第二十八話【聞いた話】
故郷の話。故郷の食べ物の話。行ってみたい街の話。その街の食べ物の話。
話し始めがそうだったからか、馬車の中ではずっと何かを食べたいという話ばかりが続いていた。
誰もが笑顔で、期待で胸を膨らませていて、子供の用に楽しんでいた。
「――陛下、到着いたしました。ご歓談はそこまでに」
「ああ、もう到着したのですね。お疲れ様です、アッシュ。貴方の話も後で聞かせてくださいね」
楽しい時間はあっという間に過ぎて、どうやら馬車はハルに到着したようだ。
名残惜しいが、これで交流の時間はおしまい。これからは調査に打ち込まなければ。
「ユーゴは先に部屋に入っていてください。段取りが決まり次第また伺います」
「ん、分かった」
ユーゴの出番はもう少し後。しかし、今日中には必ずやってくる。
ヨロクを目指す道のりは、昨日今日のものとは比較にならないのだから。
私は兵士達と役場へと赴き、そしてこの街の現状を把握する。
魔獣の被害はどの程度か。
この先――ヨロクへ向けての道にはどれだけの魔獣が確認されているのか。
盗賊被害はどうか。
それ以外にも確認すべきことはいくつもある。
「魔獣の数は、陛下のご活躍もあり、だんだんと減少傾向にあります」
「ヨロクの方角でも、危険性の高い魔獣の報告はありません」
「しかしその反面、干ばつ被害が増加しており、町自体の農作物もそれなりに痛手を受けていますが、それ以上に魔獣の凶暴化が著しくなっています」
「食に困った魔獣が町を襲うのですね……。それで、盗賊団についてはどうでしょうか」
それが……。と、役人は言葉を詰まらせて、そしてまた新たな資料を持ち出した。
どうやらこれまでの盗賊被害――盗賊団というものが認知されてからの、被害の全てを記したものらしいのだが……
「……妙なことに、これもまた減少傾向にあるのです」
「町が弱っている時ですから、その方がありがたいのですが。不気味と言うか、奇妙と言うか」
「盗賊被害も減少している……ですか」
となると……やはり、盗賊団は無秩序に盗みを繰り返しているわけではないのだろう。
町自体が潰れてしまえば、彼らもまた収入源を絶たれることになる。
既に国全体に展開しているのだから、弱っている地域からは盗まず、比較的豊かな街からの収入で補っているのか。
「或いは、魔獣の問題も彼らの手によるものかもしれませんね」
「彼らが嗾けている……というのではなく。彼らの手によって数を減らしている……と」
もちろん、国軍とユーゴの頑張りによっても数は減っているだろうが。
しかし、ユーゴと共に戦った場所はここからは少し遠い。
であれば、他の要因が大きく作用している筈だ。
「盗賊団が魔獣を……ですか。しかし、どうしてそんなことを……」
「推測の域を出ませんが、この町を……この国を守る為かと」
「町が、国が潰れてしまえば、彼らも盗む先が無くなってしまいますから」
理由はどうあれ、彼らは守る戦いに長けている。それは確かだろう。
やはり、なんとしても協力を取り付けなければ。
自らの利益の為にであろうと、町を守っている事実には変わりはない。
ならば、それは報われるべきだ。
報われる形に変えるべきだ。
「これと同じように、魔獣の被害を纏めたものはありませんか」
「照らし合わせれば、何が理由で増減しているのか分かる筈です」
「盗賊団と魔獣とが無関係ならば、それはそれでよし。どちらも悪として裁くだけ」
「ですが、彼らにも義があるのならば、ただ咎めるだけでは、暴君の圧政と変わりありません」
私の頼みに、役人達は嫌な顔もせず付き合ってくれた。
今の私は、彼らからすれば奇妙な言動を繰り返す暗君に見えるだろうか。
町を荒らす盗賊団を庇い立てる、血迷った無能にさえ映るだろうか。
それでも、私にはこれ以上の選択肢は思い付かない。
そうして役人が持って来た分厚い紙束に目を通して、私達はひとつの確信を得た。
盗賊団は、間違いなく魔獣を討伐し続けている。
自らの身を守る為だけでなく、町を守る為に。
「皆としては複雑な心境でしょうが、事実として受け入れましょう」
「この町は……この国は、奇しくも魔獣と同じように被害をもたらしている筈の盗賊の手によって守られている」
「それを受け入れた上で、どう対応していくかを決めなくては」
私の――国の方針は決まっている。
けれど、それはこの町とは関係ない。
私の目論見通りに話が進んだとして、しかし解決までには時間が掛かる。
その間、無防備に盗まれ続けていたのでは、町の人々は苦しんだままだ。
「最優先すべきは町の活性化です」
「盗みが入る前提とは言いませんが、誰に何をされても揺るがない基盤を組み立てましょう」
「その上で、ランデルから兵を派遣します」
「盗賊も魔獣も、即時解決は難しいですが、地道な対策は有効ですから」
兵を派遣すれば安全が確保され、その分人も集まる。
そうなれば経済も上向く筈だ。
直接的な支援をする余裕は残念ながら無いが、しかしやれることはやれるだけやろう。
ヨロクへ遣わせる兵力も計算しなければならないから、あまり多くは割けないが……
役場での意見交換は昼過ぎまで続いた。
実りの多い時間だった……と、そう言えたら良かったのだが。
残念ながら、出た結論は、宮で出したものとそう変わらない。
人を遣わせ、守りを厚くし、現状を耐える。
どこにでも当てはまるような対策を再確認しただけ……と、そう言われても言い返せない。
「ユーゴ、戻りましたよ。ギルマンがジャムを買って来てくれましたから、お茶にしましょう」
「お茶はいいけど、魔獣はどうなった? ここら辺からはそれなりにいるんだよな?」
お茶よりも魔獣との戦いを求める……か。
しかし、馬車の中で聞いた話が食欲を刺激したのだろう。
文句は言わずに、そわそわした様子で待っていた。
「本当はまた皆と一緒に話しながらお茶を飲めたら良かったのですが……やはり、どこも人手不足で」
「彼らには、町の警備隊の手伝いをしていただいています」
「ふーん。ま、なんでもいいけど」
なんでもいいとは言いながら、どことなくがっかりして肩を落としてしまった。
やはり寂しいのだろうな。
少しの間とはいえ、話をして打ち解けたのだ。
こちらではまだ友人らしい友人もいない彼にとって、あの時間はかけがえのないものだったことだろう。
「けれど、帰りには仕事も減りますから。今度は皆で一緒にテーブルを囲みましょう」
「なんでもいいって。お茶にするなら早くしよう。腹減ったよ」
ユーゴに急かされるままにお茶の準備をして、そしてジャムと一緒に貰ったスコーンをテーブルに広げる。
のんびり出来るのは今日まで。
明日からは気の抜けない時間ばかりになってしまう。
ユーゴにも今のうちに休んでおいて貰わないと。
ゆっくりとお茶を楽しんだ後、私達はまた町へと出かけた。
カンビレッジでもそうしたように、住民から直接情報を聞き出すのだ。
いつも宮にいる私と街にいる役人とで感じ方が違うように、いつも役場にいる役人と畑にいる町民とでも危機意識は変わってくる。
直接被害を受けている人々の言葉には、歩き回って聞きこむだけの価値がある。
「ここは……
「私達では少々場違いかもしれませんが、お酒の場でこそ気を許して貰いやすくもあります。入ってみましょう」
「なんか、楽しそうだな。あんまり好き勝手歩き回ると、またいろいろ言われるぞ」
いえ、これは必要なことなのだから。
たとえパールがいたとしても、少ししか怒られまい。
しかし、ユーゴの言う通りでもある。
正直、誰に縛られることなく、それに振る舞いに気を遣うことなく町を散策出来るのは、幼いころを思い出すようで心が躍る。
「せっかくなのですから、楽しめるのならば楽しい方がいいでしょう。ほら、入りますよ。こんばんは」
ドアを開ければ、そこには畑仕事を終えた男達が集まって宴会を開いていた。
ともすれば喧しいとさえ感じそうな賑やかさに、ユーゴは少しだけ気圧されているようだった。
こういう場は苦手だったのだろうか。
「こんばんは。少しお話よろしいですか?」
「おう、なんだなんだ? 見ねえ顔だな、嬢ちゃん。子連れでどうした、こんな場所に」
子……。まあ、そういう勘違いもあるだろうとは思っていた。
しかし、ユーゴほど大きな子供がいる歳に見えるのだろうか、私は。
彼とは十も離れていない筈なのだが……
「ごほん。私達はランデルから来ていまして、交易の為にいろいろと調べて回っているのです。やはり、魔獣の問題は大きいですから」
「なんだい、商人隊の方だったかい」
「高く買ってくれよ、うちのニンジン。小さいけど甘くて美味いんだぜ」
この様子だと、どうやらこの町の農業はそれなりに順調らしい。
先の話を思えば、盗賊被害が減っていることには減っているのだから。
もうどうしようもないとやけくそになっているのでなければ、上機嫌の理由はそれしかない。
「最近、魔獣の様子はどうですか? ランデルの方では、まだ馬車が襲われる被害が後を絶ちませんが……」
「魔獣? 魔獣かぁ。それなら、あっちでノビてる若いのに聞くといいぞ」
「あいつ、結構やり手でな。あっちこっちの街で、商売取り付けながら渡り歩いてんだ」
若いの。と、指差されたのは、奥のテーブルに突っ伏している、他の男達とは少し身なりの違う、髪の長い男だった。
「でも、ちょっと気を付けろよ。そいつ、相当なスケベ野郎だからな」
スケベ……
言われている割には随分信頼されている様子だが。
街から街へと渡り歩いて商売をしているとのこと。
となると、盗賊団についての情報も何か得られるかもしれない。
「あの、もしもし。少しお話よろしいですか?」
「……おい、フィリア。完全に潰れてるぞ、そいつ。時間の無駄だろ、そんなのほっとけよ」
そう……ではあるのだが。
けれど、本当に優秀な人間だというのなら、ぜひ宮に迎え入れたいという思惑もある。
しかし、肩を叩いても揺すっても起きない。起きる気配が無い。
「あのー、もしもしー。だ、大丈夫ですか……?」
「すみません、この方は本当に眠っているだけ……でしょうか。お医者様を呼んだ方が……」
起きない。
これだけ騒がしくても、私がどれだけ揺すっても、ユーゴが散々冷たい目を向けても起きる気配が無い。
眠りが深いというより、もう意識が無いと言うべきか。
しかし、この男との出会いが、後に大きな意味を持つことになる。
だが、困ってうろたえるばかりの私も、呆れて頭を抱えるばかりのユーゴも、まだそれを知ることは無い。
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