第二十四話【整理整頓】


 カンビレッジの視察は、なんの問題も無く終わった。


 街の東南部に魔獣が確認されなかった。

 盗賊による被害に何か恣意的なものがあった。


 そして——道中に強大な魔獣が出現した——


 そんないくつかのイレギュラーを含めて、何も起こらなかった、進展が無かったという結果を、私は宮へと持ち帰った。


「——コウモリのシンボルには意図があった……ですか」

「もしそうだとすれば、盗賊団の首魁に目星を付けることも叶うかもしれません」

「国に——或いは政治に不満を抱いている人物。それも、直接的な行動に移せるだけの資産と能力を持った人物となれば……」


 リリィは私の報告に顔色ひとつ変えず、淡々と提出した資料を読み耽っていた。


 盗賊団には意図がある。なんらかのメッセージを発信しようとしている。

 ならば、国の全域に発生していると思っていた被害にも、必ず偏りがある筈だ。


 彼女はそう言って、前に何度も目を通した古い資料を引っ張り出す。


「元貴族や政治家、或いは軍人か。砦跡の件と言い、相当国政に詳しい人物だったのかもしれません」

「そうであるなら、自ずと候補は絞られます。完全ではありませんが、大きな手掛かりになるでしょう」


「国政に詳しい……ですか。もしもそうならば……」


 リリィの言葉に、自分の中で不安が芽生えたのが分かった。


 盗賊団とは、出来れば協力関係を結びたい。いいや、結ばなければならない。

 あれだけの力と采配を、この国の為に手に入れたい。しかし……


「……もしも……もしも、この王政をよく思っていないのだとしたら……」

「交渉の余地は無いのでしょうか。少なくとも、王である私では……」


 国のやり方に納得出来ず、反旗を翻した。

 もしもそうならば、私の手を取って貰える可能性は低い。

 少なくとも、王という立場の人間は信用されまい。


 不信の矛先を向けた相手に、どうして気を許せよう。


「……いいえ、そうとも限りません」

「そのものが優秀であるのならば、我々と協力するメリットにも目が向く筈です」

「余程の強い恨みがあって、利害のみでは動かない固い意思があるとすれば別ですが」


 どちらにせよ、その人物の素性を知らぬことには、か。


 机の上での議論に意味は無い。

 おそらくこれは、人の感情が起こした問題だ。

 ならば、その人となりを知らねば、論ずる意味も甲斐もあったものではない。


「……では、もう二件の問題についてですね」

「まず、カンビレッジ東部、および南部の魔獣の被害の激減……いえ、消滅と言って過言でないのでしょう」

「陛下がご自身の目で確かめられたとか。魔獣の姿すら確認出来なかった、と」


「はい……。あの……リリィ……? すみません、勘違いでしょうか。その……お、怒っていませんか……?」


 自覚はあるんですね。と、優しく微笑まれては、私としても萎縮するしか道が無い。


 言葉は丁寧だったが、しかし語調が荒れていた。

 どことなくトゲトゲしていて……


「ユーゴさんの力は認めます。既にいくつもの街、地区を解放くださっていますから」

「ですが、陛下の無謀は、それを加味しても逸脱しています」

「兵からも苦情が上がっていますよ。まるで猫のように、フラフラと好奇心に釣られて動いてしまうと」


「ね、猫……ですか……」

「ですが、魔獣の調査に赴くのはこれが初めてではありません。それに、ユーゴには魔獣の気配が……」


 初めてではないからこそ問題なのですよ! と、リリィは声を荒げ、そして私の頭を両手で鷲掴みにした。

 い、いたいっ。いつもよりずっとずっと直接的なお説教と折檻が。


「陛下はだんだんと魔獣に慣れてきてしまっています。その危険性に、恐怖に、感覚が麻痺し始めています」

「ユーゴさんに言われたから、目で見える範囲にいないから」

「たったそれだけの理由で怯えを失くしていては、命がいくらあっても足りません」


 リリィの言葉は、やはりもっともなものだった。

 いつもいつも、言われねば気付かぬ己の鈍さに反省する。


 反省はするのに、どうしてかいつも怒られてしまっていますが……


「守るべき対象が勝手に動いてしまえば、隊は予定通りには動けません」

「安全か危険かの結果ではなく、危険である可能性の全てに対処しなければならないのですから」

「彼らにとって……いえ。この宮に仕える全員にとって、陛下は最も重要な、守るべき存在なのです」

「もう少しご自覚を、そして弁えた行動をお願いします」


「は、はい。以後気を付けます」


 このリリィの憤慨ぶりを見るに、兵士達から直接の訴えがあったのかもしれない。

 ふらふらと危なっかしいから、注意しておいて欲しい、と。


「……こほん。さて、魔獣の件です」

「状況的に、盗賊団の手によるもの……と、そう推察する他ありませんね」

「自身を守る為にでしょうが、砦跡の周辺の魔獣には対処しているのでしょう。良くも、悪くも」


 自身の周囲を守る為。そして、自身の生活を守る為。


 自分達が魔獣に食われない為に戦う。

 そして、自分達が食うに困らないよう、街を維持する為に戦う。


 結果としてはカンビレッジを守って貰っているのだが、しかし喜んでばかりいられない事情も感じてしまう。


「現時点では、最終防衛地点の維持に都合が良いですから、あまり深く悩む必要も無いでしょうが」

「しかし、最終的には解決しなければなりません。協力関係を結べなかったとしたら、その時には」


「……必ず、手を取り合える筈です。そうでなければ、この国は何も守れないままでしょうから」

「なんとしても手を取り合わなければ」


 リリィは私の言葉にため息をついて、そしてまた別の資料に——厚い紙束に手を伸ばした。

 まだ……まだそんなにあるのですか……


「……そう嫌な顔をなさらないでください。そういうところですよ、陛下」

「そういう機微を兵士達に気取られて、気を使われて、そして疎まれるのです」

「陛下にその気が無くとも、他のものは貴女の機嫌を損ねるわけにはいかないのですから」


「うっ……わ、分かっています。ちゃんとやりますから」


 もしや、前王もこんな細かな積み重ねで恨みを買って……? と、今はその話はいい。


 リリィが開いたのは、どうやらこれまでのユーゴの活動記録のようだ。

 彼が倒した魔獣の情報の全て……と、そう言い換えても良いだろうか。


「ユーゴさんには驚かされますね」

「報告にあった魔獣の検体は、カンビレッジの研究所にて調査中です。これから毎日のようにレポートが届くでしょう」


 報告にあった魔獣——とは、カンビレッジからの復路にて遭遇した巨大な魔獣のことだ。


 そのあまりの巨体には肝を冷やしたが、しかしなんと言うこともなく、ユーゴによって蹴散らされてしまった。


 そんな魔獣の……いいや。

 未だ底の見えない、桁外れな力を持つユーゴの情報を書き記したものが、リリィの持つ資料なのだろう。


「……陛下、あの方は何者なのですか」

「およそ信じ難い、現実味の無い結果ばかりです」

「まさか、あれをただの子供だと言って押し通るつもりではありませんよね」


「……彼は、少々特殊なだけです。貴女も知っての通り、わがままで、けれど素直な少年ですよ」


 流石にもう、誰にも怪しまれてしまっている……か。


 けれど、リリィは私の顔を見て、またため息をついて資料に目を戻した。


 今そこを問い詰めるつもりは無い。全て終わってから詳らかにして貰う。

 なんだかそう言われた気分だった。


「そのユーゴさんですが、陛下から見てどうですか?」

「正直、今回の巨大魔獣が見掛け倒しだったのでなければ、完全に想定外の結果と言えるでしょう」


「……そうですね。ユーゴの力は、どうやらまだまだ眠ったままなのかもしれません」

「あの大きな魔獣の強さは関係無く、あの瞬間のユーゴは、明らかに今までの彼よりも強かった」


 もしかして、ユーゴはそれを知っていたのだろうか。

 本能的に、その力を内に持っているからこそ。

 より強力な敵を前にすれば更なる強さが目覚めるのだと、分かっていたから戦いたがっていたのだろうか。


「今はそれでも問題ありませんが……いつか、ユーゴさんの身に危険が及びますよ」

「強過ぎる力は、自身を崩壊させます。心が幼いのであれば、なおのこと」


「その為に私が……私達がいるのです。幼い彼を守るのは、私達大人の役割ですから」


 リリィは苦い顔をした。

 それは……私では頼りない……と、そういうことだろうか。

 彼女は明言しなかったが、しかし……


 これまでにユーゴが倒した魔獣の情報。それは何も、彼の成長記録だけではない。

 この国を覆う暗雲の一部を切り取った資料をもとに、私とリリィは北にあるというまた別の脅威について論じた。

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