第二十六話【夢のような話】



 パールとリリィとの議論は三日続いたが、しかし妙案のひとつも浮かぶことは無かった。


 根本的なところで情報が不足している。

 盗賊団について、結局のところ何も分かっていなかったのだから。


「では、行ってらっしゃいませ。ユーゴさん、陛下のことをお任せします」


「任されなくても守るよ。大したことでもないし」


 ならば、出来ることからやっていこう。


 仕方なしに……と、そんな言葉が頭に付いてしまうものの、私達は一度ヨロクの街を訪れることにした。

 以前カンビレッジに向かった時よりも更に少人数で、盗賊団に警戒されないように。


「それにしても、思いの外あっさりと許可を出してくれたものです」

「私ひとりで何かを頼んでも、いつも聞いてくれないというのに……」


 ユーゴが一緒になって考えてくれたから、なのか。

 それとも、パールもリリィも手詰まりを実感したからなのか。

 とにかく、今回は随分と早くに許可が下りた。


 話は早いに越したこともないが、しかし……普段を思うと少し腑に落ちない。


「北……ヨロクってとこには強い奴いるんだよな。盗賊団が戦ってるっていう、もっと強い奴が」


「その筈です。伯爵からの情報によれば、北は魔獣との戦いよりもその脅威への対処を優先している……手一杯になっている可能性が高いとのことでした」

「ならば、カンビレッジで見られたような平穏は、北には無いかもしれません」


 魔獣もいっぱいいるかもってことだな。と、ユーゴは目を輝かせる。


 そんな物騒な話に心を躍らせるのは、なんとも彼らしいと言うか、子供らしくないと言うか。しかし……


「……ユーゴ。分かっていますね」

「今回の目的は、盗賊団の情報を入手すること」

「あまり派手に動いては警戒されますし、こちらの素性もバレてしまいます」

「魔獣との戦いは、必要最低限に抑えてください」


「分かってるよ、うるさいな。昨日も散々聞いたって」


 そう、私達の目的はあくまでもそこ。

 その為に護衛の兵士は更に数を減らしたし、私も出来るだけ質素な服装に着替えてきた。


 正直、貴金属の類は重たいので、普段からあまり身に着けたいとも思っていなかったけれど……ごほん。



 ヨロクの街は、宮のあるランデルからだと、カンビレッジよりも少しだけ遠い。

 ただ、途中に大きな街がいくつかある為、先日のような強行日程は組まなくても済む。


 馬車はまず、やや北西寄りに北上して、マチュシーという街へとまもなく到着する。


「おい、フィリア。本当にこっちには魔獣がいるんだよな。ここまで一回も遭遇しなかったけど」


「遭遇を期待しないでください……」

「ランデルからマチュシーまでは、整備された道がありましたから」

「国軍による安全維持が機能しているので、魔獣もそう安々とは近付けません」

「問題があるとすれば、ここから更に北へ進んで……」


 ランデルからやや北西へ進んだこの街、マチュシー。

 ここから更に北へ進み、ハルという少し小さな町へと立ち寄る。それが、今日と明日の予定。


「ハルから北――ヨロクまでは、国道の整備も進んでいません。なので、魔獣が現れるとすれば、そこでしょう」

「いいえ、むしろその間は貴方にもかなりの無茶を強いてしまうでしょう。相当な数の魔獣が予想されます」


「明後日だな、よし。じゃあこんなとこはさっさと通り過ぎよう。面白くない」


 魔獣を面白いと思うのはユーゴだけなのです……


 しかし、彼のモチベーションの高さは隊の安全に直接関わってくる。

 出来れば、魔獣と戦うなんて話以外で彼のテンションを上げられればいいのですが……


「……そうだ。ユーゴ、甘いものは好きですか? ここマチュシーでは、甘くておいしいブドウが……」


「好きじゃない。皮とか種とかめんどくさいし」


 上げられれば……いいのですが……


 ユーゴはどうも、好奇心こそ強いものの、それをあまり自分の外へと――自分の知らないものごとへと向けたがらない節がある。


 もちろん、目の前にすればおもしろそうに眺めたりはする。

 けれど、自分からそれに近付こうとか、そういうものを探そうとかは無い。その点は少しだけ嘆かわしい。


 もっと多くのものに興味を持てば、きっとユーゴ自身も楽しいだろうに。


「ユーゴは好きな食べ物などは無いのですか? ヨロクの調査が終われば、食べたいものを準備させますよ」

「ずっとずっと活躍して貰ってますから、多少の無茶だって通してみせます」

「本当はもっと褒美を上げたいのですけど、今はそのくらいしか……」


「別に、そんなのいいよ。褒美とか言われても、特に欲しいものも無いし」


 物欲が無い……か。

 しかし、生前の姿が全くイメージ出来ない。


 ユーゴは見た目通り、そして振る舞い通り子供だったのだろう。

 それが何も欲しないというのは、あまり良い環境に生まれなかったのか……と、勘ぐってしまう。


「それでも、好きなものくらいは何かあるでしょう」

「教えていただければなんでも準備します。たとえこの国には無いものだとしても」


 たとえこの世界に存在しないものだとしても。

 そんな意図を込めて私がそう伝えると、ユーゴは少しだけ考え込んで……そして、諦めたように覗き窓の外を眺め始めた。


「……ラーメン食べたい。味噌ラーメン」


「……らーめん……ですか? みそ……ええと、それはいったいどのような料理で……」


 なんでもないよ。と、ユーゴは少しだけ拗ねてしまって、退屈そうに荷物箱の中を漁り始めた。


 この国――この世界とは全然違う文化で育ったのだろうか。

 もしかしたら、普段の食事も口に合ってないのかも。


 とすると……やはり、酷なことを強いてしまっているのだろうな。


「……分かりました。宮の料理人は腕の立つものばかりです。きっと作ってみせます」

「なので、どのような料理かだけ教えていただけませんか?」


「……って言っても、味噌とか無いだろ。こっち来てから見たことないし」

「そもそも作り方までは俺も知らないよ。お湯かけて三分待つくらいしかやったことないし」


 お湯をかけるだけで完成する料理があるのですか? と、問うと、ユーゴはちょっとだけ自慢げに頷いた。

 もしかして、自分の世界に興味を持たれたのが嬉しいのだろうか。


「ラーメンだけじゃない、いっぱいあるんだ。焼きそばとか、うどんとか」

「簡単だし、あったかいし、うまいし。毎日食べてたよ」


「やきそば……うどん……お湯をかけるだけで出来る料理がそんなにもあるのですか。ユーゴの育った場所は凄いですね」


 ふふん。と、ユーゴは胸を張って……でも、すぐにしょぼくれてしまった。

 もうそれが食べられないとなったら、がっかりしてしまったのだろう。


 これは……なんとかして彼の望みを叶えてあげたい。

 危険な魔獣と戦い続けてくれているのだ。好きなものくらいは食べさせてあげられないものか。


「でも、多分こっちじゃ作れないよ。でっかい工場で作ってるんだ。子供のころ見に行ったから、それだけは知ってる」

「非常食にもなるくらい長持ちするしさ。こっちだと瓶詰めとか缶詰めくらいしかないだろ」


「お湯をかけるだけでよくて、おいしくて、それに保存食でもあるのですか……っ。ゆ、夢のような食材ですね……」


 聞けば聞くほど、この世のものとは思えなくなってくる。

 いえ、この世界のものではないのですけど。


 食べさせてあげたい。なんとかしてもう一度そのらーめんというのを食べさせてあげたい。

 けれど……正直、この国には技術も料理の文化も……


「……えーっと……あれだ。まずスープを作るんだ。豚骨とか、ネギとか、いっぱい煮込んで」

「俺の知ってるラーメンじゃないけど、テレビではそういうのよく見たから」


「てれ……ええと……」


 ど、どんどん知らない言葉が出てくる……

 本当にどんな世界だったのだろうか。


 見た……ということは、何かの書物でしょうか。

 それとも、そういう書物の集まる場所を指すのでしょうか。


 あるいは、演劇……いえ、料理を作る演劇があるのかは知りませんし、それでわざわざ本物を作るのかも分かりませんが。


 ユーゴの知ってるらーめんとは違う……ということは、それを直接食べに行ったことはないのでしょうか。


「ユーゴ。宿に入ったらもっとたくさん聞かせてくださいませんか。貴方の世界のこと、貴方のことを」

「聞いているだけでわくわくしてきました」


「別にいいけど……俺だってあんまり詳しくないぞ? うちにあるやつ食べてただけだから」


 それでいい。ユーゴの口から聞かせて貰えるだけで十分です。

 私がそう伝えると、ユーゴは嬉しそうに笑った。


「カップ麺の話が聞きたいとか、本当に女王様かよ。フィリアって結構子供だよな」


「かっぷめん……また新しい言葉が出てきましたね。それも料理なのですか?」


 かっぷめん。らーめん。もしかして、めんというのが共通の意味を持つのだろうか。

 パイのように、料理の大まかな分類の名前だとか。



 話に花を咲かせているうちに馬車は停車し、私達はそのまますぐに宿――軍事施設のひとつへと向かった。


 ユーゴに気分を良くして貰う為に始めた会話だったが、しかし気付けば私の方が好奇心を惹かれてしまった気がする。


 部屋に入るなり問い詰めるようにユーゴを急かし、私はユーゴのいた世界の料理について話を聞いた。

 話だけではまるで想像も出来ない、夢のような料理の話を。

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