第三十一話【少しぶりの】



 朝が来て、そして私とユーゴはまた街へと繰り出した。


 弱っているとは言え、ヨロクは比較的大きな街だ。

 それに、魔獣との戦いの為に工業も発達している。


 製鉄所、それに鍛冶屋。

 ランデルにもそれらはあるが、しかしこの街のものとは規模が違うし、そもそも宮からでは遠い。


 だから、ユーゴにとって、それは初めて見るものなのだろう。


「……へー。なんか、ここはちょっと違う街なんだな。あんまり田舎っぽくない」


「田舎……。そうですね、ここはランデルとも他の街とも違い、農業もあまり盛んではないですから。建物も大きいですし……」


 そうじゃなくて。と、ユーゴは私の説明を遮った。


 そしてきょろきょろと周囲を見回して、少しだけ身構えた表情で携帯用の短剣に手をかけた。


「なんとなくだけど、ここは呑気な奴ばっかじゃない感じがする。フィリア、あんまりふらふらするなよ」


「呑気な……ええと……?」


 どうやら彼は、何か危険を感じ取っているらしい。

 しかし、そのような空気はどこにもない……ように、私には感じられるのだが。


「ま、どうせ大した問題にはなんないけどな」

「それより、今日はどこから回るんだ? あんまり外に人いないけど」


「そうですね……まずは商店に入りましょうか」

「情報を得るには、やはり人の行きかう場所を訪れるのがいいでしょう」


 どこかまだ警戒心を高めたままのユーゴと共に、私はまた魔獣の情報を――民の実感としての話を聞く為に街を巡り始めた。

 何から手を付けるべきかをはっきりと知る為に。




 役場で会議を開き、人々に情勢を聞いて、そして街の近くに現れた魔獣を追い払う。

 そんな滞在生活も三日が過ぎた。


 しかし、盗賊団の手掛かりは、まだひとつも手に入れられていなかった。


「おはようございます、ユーゴ。今朝もいい天気ですね」


「呑気だな、随分。こんなんでほんとにいいのかよ」


 良いも悪いも無い。

 敵の所在自体は分かっている。あとはそこに乗り込む口実を作るだけ。

 ならば、もう待つ他に無いのだ。


「焦っても何もなりませんから」

「もちろん、内心は平気ではありません。こうしている間にも他の街は被害に遭い続けている」

「カンビレッジでも、盗賊団をなんとかすると約束をしているのですし」


「……ま、そうだけどさ。それにしたって、ほんっとうになんにも無いんだから、流石に暇過ぎるよ」


 そうは言っても、ユーゴが暇ではない状況は、国にとっても誰にとっても望ましくない状況なのだ。


 彼もそれ自体は分かっているようで、不満げながらもそれ以上の要求はしてこない。

 とにかく早く結果が欲しい、何か目に見える成果が欲しいと焦っているだけだろう。

 そこは幼さ相応の一途さと言うべきか。


「今日は繁華街の方へ出向いてみましょう。また酒場パブか何か、人が集まる場所に」

「ハルでは散々な結果になってしまいましたが、しかし人々が心を開いてくれやすい空気は実感出来ましたし」


「……あんなことあって、よくまた行こうと思うな。それでいいなら別にいいけど」


 この街に来てからは、まだそういった場所は訪れていない。


 工場の労働者、そして防衛任務中の兵士達。

 街の根幹の確認と、そして最も魔獣に近い場所の確認。

 情報収集だけが全てではない以上、どうしても優先すべきものはある。


「役場で見せて貰った資料と、人々の感覚とに、大きな差は無かった。これは、王として誇るべきことでしょう」

「それだけ民に寄り添った治政を、この街は行えているわけですから」


「ふーん。なんでもいいけど、やっぱり楽しそうだな」

「宮から出ると、いつもそんな感じだよな」


 宮から出ると……か。

 それは、もしかしたら悪いこととして受け止めなければならないのかもしれない。


 宮での仕事ほど真剣に打ち込めていない、どこか心の中に遊びがある。

 だから、はたから見て楽しそうに見える、と。


 自分としては当然、変わらずまじめに取り組んでいるつもりだったが、自己評価などあてにしても仕方ないのだし。


「……俺はいいと思うよ」

「カスタードのとこ行った時とか、今回とか」

「別にふざけてるわけじゃないのも分かるし」

「だったら、つまらないよりは楽しい方がいい。多分」


「……つまらないよりは……そうですね」

「現場に来て、そして実感を持って仕事を進める」

「前に進んでいる感覚があるからこそ、悩み以上に成果が鮮明に見えて、それで気分が高揚している、と。そういう解釈も出来ます」


 ユーゴは私の勝手な解釈に首をひねったが、否定はしないでくれた。


 せっかく前向きな気分なのだから、今は身勝手でも良い方向に考えておこう。

 どうせ宮に帰れば嫌でも頭を抱えることになるのだから。



 繁華街を……と、ユーゴと共に歩き出したのだが、やはりと言うか当然と言うか、まだ昼前では酒場にも人などほとんどいなかった。

 まじめな住民ばかりだ……と、そういう話でもないのだろう。


 いくらなんでも、昼間から遊ぶだけの余裕は、この街に住む以上は持てないのだ。


「ふむ……もう少し後、せめて夕食時までは他を当たりましょう」

「近くに商店もありましたから、或いは他の街からやってきた行商がいるかもしれませんね」


「いいけどさ、あんまりうろうろし過ぎるのはどうかと思う。ここら辺はまあ……良さそうだけど」


 ええと……それは前に言っていた、呑気な人ばかりではない……という話でしょうか。

 私の問いに、ユーゴは首を縦にも横にも振らなかった。

 彼自身にもはっきりと言葉に出来るだけの答えが無い、大雑把な感覚による認知なのだろう。


 しかし、彼のそれは信じるだけの価値がある。

 戦場で何度も目の当たりにしてきたのだから。


「ユーゴの勘は当たりますからね、警戒するに越したことはありません」

「あまり裏通りには近付かないようにしましょう」


 私達は酒場から大通りに出て、そしてまだ賑わう前の商店街をゆっくりと散策した。


 誰に聞いても、やはり盗賊による盗み被害――特に、遠くからの輸入品への被害が甚大だと返ってきた。


「輸入品……。ユーゴはどう思いますか?」

「どうして他のものよりも優先してそれを狙っているのか……」


「分かるわけないよ、そんなの。それが一番高いからじゃないの」


 まあ、そういう単純な理屈もあるだろう。

 遠いところから持ってきている以上、当然値段も高くなる。


 だが、ただそれだけとも思えない。

 カンビレッジで知った盗賊団の傾向を思うに、やはりなんらかの目的……主義、主張がある筈だ。


「うーん……盗賊団も何かを売っているのなら、商売敵として目を付けるのも納得なのですが……」


「だから分かるわけないって、そんなの。珍しいものだから欲しいとか、それだけだろ」


 そう……なのだろうか。


 やはり、何か腑に落ちない。

 これが何も知らない、ただ盗人とだけ聞かされている相手であれば、きっとユーゴの言う通りに私も考えただろうに。


 彼らになんらかの意図がある、国に対する訴えがあるのだと知った以上は……



 その後もずっと聞き込みを続けたが、しかしロクな成果は得られなかった。


 誰に聞いても同じこと。とは、疲れた顔をしたユーゴの言葉だ。

 そう、誰に聞いても同じ答えしか返ってこない。


「……早くなんとかしなければ。この街は、私の予想していたよりもずっとずっと疲弊しきっている」


 誰もが辟易しているのだ。


 盗まれるというのは、努力そのものを否定されてしまうということ。

 それではとても、働くにせよ何かを創造するにせよ、高いモチベーションなど保てよう筈もない。


 街の民が投げやりになってしまう前に、なんとかして盗賊団の尻尾を掴まなければ。


「っと、そろそろいい時間でしょうか」

「あまり遅くなると、それはまたハルの時のようなことが起こりかねませんから。少しだけ急ぎましょう」


「はいはい。どうせどこでも同じだろうけど」


 ユーゴのやる気もすっかり無くなってしまっている。

 そろそろ何か、目に見える成果を上げたいものだ。


 また酒場に戻ってくれば、そこは既に人でごった返し始めていた。

 誰も疲れた顔をしていたが、しかし楽しそうに話をしている。


 やはり、こういった娯楽の場でこそ、人は心の内を見せてくれる。

 真に耳を傾けるべき悩みにこちらも迫れるというものだ。


「……ん。げっ。そっか、そういやあいつ……」


「……? ユーゴ? どうかなさいましたか? もしや、お知り合いが…………あっ」


 なんだか嫌な顔をしたユーゴの視線の先には、見覚えのある長髪の男の姿があった。

 彼はもしや、ハルの酒場で酔い潰れていた……


「ええと……そう、ジャンセンさん。ちょうどいい機会です、声をかけてみましょう」


「うえぇ……正気かよ。またゲロ掛けられるぞ。今度は守ってやんないからな」


 そ、それは困りますっ。


 しかし、そうだ。

 彼は街を転々とする商人だと他の男達は言っていた。


 ならば彼もまた、この街を目指しているさなかに、ハルに訪れていたのだろう。


 せっかく偶然が重なったのだ、好機が訪れたと捉えよう。


「あの、もしもし。すみません、ジャンセンさんですよね」


「ひっく……んお……? おっ――おおっ?!」


 いきなり声をかけた所為か、驚かれてしまった。


 しまった、当たり前だ。

 一応初対面ではないとはいえ、彼はあの時泥酔して意識もあいまいだった。

 ならば、こちらのことなど覚えている筈も無い。


 これでは怪しまれてしまう。と、弁解を急いだその時だった――


「――美女――っ! すっげぇ美女――っ!」

「おい! オヤジ! こっちに酒持ってこい! 一番いい奴!」

「お姉さん、ほら座って。俺のことどこで知ったの?」

「え? どっかで会ってる? いやでも、こんな美人なら絶対忘れないよなぁ」


「え? あ、あの……ええと……」


 いえ、忘れられているのですが……


 そういえば。と、思い出したのは、ハルの酒場の男達の言葉。


 スケベだ、と。その言葉通り、ジャンセンさんは随分と軽薄そうな笑顔で私を席に着かせた。

 ユーゴなど視界に入っていないかのように、私だけを。

 あ、あの……

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