第四十四話【Wanted】



 ハルからヨロクへの道のりには、やはり大量の魔獣がうろついていた。


 以前同様、ユーゴが馬車に戻ってきたのは街に到着してから。

 ずっと――ずっとずっと、走り続ける馬車を守って戦い抜いてくれた。なのに……


「……? フィリア? な、なんだよ、じろじろ見んなよ」


「いえ、その……ユーゴ、また強くなりましたか……?」

「以前はもう少し疲れた様子があったのに……」


 ハル以来に見たユーゴの顔は、出発前と変わらない、気合こそ入っているものの、余裕のある表情のままだった。


 まさか、ランデルでの一件でまた強く――自身の中にあったひとつの限界をまた超えたのだろうか。

 以前に超大型の魔獣を簡単に蹴散らした時のように。


「強く……は、どうかしらないけど。別に、前だって疲れてなかったし」

「あと、今日は普通に魔獣が少なかったからな。前よりは……ってだけだけど」


「魔獣が少なかった……ですか。この数日で二度も通りましたからね」


 しかし、ユーゴが倒した魔獣の数が、増えた数よりも圧倒的に多いとは思えない。

 本当に以前より少なかったとしても、それは本当に僅かな差しかないだろう。


 ならば、彼が更に強くなって、数を数として認識出来ないほど、片手間に倒してしまえたのだろう。


「ヨロクが平和に近付いたのか、それともユーゴがまた強くなったのか」

「どちらにしても、喜ばしい話ではありませんか」


「まあな。それより、これからどうする」

「前みたいに聞き込みして、それで盗賊団が現れるのを待つ……のは、もう無理っぽいんだよな?」


 そうだ。そのやり方が理想だった。が、しかし。

 盗賊団に私達の――ユーゴの存在を知られているかもしれない以上、ここで待っていては、とても捕まえることなど出来ないだろう。


 ランデルを襲った魔獣に、盗賊団が関与しているのならばなおさら。


「――今度はこちらから動きます。と言っても、少し休む必要はありますが」

「武器に食料に、とにかく装備を整えることが最優先」

「準備が出来たら、ここから北へ向かって――盗賊団が利用している砦跡へと向かって、そして直接乗り込みます」

「話し合いをするだけならば、何も待つ必要はありませんから」


「……話し合い……か。それが出来るならいいけどな」


 絶対に出来ます。だって、彼らは何かを守る為に盗んでいるのですから。

 私がそう言うと、ユーゴは呆れた顔でそっぽを向いた。


 楽観的過ぎると言いたいのだろうか。

 けれど、彼も含めて、周りが皆疑ってくれるのだから、私はそういう思考でいてちょうどいい気がする。


 私はまた宿に荷物を置いて、そして役場に情報交換をしに行った。


 ランデルでの一件はあまり言い触らすべきではないと思うが、しかし助力を得ようと思えば、それなりに事情も説明しなければならない。


 この街も楽ではない。

 他の街に比べても、ずっと危機的な状況に晒され続けているのだ。


 ランデルからの予備戦力の派遣が無いとなれば、説明無しにはとても納得など出来ないだろう。


「まさか……宮にそんなことが……っ。陛下がご無事で何よりでございます」


「私はいつも守られていますから……」

「申し訳ありません。そういった事情で、現在のランデルには、兵を派遣する余裕が無いのです」

「もちろん、このヨロクの事情も把握しています」

「馬と馬車、それに武装のひと通り。保存の利く食糧を融通していただければ、あとは私達だけで――」

「——ランデルから来た私達八名だけで、問題に対処します。どうかご助力ください」


 そうおっしゃられても。と、役人達は顔をしかめる。

 武器や食料を出すことも苦しい……というのではないのだろうな。


 私だ。私が人数に含まれていることが気掛かりなのだ。

 私が王で、本来は前線に出てはならない存在だから。


 けれど、今回に限っては、私が自ら赴かねばならない。


 相手はもう、この国と並ばんばかりの力を手にしている。

 国と国との協力を取り付けるのと同じ気構えでいなくてはならないし、それに……



 その後も交渉を続け、物資の融通はして貰えることになった。


 こうなれば後は私達の問題だけ。

 どこを最初に目指すべきか――どこへ向かえば盗賊団の首魁と出会えるか。

 結局、それを突き止めなければ始まらない。のだが……


「……はあ。こればかりはなんともなりませんね」

「こうなったら、一番近い砦に乗り込み、交渉の意思があるのだと伝え、首魁のもとに案内して貰うしか……」


「……それ、マジでやったら間抜け過ぎるからな」


 やはり……そうですよね……

 しかし、彼らには私の誠意を見せなければならない。


 これほどにまで強大になったのは、国が頼りなかった所為だ。

 自分達で自分の身を守らなければならなかったからだ。


 そんな彼らに、ただ従えと言うのでは、とてもではないが相手になどされまい。


「……また、酒場パブを訪れてみましょうか」


「お前……まさかとは思うけど、あのゲロ男に期待してんじゃないだろうな……?」


 ゲ……どうしてそうも汚い言葉を使うのですか。と、少しだけ注意して、しかしその通りだと頷く。


 ユーゴは凄く凄く……それはもう苦い薬を前にした童子のような顔をしたが、私はやはり彼にこそ――ジャンセンさんにこそ話を聞きたい。


 彼は言ったのだ。

 国には――軍には聞かれたくない手段を用いて、とても危険極まりないヨロクよりも北の特産品を仕入れている、と。


 それはきっと、盗賊が関わっている筈だ。

 盗んだものを売っている……という意味ではなくて。


「盗賊団には魔獣と渡り合うだけの力がある」

「つまり、魔獣を押しとどめる力が――魔獣のいない道を作る力がある筈です」

「それを駆使して彼は商売をやっているのでしょう」


 必ずとは言わないが、首魁か、或いはそれなりの地位を持った人物と縁がある筈だ。

 それを紹介して貰えれば、この話は一気に片が付くかもしれない。


「あの人物からは、凄く優しい心を感じました。他人を思い遣る心、善意を慈しむ心が」

「ならば、事情を知れば協力してくれるかもしれません」


「……それで、女王だって打ち明けるのか? それは流石に……」


 それが筋、礼儀だろうが……ユーゴの言う通り、それは出来ない。

 そんなことをすれば、当然警戒される。


 言葉でなんと言おうと、私は――国は、盗賊団にとっては敵なのだ。

 少なくとも、自分達を捕まえようとしている敵。


 だから……身分は隠し通さなければならない。


「けれど、あの人物には、私達が国軍と通じていると思われてしまっている」

「王という立場こそ知らずとも、国側の人間だとは知られてしまっているのですから」

「やはり簡単ではないでしょうが、しかし不可能だとも思いません」


「……ま、フィリアがそうしたいならすればいい」

「俺はそこには何もする気無いし、出来ないし。戦う時が来たら、そん時が俺の出番だ」


 戦う……か。

 盗賊団とは争いにしたくないのだが、最悪の場合は、彼の力を見せ付けてでも納得して貰うしかない。

 脅しではなく、協力する価値のあるものとして。


 私達と手を組めば、競り合っている北の組織との戦いが楽になる、と。


 それに、盗むという行為は咎めるが、しかしなんらかの権利を――交易や課税に対する優位性を認めれば、生活という部分での利を提示することも出来る。

 交渉の材料は、こちらも多く持っている。


「と言っても、まだこの街にいるかも分かりませんが。街から街へ……と、そう言っていましたし」

「以前には、私達と同じタイミングで、ハルからここまで移動していましたからね」

「もうどこか他の街へ行っていてもおかしくはありません」


「俺としてはどっか行ってて欲しいけど。またあんな奴担ぐなんてごめんだからな」


 文句ばかり繰り返しながらも、ユーゴは最後には私の言う通りにしてくれるのだ。

 女王だからとか、私が彼を召喚したから、ではない。

 彼にとって、私が情けなくて放っておけない弱い人間に見えるからだろう。



 以前ジャンセンさんと再会した酒場を訪れたが、しかしそこに彼の姿は無かった。

 やはり、もうこの街にはいないのだろうか。


 ユーゴはもう諦めろと言いたげだったが、しかし酒場の一軒や二軒ばかりを見ただけでは諦められない。

 他の店も回って探してみないことには……


「あの、すみません。以前ここで、ジャンセンさんという方とお会いしたのですけれど」

「彼が今どこにいるのか、だれかご存じありませんか?」


「んあ――? ジャンセンだぁ? そりゃあ……アイツか? あの、お調子もんの若造か?」

「さあなあ。よく見かけはするけど、根無し草だからな」

「あの歳であれだけ売ってると、恨みも妬みも買ってるだろうし。誰かと一緒にってのはあんまり見ねえからな」

「聞いたって誰も知らねえと思うぞ」


 根無し草……か。

 確かに、ハルで見かけた時も、ここで見かけた時も、彼はひとりで飲んでいた。

 いつもそうなのだとしたら、少しだけ寂しいと思ってしまう。


「……あ、いや。待て。昨日どっかで見かけたな。どこだったかな……」


「っ! まだこの街にいる可能性は高いんですね? 情報ありがとうございます。探してみます」


 随分熱心だな。もしかして、借金取りか? と、男達の中の誰かがそう言ったから、宴席はまた一気に元気に笑い始めてしまった。


 借金取り……か。

 彼は商売が上手く行っていると言っていたから、勘違いで疑われるほど、周りからは素性が見えない男……ということだろうか。


「おい、マジで探すのか……?」

「下っ端でもなんでも、砦に行けば盗賊はいるんだろ? だったらそいつ倒して話聞けばいいじゃん」


「それでは問題の火種になりかねませんから。出来る限りの下準備はしてから向かいたいのです」


 はあ。と、大きなため息が聞こえたけれど、ユーゴはもう文句も言わずに付いて来てくれた。


 昨日姿を見たとなれば、まだこの街にいる筈だ。

 彼らが農夫であるのならば、馬車の出発を控えた姿を見る確率は低いのだから。


 私達はそのまま二軒三軒と酒場を見て回った。

 しかし、どこに行ってもジャンセンさんの姿は見つからず、また彼についての情報も得られなかった。

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