第四十二話【伯爵の考えとユーゴの思惑】
「カスタード。ちょっと聞きたいことがある」
どこか嬉しそうにも見えるほどにこにこして出迎えてくれた伯爵に、ユーゴはいきなりそう言った。
ちょっとだけ乱暴な言い方で、冷たい声で。
まるで、伯爵を問い詰めるかのような目をしていた。
「バスカークであーるっ! そち、いい加減我輩を敬うのであーる! 話はそれからであーる!」
「ちっ。うるさいな、まったく。いいだろ、なんでも。プリン好きだって自分で言ってたくせに」
好物と名前とは関係無いのであーる! と、もっともな怒り方をしつつも、伯爵はすぐにまじめな顔でユーゴの言葉に耳を傾ける。
気の抜ける喋り方をしているのに、対応はいつも大人のものだ。
ユーゴがわがままを言いやすい相手は、私よりも伯爵のような人物なのかもしれない。
「お前、なんであれが分かった」
「なんで盗賊団の仕業だって、あいつらが魔獣を抑えてたって思ったんだ」
「それは前にも話したのであーる」
「裏は取れていない、確証は無い。けれど、状況的にそう見るのが筋だ、と」
「そちは覚えが悪いのであーる」
ユーゴの言っていた伯爵に聞きたいこととは、これだったのか。
しかし、その件については、たった今伯爵が言ったとおりだ。
魔獣と競り合って潰されないだけの力を持つものが他にいない。
ならば、当然盗賊団の仕業と考える他に無い。
確かに、他のもっと強大な組織がある可能性だって否定は出来ないが……
「そうじゃなくて」
「お前、言ってたろ。北になんかある、盗賊団が魔獣よりも優先して相手してるのがある、って」
「そっちが原因だって思わなかったのはなんでだ」
「っ! そういえば……いえ、そうです。ユーゴ、それは……」
フィリアじゃなくてカスタードに聞いてんだ。と、ユーゴは私の言葉を遮った。
それは、地理的な問題ではないだろうか。
ヨロクよりも更に北、盗賊団の占拠する地域。
それよりも更に北となれば、ここランデルからはあまりにも遠い。
そんな離れた場所にある組織が、どうやってこんな国の中央部で魔獣と小競り合いが出来よう。
「全く思わなかったわけではないのであーる」
「しかし、それは現実的ではない、第一候補には挙がり得ないのであーる」
「フィリア嬢はもう気付いているのであーる」
「ここより離れたヨロクよりも北、そこに根差す盗賊団よりも更に更に北で勢力を伸ばす組織」
「これがランデルに危害を及ぼすには、あまりにも越えなければならない問題が多いのであーる」
「遠いから、こっちに来るには問題が多いから、やるメリットがあんまり無いから……か」
もちろん、それだけではないのであーる。伯爵はそう言って続ける。
以前にも話した通り、盗賊団にはこの国が停滞することにメリットがある。
盗みやすく、その上で盗み甲斐がある。
全力で足掻いているからこそ、付け入る隙も付け入る価値もある。
どうやっても状況証拠と言いがかりの間を行ったり来たりにはなるが、そういう推理が出来てしまうのだ。
「そちの言いたいことはなんとなく分かるのであーる」
「確証が無い以上、疑ったところで間違っている可能性もある」
「そうなれば、今打っている対策のほとんどが無意味になる可能性がある」
「状況が不利な現状、無駄な手に時間を掛けるのが嫌だと考えているのであーる」
「……そうだよ。これでもし、盗賊団の仕業じゃなかったら」
「それで……盗賊を捕まえて、フィリアの言う通り和解したとして、それでも何も解決しなかったら……」
ユーゴはそこで言葉を飲んだ。
解決しなかったら……?
それは……そのままだ、としか言いようがない。
私達はそのまま前を向いて解決に向かうだけ。
少なくとも、盗賊の問題を解決出来ているのだから、戦力も増えて余裕だって生まれるだろう。
「……ユーゴ。そち、ちょっとはマシな頭を持っているようなのであーる」
「しかし、使い方がなっていないのであーる」
「そちは一度で全て上手くいくようにしか、ものごとを考えていないのであーる」
「失敗を恐れ過ぎている、取り返しのつかない事態を怖がり過ぎなのであーる」
「っ。取り返しのつかない事態は恐れろよ、お前もフィリアも。どうしようもなくなるって意味なんだし」
それは言葉の綾と言うか……
伯爵が言いたいことは少しだけ分かった。
確かに、ユーゴにはそんな性格が、完璧主義者と言うか……自分がやるからには成功させたいという思いが強くあり過ぎる……気もする。
けれどそれは、私がまだ彼の一部分しか見ていないから……だと思っていた。
しかし、伯爵からもそう見えるのなら……
「そちは少々がさつで、どうでもいいことには粗暴なやり方も不格好な結果もいとわない、そんな子供のままな価値観が見え隠れしているのであーる」
「しかし、特定の条件を含むことがら――つまり、そちにとって価値の高いものに対しては、臆病になり過ぎてしまう弱さも持っているのであーる」
「悪いことではないのであるが、しかし過ぎると成長の妨げになるのであーる」
「――そ、そりゃ、どうでもいいことは適当にやるだろ。大事なことに慎重になるのも当たり前だ」
「何言ってんだ、お前は」
そうではないのであーる。と、伯爵はちょっとだけ顔をしかめた。
言いたいことが上手く伝わらない、か。
しかし、私にはなんとなく分かった。
伯爵はユーゴの将来を案じているのだろう。
ユーゴの性格がどうであるかはさして重要ではなくて、そんなきらいが少しでも見えたから、今のうちに諭しておきたいのだ。
そんなに気構え無くても大丈夫だと。きっとそうだ。
「世の中には、どうやっても完璧にはならないものがある……いいや、大体のことは完璧なんて不可能に設計されているのであーる」
「そして同時に、取り返しのつかないどうしようもない事態は、大体どれもなんとかなるものであーる」
「そちにはそういう楽観的な思考が、もう少しばかり必要であーる」
「……それ、本当にいるか……? なんか……ダメな大人の言い訳にしか聞こえないんだけど……」
失敬であーる! と、伯爵は憤慨した。
しかし……申し訳ないが、ユーゴの言には私も賛同だ。
我ながら情けない大人になったものだと、涙がにじんでしまいそうになる……
「そちのその考え方は、いつかそち自身を滅ぼすのであーる」
「我輩は人を見る目があるのであーる。フィリア嬢のように、図太く呑気な生き方も覚えておくのであーる」
「っ?! わ、私は図太くも呑気でも…………ありません……よね……?」
「ユーゴ、私は伯爵の言うような大人では……」
ユーゴは私から目を逸らして黙ってしまった。そ、そんな……
呑気は……まだ、譲ろう。
確かに、私は世間と――普通とズレているし、その分優先順位が違うから、周りからはのろまにも見えるだろう。
ユーゴにも言われたことがあるくらいだ。
けれど……ず、図太くは無い……と思いたい……
「――さて、フィリア嬢の話はいいのであーる」
「そち、本題に入るのであーる。何も人生相談に来たわけではないのであーる」
「っと、そうだった」
「もし、魔獣の件が盗賊団の仕業じゃなかったとしたら――北にあるっていうもっとやばい組織が原因だとしたら」
「俺達は待つべきか、それとも急ぐべきか。どっちだと思う」
ユーゴの問いに、伯爵はまた黙り込んでしまった。
少し考える時間をくれと、ユーゴに手のひらを向けて。
それは……確かに難しい問題だ。
というのも、現段階では考慮すべき点が多過ぎるのだ。
そもそも、その組織がどんなものかも分かっていないのだし。
これに答えを出すのは、いくらなんでも……
「――我輩ならば急ぐのであーる」
「しかし、それは盗賊の問題の解決を、であーる」
「原因が別であるかどうかは関係無く、まず態勢を整えねばならないのであーる」
「その為には、どちらにも対処出来る力を蓄えるか、どちらかだけでも対処するしかないのであーる」
「……でも、それだと前にお前が言ってた作戦と矛盾するぞ」
「お前はまず南からって言った。北は他のヤバいのがいるから、そっちはしばらく盗賊団に抑えさせる、って」
確かに、これはユーゴの言う通りか。
けれど、あの時とは状況が――得られた情報が違うのだから、答えも多少は変わるだろ。
その範疇……と、単純にそう考えても良さそうだが、どうやら伯爵はそうではないらしい。
むぉっほん。と、咳払いをして、そしてユーゴにまた真剣な目で向き合った。
「確かに言ったのであーる。しかし、それらは矛盾しないのであーる」
「問題をいっぺんに抱え込まない為に、ひとつずつ解決していく。その為に、北を放置して南を抑える、と」
「それと同じく、ランデルに魔獣を差し向ける何かの問題と、盗賊団の問題を同時に抱えない為に、まず目に見えている盗賊団に注力する」
「ランデルの問題が、その北の組織に起因するのであれば、結局そことの対立だけが残る形なのであーる」
「……なるほど。なんか……お前がまともなこと言うと、やっぱり気持ち悪いな」
不っ敬であーるっっ! と、伯爵は大声でユーゴを怒鳴りつけた。
その怒りは本当に当然のものだった。
どうして……どうして、さっきまでまじめに話し合いをしていたのに、突然人を侮辱してしまうのですか……
けれどユーゴは、何か納得したらしくて、すっきりした顔で伯爵をからかい続けていた。
彼もこの一件を相当大きな問題だと認識して、自分なりに解決する手立てを模索してくれていたのだろう。
なら、きっと近くまた執務室で意見してくれる筈だ。
私とパールとリリィの間で、国を救う面白い一手を。
私達は伯爵の部屋を後にして、また洞窟を戻って皆のところに帰った。
舟はしばらく使えそうだから、これからは気兼ねなくここを訪れられるだろう。
そう言ったら、ユーゴは凄く凄く不機嫌になってしまったけど。
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