第四十三話【また北へ向かって】
伯爵は言った。
問題を同時に抱え込まない為にも、急いで盗賊団に対処すべきだ、と。
ランデルに魔獣の大群が現れた以上、もうのんびりなどしていられない。
ユーゴの睨んだ通り、盗賊とは別の問題がこの宮を襲ったのだとしたら……っ。
「陛下。荷物の準備が出来ました。いつでも出発出来ます」
「ありがとうございます、ジェッツ。すぐに参ります」
伯爵の言う急ぐというのが、どの程度なのかは分からない。
けれど、私の考える急ぐは今この瞬間に、だ。
この瞬間にも盗賊団を捕らえなければ、もうランデルは保たないかもしれない。
もうこの国は耐えられないかもしれない。
そんな焦りを、どうしても抱いてしまう。
「フィリア、遅いぞ。急がないとだろ」
「すみません、ユーゴ。皆、揃っていますね」
「では、出発しましょう。アッシュ、お願いします」
昨日伯爵のもとを訪れて、そして私は今日の出発をその日に決めた。
もしも相手が魔獣を抑え込んでいて、それを解放することでランデルを攻めたのだとしたら。
それはきっと、どこかに無理が出ているということだ。
勢いがついた魔獣をもう一度抑え込むとなれば、当然かなりの労力を要するだろう。
ならば、連続では繰り返せない。
襲撃があったからこそ――それも、二度も続けて威嚇があったからこそ、動くにはたった今のこの瞬間しかないのだ。
アッシュの号令と共に馬車は揺れ始め、そして再びヨロクへ向けて走り出す。
乗組員は依然と全く同じ六名と、そして私とユーゴ。
ヨロクでの仕事に多少馴染んでいたからというのもあるが、それ以上にユーゴの負担を軽くしてあげる目的があった。
ただでさえ身体にも心にも疲れが溜まる役割を求めるのだ。
せめて道中の心労くらいは軽減してあげたい。
「……陛下。その……大丈夫なのでしょうか」
「先日の一件、ユーゴがいなければとても解決出来なかったでしょう」
「それなのに、またすぐに彼をランデルから連れ出しては……」
「ギルマン……その懸念はもっともですが、しかし動かなければそれこそ相手の術中でしょう」
「ユーゴと宮の識者、それに確かな情報筋からの意見です」
「あれらは、ユーゴをランデルに縛り付ける為の陽動だった」
「既にユーゴの実力を知り、それを脅威に感じている組織がある、と」
出発してすぐ、ギルマンが凄く不安そうな顔で私に問うた。
そしてその疑問も不安も恐怖も、ここにいる六名全員が共通して持っているものだった。
私達はあの一件の為にヨロクから戻ったのだ。かなり無茶もした。
それなのに、もう一度無防備な姿を晒すのは……と。
私の説明を聞いても、誰も納得した顔はしなかった。
「……フィリア。魔獣だ、ちょっと出てくる」
「そんなに数もいないから、別に無視しちゃってもいいけど」
「一応、見逃せば街に行くかもしれないし」
「お願いします。けれど、あまり消耗しないように」
「以前同様、ヨロクの直前では、貴方に頼る他ありませんから」
分かってる。と、ユーゴはすぐに馬車から飛び出していった。
彼なりに皆を励まそうとしているのかもしれない。
ランデルの周囲にはもう脅威が無い、或いは少ない。
その上で自分が蹴散らすから、もう何も不安がることは無いのだ、と。
不器用ながら、彼らしいやり方かもしれない。
やはりランデルからマチュシーまでにはそう大きな危険も無く、先日の残党らしい魔獣の襲撃を数度跳ね返したところで無事に到着することが出来た。
ユーゴの疲労はほとんど感じられないが、どちらにせよ今日はここで一泊する予定だ。
彼にはしっかり休んで貰おう。
「では、出発はまた明日の朝に」
「急ぎますが、しかし焦らずに。皆しっかり休んで万全でヨロクへ向かいましょう」
ユーゴは少しだけ退屈そうにしていたが、しかし文句を言う気配も無い。
焦らないという部分に納得してくれたのだろう。
もう寝る。と、そう言って、大きなあくびをしながら、あてがわれた部屋へと入ってしまった。
「私達ももう休みましょう」
「といっても、まだ日暮れまでには時間がありますから。出発までは各々で好きなように過ごしてください」
「明日もまたお願いします」
消耗しないように。ヨロク周囲での魔獣との戦いに備えるように。
私がそう言うまでもなく、彼は自分の役割を把握してくれていたのだろう。
なら、私も私のすべきことをしておこう。
部屋に入って、そして持ってきていた地図と書類を引っ張り出す。
盗賊団のひそむ砦跡の場所を確認し、どこから手を付けるべきかを思案する。
出来る限りの最短ルートを進まなければ、また振り出しに戻されてしまいかねないのだから。
明朝に目が覚めたのは、鳥の鳴き声でだった。
まだ出発には時間があるが、身体はきちんとやるべきことを理解してくれているらしい。
服を着替えて、荷物を纏めて、誰よりも早くに出発の準備を終わらせておこう。
皆のモチベーションを下げない為にも、私が進んで引っ張っていかないと。
「――フィリア、まだ寝てんのか。早く起きろよ」
「――へ? ユーゴ、もう起きて――」
みんなもう起きてるぞ。と、そんな声が聞こえたのは、私がひとりで勇んで張り切っているときのことだった。
もうみんな起きてる……? そ、そんな。
だって、出発は朝――先日の無茶な帰路とは違って、ゆっくり向かうと伝えてあって……
「――ほ、本当にもう準備が終わって……っ。今朝はこんなに早くに出発する予定は……」
「――急ぐんだろ。だったら、出来ることはやる」
「情報収集は出来るだけ近いとこでやった方がいいだろ。なら、ここはさっさと通り過ぎるぞ」
情報収集……
も、もしかして、私が部屋でいろいろやっている間に、このマチュシーで調べ物をしてくれていたのだろうか。
眠ったと思っていた、それにひとりではそういうことをやらないと、やりたがらないと思っていたのに……
「――っ。ありがとうございます、ユーゴ。では、すぐに出発しましょう」
「だからそう言ってんだろ。ほら、早く乗れって」
こらこら。と、ギルマンになだめられながら、ユーゴは私を急かす。
早く乗れ。早く出発させろ。早く、早く。
早くこんなこと終わらせて、次の問題にとりかかろう。
凄く意欲的に、この盗賊団の問題へ立ち向かってくれているのが分かる。
「張り切っていますね、ユーゴ。頼もしいです」
「別に、そういうんじゃない」
「結局、全然強いのと戦えてない。面白くないからさっさと次に行きたいだけだよ」
「盗賊団を捕まえたら、今度こそ北のもっとやばいやつのとこに行けるからな。それに――」
ヨロクの北東。
盗賊団と張り合っているという組織と関係があるかは不明だが、魔獣すらも寄り付かない脅威が存在すると聞いている。
――いいや、ユーゴがその鋭敏な感覚で確かめている。
どうやら彼は、それとの対峙を楽しみにしているらしい。
相変わらず、戦うことに対しての好奇心が強過ぎる。
どうしてこうも危険なことにばかり興味を抱くのだろうか。
「……無理は、無茶はしないでくださいね」
「もしもどうにもならないとなれば、貴方ひとりでも逃げてください」
「他の誰を置き去りにしてでも、貴方だけは……」
「やだよ、そんなの。ダサいし」
「大体、俺より強いやつなんていないんだろ。じゃあ、俺が逃げるとかあり得ない」
そうは言うものの……と、私はそんな無粋な言葉を飲み込んだ。
彼の力は私が保証しないと。他の誰よりも私が信じてあげないと。
この世界で一番お世話になっている、頼りにしているのだから。
馬車は昼過ぎにハルに到着し、そして私はまたユーゴと共に、街の人々に聞き込みに向かった。
繁華街を歩き、
明日になればまたヨロクへの危険な道のりが待っている。
ユーゴをこれ以上連れ回してはいけない。
まだまだ平気だと拗ねるユーゴを連れて、私達はまた宿へと戻った。
今晩は私も早くに眠ろう。
そして、明日こそは皆よりも早くに準備をするのだ。
誰よりもしっかりして、皆の気分を前向きにしてあげないと。
翌朝、日の出とともに目を覚ました私は、皆に急かされる形で馬車へと乗り込んだ。
どうして……どうして皆そうも張り切っているのですか……っ。
わ、私にも、もう少しいい格好をさせてくれても……
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