第二十話【北へ、南へ】
ランデルから北へずっと行った先、ヨロクという街を解放する。
伯爵からの情報をもとに、この国が進むべき道は決められた。
しかし、そうは言っても、単純な話にはなってくれない。
ヨロクに辿り着くまでの道のりも――その間にある街の問題も解決しなければ、私達は軍事拠点のひとつも準備出来ていないのだから。
「その為にまず……とか言ってたけど。結局どこに向かってるんだよ、これは」
その為には、まず足元をしっかりさせなければならない。
三日の準備ののちに、私はユーゴを連れて南へと向かっていた。
そう、南へと。
「これから、カンビレッジを目指します。一日では辿り着けませんので、いくつかの街を経由しながら」
「カンビレッジ……って、結局カスタードに言われた通りにするのかよ。じゃあこの間の話はなんだったんだ」
ユーゴの言葉には耳も痛くなったが、しかしそれが全てではない。
私達は、やはり根本的な部分で伯爵とは方針を違えている。
南の問題を解決してから北へ向かう。それが、伯爵の提案した策だった。
御しやすい敵をまず倒し、そして力を蓄えてから複数の問題をまとめて解決する。
理にかなった、堅実な策だろう。
「けれど、北を解決するにも時間は掛かってしまいます」
「その間、カンビレッジ以南の盗賊団による被害を無視し続けるというのは、それもまた国として正しくない姿です」
「まず、現状を把握する。その上で、南に必要な武力を割く」
「北への遠征には、貴方という切り札がありますから」
「……ふん。なんでもいいけど、早く強い奴と戦わせてくれよな。最近は魔獣とすらロクに戦ってないんだから」
北の問題を解決する為に、まず国全体の状態を把握する。
それが私達の決定だった。
パールとリリィが私に進言してくれたことだけに、私が威張ってはいられないのだけど。
それでも、これが現在の最善だと胸を張れる。
「それにしても、ユーゴはいつもそればかりですね。強い敵が現れるのは、怖いと思わないのですか?」
「確かに、貴方以上の強さを持つ魔獣……とは、とても考え付きませんが……」
「怖くなんかない。なんだってそうだろ、簡単なのはつまらない」
「それに、あんまり弱いと、倒してて気分悪くなるしさ」
気分が悪くなる……か。
やはり、彼は優しい心を持っているのだな。
普通なら、反撃の脅威も敗北の恐怖も無い相手とは、自分の都合だけが通る気分の良い相手に映る筈ですが。
彼はそれが嫌だと言うのだから、立派な話だ。
もしかしたら、彼の知る世界ではそれが当たり前なのだろうか。
なら……すごく、うらやましい話だ。
馬車はしばらく走り続け、そしてバンガムという街で停車した。
以前訪れたバリスよりも手前の街だ。
ここは既に魔獣の被害を抑えられていて、盗賊団の出現もあまり聞かない。
調査の名目では、立ち寄る理由など無いのだが……
「少し早いですが、今日はここで一泊します。そして、夜明けを待たず次の街へ向かう予定です」
「少し……って、まだ昼だぞ。いくらなんでも早過ぎるだろ」
ユーゴの言う通り、まだ太陽は頭上に輝いている。
しかし、どうしてもここで止まらなければならない――明日の出発を早めねばならない事情がある。
何も難しい話ではない。
この先では、とても宿など取る余裕が無さそうだから、だ。
「ここバンガムを超えると、しばらく大きな街はありません。バリスへ向かう分にはいいのですが、あいにくと方角が違います」
「馬車を夜間に走らせるわけにはいきませんからね」
私……女王と、そして国軍の兵士達を泊められる宿など、どの街にでもあるものではない。
備えの無い街へ押しかけて一晩泊めてくれなどと、それこそ迷惑極まりない、賊の行為と結果は何も変わらないのだ。
故に、どうしてもここからカンビレッジまでは、一息で向かう必要がある。
ユーゴは私の説明に納得してくれたようで、しかし相変わらずの不機嫌な態度を貫いてそっぽを向いた。
「ユーゴ。宿の手配が出来次第、街の外へ出ましょう」
「比較的安全な街ではありますが、だからと言って魔獣が完全に出ないというわけでもありません」
「この近辺から魔獣がいなくなれば、ここの兵を他へ回せます。可能な限り倒してしまいましょう」
「可能な限り……か。じゃあ、全部倒しちゃってもいいんだよな」
もしもそれが出来るのなら、どれだけ良いことか。
ユーゴの力を以てしても、完全に排除するというところまではいかない。
いなくなったかどうかという証明など出来ないのだから、仕方がないのだけど。と、そんな無粋な言葉は飲み込んだ。
「ええ、お願いします。ただ、くれぐれも無茶なことはなさらないように」
「それと、日暮れ前には宿に戻って休んでください。目的はあくまでもカンビレッジの視察です」
分かってる。と、ユーゴは馬車から飛び降りて、私の方を振り返った。
早く来い、でしょうか。でしょうね。
兵士達からはやはり止められたが、そんな静止は振り切って、私も馬車を後にする。
「……怖いって話なら、フィリアは怖くないのか? 別に、フィリアは強くもなんともないんだし」
「私ですか? 私は……そうですね」
街の外へと向かいながら、ユーゴはそう尋ねてきた。
怖くない……わけはない。
魔獣が怖くないなんて、一度たりとも思ったことはない。
けれど、特別怖いとも感じなくなってきた。
それは、ユーゴが共にいるから……だけではない。
彼の力に頼り切っただけの安心など、あの悍ましく凶暴な魔獣の姿を見れば一瞬で吹き飛んでしまうだろうから。
「……怖がっている場合ではないから。私よりももっと怖い思いをしている人々がいるから」
「私は、そういう人々を守らなければならないから」
「そんな義務感が、恐怖心を麻痺させているのでしょう」
「だから、私は少しくらいしか怖くありません」
「ふーん。やっぱり、フィリアも変だな」
私……も?
他の変な人物というのは……もしや、バスカーク伯爵だろうか。
ええと……それは……それは、少々……嫌だなぁ。と、そう思ってしまう。
かの人物の優秀さは認めるところだが、しかし……相当変わった人物だと私も思うから……
「……そう考えると、私はひどく無責任な大人なのかもしれませんね。いいえ。しれないではなく、そうなのでしょう」
「恐ろしいと分かっているのに、ユーゴには戦えと命じてばかりいる」
いつかリリィに毒を吐かれた覚えがある。私は倫理観が破綻しているのだと。
魔術師としての素養……という意味で、つい最近にそう言われてしまった。
もしや、このことだったのだろうか。
子供にばかり戦わせるこの非道さを指して、彼女は何かを訴えようとしていたのだろうか。
「……か、考え始めたら恐ろしくなってきました。私は何をさせているのでしょう……」
「国民を守る、弱きものを救うと言いながら、子供であるユーゴにばかり危ないことをさせて……」
「突然どうしたんだよ、おい。やっぱり変だな、フィリアは」
変……
ユーゴは大きなため息をつくと、立ち止まって私の方を振り返った。
ジーっと私の顔を見たかと思うと、目が合った途端に顔を背けてしまう。
行動が変だと言うのなら、今のユーゴだって……
「……その為に呼んだんだろ。その、変な魔術で」
「その為に、それが出来るように、俺には特別な力があるんだろ」
「だったら、俺が戦うのは当たり前だろ」
「……当たり前……ですか」
それは……その通りなのだ。
それを望んで――国を救うべく、強大な戦力を求めて私は召喚屍術式を執り行った。
そこに力以外のものを望んだかと問われれば、首を振らざるを得ない。
けれど、現れたのが少年だったのだから、それは話も変わってしまうというものだ。
「それに、俺がやらないと他に誰がやるんだよ」
「いっつも付いてくるけど、あの兵士だって別に大して強くないしさ」
「俺がいなかったら、魔獣なんてまともに倒せないだろ」
「それも……はい、その通りなのですよね」
「ユーゴがいなければ、そもそも北だの南だのと、解放する場所を選ぶ権利さえ手に入れられなかったでしょう」
「ランデルの周囲を守るので手一杯でしたから」
じゃあ、それは無責任なんかじゃないだろ。と、ユーゴはそう言い切った。言い切ってしまった。
当事者にそう言われてしまうと……私からは、これ以上この話をどうこうする権利は残っていないように思えてしまう。
「別に、俺はそれでいいよ。やれって言われればやるし、やるなって言われればやらない」
「でないとさ……俺、怖い奴になっちゃうだろ」
「……怖い……ですか?」
ユーゴの言葉は意外なものだった。
怖い……というのは、恐ろしいという意味だろうか。
少年の口から自らを指すものとして、よもやそんな単語が出てくるとは。
「そうだよ、怖い奴。めちゃめちゃ強くて、言うことを聞かない。乱暴で迷惑な奴」
「それは嫌だ、かっこ悪い」
「こんなに強い力を貰ったからには、弱い奴を倒して威張るとか、ダサいからやりたくない」
「だけど、俺はまだ、誰が強くて弱くて、良くて悪くてとか、あんまり分かんないから」
「……だから、私の言う通りに戦う……と? そう……だったのですか……」
この子の口から自分の心の内を聞かされたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
ああしたい、こうしたい。というものではない。
自分がこうなりたいから、こうありたいから、だからどうしたいか。を、明確に話してくれたのは、間違いなく初めてだ。
心を開いてくれた……のだろうか。
それとも、人々に感謝されることで、自分の中に目的が生まれたのだろうか。
どちらにせよ、凄く凄く――
「……ユーゴ。やはり、貴方は優しいですね。その心がある限り、貴方は怖い人になどなりませんよ」
――凄く、喜ばしいことだ。
ふん。と、ユーゴはまた前を向いて少し早歩きで街の外へと出てしまった。
そんな彼が、私の望むとおりに、街の人々を守る為に戦ってくれる。
その背中を眺めていると、私の中にもまた勇気が湧いてくるようだった。
ユーゴは夕方まで休むことなく戦い続けて、そして夕食を食べるとすぐに眠ってしまった。
明日はもっと強いのと戦うんだ。と、そう意気込んで。
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