍な統治者だと石を投げられるだけで済めば、感謝さえしなければならないほどだ。
「そんなわけだからさ、あんまり期待はしない方がいいよ」
「手を取り合えたら……なんて、さっきは言ってたけどさ」
「無理だよ、絶対に。そういう風に出来てない」
「フィリアちゃんとその男との間には、そういう関係は構築不可能だ」
「一方的な恨みがあって、それに対してフィリアちゃんがどれだけの善意で応えたって……」
「……いえ、いいえ」
「ならばなおさら、私がその方と話をして、そしてより良い明日の為に手を取り合わねばなりません」
「もう、そんな悲劇を生んではならない」
「知ってしまったのならば、無視して進むなんてあり得ない」
ならばこそ、私は――私が、その人物の遺恨を全て受け止めよう。
たとえ最後には背中から刺されたとしても、ひと時の協力だとしても取り付けねばならない。
その人物が真に計算高い男だというのなら、国というものの利用価値は理解出来る筈だ。
私の為でも、その人物の為でもなく、全てはこの国の為――未来の為に。
「……と、私が張り切っても仕方が無いのですけどね。測量士に出来ることなど限られますから」
「……あはは、フィリアちゃんは面白いね」
「そう、結局ひとりに出来ることなんてたかが知れてる」
「アイツもそれに気付けば……気付いて、それを受け入れられれば、もうちょい楽な顔で生きていけるのかもな」
「これくらいなら平気だろうから言っちゃうけど、そいついっつもしかめっ面してんの」
「眉間にさ、彫刻かってくらい深いしわ作ってさ。馬鹿みたいにイライラしてんだよ、いつも」
っと、少しだけ気分が高まり過ぎてしまった。
自分が身分を偽っていることさえ忘れかけていた。
しかし、私の素性について疑われている様子は無い。
ジャンセンさんはまだ少し酔いが残っているのか、赤らんだ顔で笑っていた。
だが……どうしてだろうか。どこか寂しそうにも見える。
もしや、彼はその盗賊団の首魁の男と何か縁があるのだろうか。
その在り方を憂いている、その破滅を案じているのではないだろうか。
「ま、俺から話せるのはこんなもんかな」
「もし、マジでアイツを捕まえに行くんだったら、本気も本気で警戒してった方がいい」
「警戒して、でも少数で向かうべき」
「そもそも大群を相手にするのは慣れた組織だからさ、無駄に数が多くても犠牲が増えるばっかりよ」
「罠なんて、警戒するよりも前の段階で飛んでくるから」
「忠告ありがとうございます」
「もし……もしも、私の望み通りにことが運んで、その方とも手を取り合えたなら、次はその方も交えて三人で話をしましょう」
「お酒も飲んで、料理も食べて、今日のように楽しく」
俺はあんまり楽しく無かったんだけどね……? と、ジャンセンさんは青い顔で苦笑いを浮かべ、そして私達を見送ってくれた。
首魁の男について、少なくない情報を得られた。
それも、人格に関する部分だ。
交渉の材料をしっかり揃えて、その上で…………どうやって居場所を突き止めたものか。
拠点を転々としているとのことだから、或いは北にいるとも限らないのだろうな。
はて……困ってしまった……
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