第二十五話【子供の悪巧み】



 数日の議論の末、カンビレッジに派遣する兵力も計算し終え、そして私達は本格的に北へ――ヨロク以北の砦跡への侵攻作戦を考え始めた。

 また先日と同じように、ヨロクの街を調査してから……という手もあったが……


 私は朝早くにユーゴの部屋を訪れていた。

 策を練って、それを真っ先に彼に伝えたかった。

 そして、ある頼みをしたかったのだ。


「ユーゴ、聞いてください。今回は回りくどい調査も無しです。直接北へ赴き、そして砦跡地を解放する」

「そこで、ユーゴにお願いがあります」


「なんだよ。今回は盗賊団と戦うんだろ? 魔獣より強いわけないし、そんなの余裕だろ。つまんなそうだけど」


 つまらない……か。

 だが、今回は今までで最も難易度の高い戦いになるかもしれない。


 そうだ。相手は盗賊団。魔獣よりもずっと弱い――


「――相手は人間です。この国の民です」

「ユーゴ、どうか誰も傷付けぬように戦ってはいただけませんか。貴方の力なら、それも可能な筈です」


「誰も傷付けずに……? まあ……そりゃ、弱い奴殴っても面白くないし、それが出来るならその方がいいけど」


 向こうが襲ってきたらどうするんだ? と、ユーゴはそう尋ねた。

 そして、私の顔を見てすぐにむっとして口を尖らせる。


 そうだ。その通りだ。

 彼は優しい子だから、きっとそれが何を意味するかを理解していることだろう。


「はい。反撃はしません。貴方には力を見せ付けていただくだけでいい」

「もちろん、それだってあまり良いやり方ではありません」

「殴っていなければいい、脅しならばどれだけしても問題にならない。そんな道理はありませんから」


「……それだと、流石にフィリアが危ないけどいいのか?」

「その……兵士とかも連れてかない……んだよな。その言い方だとさ」


 まあ、そこまでお見通しだとは。やはり、この子は優しくて聡い子だ。


 ユーゴの表情はだんだんと険しいものになっていく。

 それが意味するもの。彼は私の身を案じてくれているのだ。


「はい。拠点までの道のりは兵士にも同行して貰いますが、そこからは私達ふたりだけ。危険は覚悟の上です」


「……まあ、いいけどな。俺が守ればいいんだろ。フィリアも、そいつらも」


 その通り。と言うよりも、それしかない。


 ユーゴの強さに依存し切った策だけに、まだこれは誰にも――リリィにも相談していない。

 私の独断で、そう出来たら良いなというもの。


「誰にどれだけ反対されようと、私はそうするつもりです」

「剥き身の剣を持ったままで、どうして協力などという言葉を信じて貰えるでしょう」


 ユーゴはどこか呆れた様子だったが、しかし納得もしてくれているらしかった。

 彼も理解しているのだろう。協力を取り付けるには、そうする他に無いのだと。


「それで、その……ユーゴにはもうひとつお願いがあるのですが……」


「なんだよ、まだあるのか。他に戦う相手がいるとか、先に魔獣を倒すとか、そういう話か?」


 他に……そう、その通りだ。

 きっと彼は私の意図を見抜いているわけではないだろうが、奇しくも遠からぬ解を言い当ててみせた。


 なんだか今日のユーゴは冴え渡っている。或いは、私が単純になっているのだろうか?


「その……これからこの作戦をパールに伝えるのですが、その際に、どうか私の味方をしていただけませんか……?」

「貴方からも強く推していただければ、頑固者のパールも耳を傾けてくれるでしょう」

「私ひとりでは……まだ子供扱いされている節もありますので……」


「……しょぼい話すんなよ。女王様なんだよな、一応」


 また痛いところを……


 情けないとは重々承知の上。

 それでも、可能性を高める為ならなんだってしよう。


 この作戦は、どうしても通さねばならない。

 なんとしても、盗賊団とは手を結ばなくては。


「俺がなんか言って変わるとも思えないけどな。ま、やれって言うならやるけど」


「ありがとうございます。では、早速執務室へ参りましょう。話をつけるなら早いに越したことはありません」


 何度も棄却されるという前提があるのだ。

 早く行動に移さなければ、いつまで経っても北へ向かえない。


 ユーゴの手をとって彼の部屋を後にすると、まだ誰の姿も無い執務室へとやってきた。


 パールが来てからの段取りを私が説明すると、ユーゴはやや呆れた顔で頷いていた。


 魔獣と戦っている時はあんなにも楽しそうな顔を見せるのに、今朝はずっとこの調子だ。

 私の小賢しい企みを、面白くないものと認識しているのだろうか。


「おはようございます、女王陛下。今朝は珍しい方もご一緒ですね」


 そんな私達のもとにパールの声が届いた。


 今朝も今朝とて堅苦しい表情で大量の仕事を運んできた姿を前に、私もユーゴも少しだけ萎縮して……?

 ふたりとも同じかと思ったのですが、どうやらユーゴは萎縮はしていない様子。

 肘で私の腕をつついて……


「……おい。そういえば、俺は許可が無いとここに入れないんじゃなかったのか? あれ、怒ってる顔だろ」


「……っ! い、いえ、決して忘れていたわけではありません。それに、パールはいつも怒ったような顔をしていて……」


 か、完全に失念していた……

 これしかないと思ってしまって、浮かれ過ぎていた。


 見れば、確かに普段よりも何割か増しで眉間のしわが深いような……


「……はあ。この際です、ユーゴの執務室への出入りを条件付きで許可しましょう」

「必ず陛下と同席すること。そして、この部屋に入ったからには、陛下の暴走を咎めること」

「約束出来るのでしたら、今朝のことは不問といたします」


「だってさ。フィリア、もしかしてお前、いつもこうなのか?」


 こう……とは?

 そそっかしくて、いつもパールに怒られてばかりいる……と、そう言いたいのだろうか。

 ユーゴの目はいつもよりずっとずっと冷たいものだった。


「……ごほん。許可無くユーゴを連れてきたことは反省します。ですが、どうしても急いで話をしたかったのです」

「それも、彼と共にでなければならなかったのです」


「話を……ですか。北への遠征に何か妙案でも?」


 妙案も妙案、他にないと思ってしまえるほどの案だ。


 私はまだどこか怪訝な目をしたユーゴに視線を送り……お、お願いですから味方をしてくださいね……?

 そして、深く息を吸ってパールと向かい合う。


 お、怯えてはいません。

 呆れられるか怒られるかのどちらかだと、覚悟は出来ているのだから。


「北への遠征は、やはり限られた人数で行きたいと思います」

「大軍を率いていては盗賊団も警戒するでしょうし、それに街の民を怖がらせてしまいます」

「そして、伯爵の策の通り、まずはヨロクの街を徹底的に守り抜く」

「魔獣を排除し、政策を推し進め、盗みに入る価値を高める」

「そして、増員した見張りの力で、その現場を取り押さえます」


「はい。そこまではおおよそこれまでの話の通りですね」

「ということは、その後に何か悪だくみを思い付きましたか?」


 うっ。ど、どうしてパールは私をずる賢い子供のように扱うのだろう。


 今回は紛れもなく彼の言う通りではあるのだが、しかし今から伝える策自体は、悪だくみと呼ばれるものではない。

 それを押し通すための悪だくみをしてきただけで……


「……現行犯で盗人を取り押さえた暁には、私とユーゴだけで砦跡に乗り込みます。逮捕ではなく、対話を求めて」

「多少は手洗い歓迎も受けるでしょうが、しかしそこはユーゴの力があれば問題ないでしょう」


「…………ユーゴ。貴方はこの話をどう思っていますか」

「陛下に言われて、どうにかして私を説得する手伝いをと連れられてきたのでしょうが……」


 おい。全部お見通しだぞ。と、ユーゴはまた私の腕を肘でつついた。

 分かっている。パールに私の考えが見通されるのは想定内だ。

 その上で、なんとかして押し切る為にユーゴを連れてきたのだ。


 ユーゴがやる気を見せているのだと知れば、或いはパールも多少は大目に見てくれるかもしれない……と……そういう策も見通されるのは……想定外だったが……


「ふう。まあ、いいでしょう。ユーゴ、どうか陛下の身をお守りしてください」

「この方に何かあれば国が揺らぎます。前王亡き後にも、しばらくは内政が荒れたままになりましたから」

「もう一度があれば、まず王政は維持出来ないでしょう」


 あ……れ……?

 意外なことに、パールはあっさりと……大きな大きなため息をつきはしたが、それでもあっさりと頷いてくれた。

 一度の否定も無くとは、全くの予想外だ。


「……俺はいいけど……いいのか? フィリアはもっといろいろ反対されるって思ってたみたいだったけど」


「よ、余計なことは言わないでください」

「ですが……そう……そうです。私は何度も訴え続ける覚悟もしていたのに」


 何度も棄却されると思ったならやめてください。と、パールはまた大きなため息をついた。


 しかし、それでも呆れた顔などせず、私とユーゴの顔を見比べて、まじめな顔のまま小さくうなずいた。


「協力を取り付ける……という目的ならば、その策には筋が通っています」

「幾人もの武装兵を連れては、とても友好的な態度には映りますまい」

「その交渉を女王陛下自ら……という部分にさえ目を瞑れば、そこまで大きな問題のある策ではないかと」


 パールは最後に今朝一番の大きなため息をついて肩を落とした。


 大き過ぎる問題に目を瞑って、無理矢理問題無いと言っただけ。

 そんな恨み言が聞こえてくるような気さえした。


「……盗賊団の協力が本当に得られるのならば、この国は……この国が抱えている問題の大半は、大きく前に進むでしょう」

「これまでにも既に多くの無茶を見過ごしてきました。そして、その度に私は安堵のため息をついてきたのです」

「こうなれば、陛下の奔放さに賭けてみる価値もあるかと」


「パール……っ。任せてください。今回もきっと……いえ。今回はこれまで以上の成果を持ち帰ってみせます」


 どうやらパールは、私については少々諦めている節があるらしい。

 そんな裏事情が少しだけ見えて申し訳なくもなったが、しかし通ったことには変わりない。


 パールは頭を抱えているし、ユーゴも心底同情した様子で彼を見つめているが……け、結果を出せば、パールにも報いることが出来るのだから。



 その日はずっと青い顔をしたパールと共に、作戦の詳細を練り続けた。


 まず、どうすればこれまでに一度も姿を見つけられていない盗賊団を捕まえられるのか、というところから。


 或いは、そこに問題があり過ぎて、その後の問題などを危惧している場合ではなかったのかもしれない。

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