第十九話【向かうべき先は決まった】
約束通り屋敷の掃除を終えると、伯爵は満足げな顔で私達を見送ってくれた。
待っていた場所とは違うところから現れた私達に兵士は皆驚いたが、無事であることと、望んでいた情報を得られたことが分かると、すぐに安堵してくれた。
「では、戻りましょう。ユーゴ、帰ったら手伝いをして貰えませんか? これからの方針を、一緒に考えて欲しいのです」
「方針って……別にいいけど、俺が混じっても変わんないだろ」
変わらないなどあるものか。いいや、変えてゆくのだ。
伯爵の言う通り、すべて私が決めて指示をしていたのでは、ユーゴはいつまでも子供のまま。
彼の成長を阻んでしまっては、この国の将来にも大きくかかわってくる。
「貴方は貴方の思ったままに発言してくだされば良いのです」
「それが現実的かどうか、問題を取り除けそうか、代案が必要かどうかは、私がパールやリリィと共に考えますから」
「だったら最初からフィリア達だけでやればいいのに。別に、やれって言うならやるけど」
やはり、ユーゴは素直な子だ。
態度や言葉こそ素直ではないが、しかし結果としては素直に言うことを聞いてくれる。
それに、好奇心や興味を隠すことなく顔には出してくれる。
どこか嬉しそうな顔の少年を見ると、伯爵の計らいがどれだけ粋なものだったかを思い知った。
「……伯爵は凄い方でした。私も負けられません」
「凄い……か? 凄い変な奴って意味なら、まあ……」
変わった人物であるのは間違いない。
私もその言葉に同調して笑うと、ユーゴは子供らしい笑顔を見せてくれた。
宮へと帰ると、ユーゴは馬車から飛び出して私の前を歩いた。
やるんだったら早くしろ。と、言葉は悪くとも、期待を隠せない様子だった。
「では、部屋で待っていてください。貴方はまだ許可なく執務室へ入ることは出来ませんから。パールに事情を説明してきます」
「だったら俺の部屋でやればいいのに。別にどこだって一緒だろ」
いえ、そういうわけにはいきません。
これから行うのは、れっきとした公務。
ユーゴにも、ひとりの戦士として――現場を知る人間の代表として、意見を述べて貰うのだから。
彼にはまだどこか遊び気分があるかもしれないけれど、これから慣れていけば、いつかは役人として宮で共に働ける筈だ。
「そうなれば……ふふ」
「……なんだよ。早く行けよ」
彼は戦うことにしか興味を示してくれない……と、思っていた。
けれど、きっとそれは違ったのだ。
この世界に何があるのかを知らなかったから、興味の持ちようもなかっただけ。
まだ幼い、純粋な精神をしている。
それはつまり、まだ先入観にとらわれない思考が出来るということ。
「楽しみにしていますよ、ユーゴ」
「何をだよ。別に、楽しいことするわけじゃないだろ、盗賊を捕まえる作戦を立てるんだから」
彼はきっと、面白い意見を出してくれるだろう。
今日とは限らない。明日とも、明後日とも分からない。
けれど、きっといつか――この国が平和になった後にでも、彼は彼にしか思い付かないアイデアで、いつも通りすました顔で、国を良き方向へと進めてくれるだろう。そんな気がするのだ。
渋るパールを必死に説得して、私はやっと許可を取り付けた。
リリィはあんなにあっさり許可してくれたのに、パールはまだユーゴのことを信頼していないらしい。
そういえば、まだユーゴはパールとはロクに話をしていなかっただろうか。
ならば、むしろ好都合。
今日のこの機会に、ユーゴの人間性をパールにも知って貰おう。
「ユーゴ、許可が下りましたよ。さあ、いらしてください」
「随分かかったな。そんなに渋られるなら、やっぱりこっちの部屋で良かったんじゃないのか」
待ち時間が退屈だったのか、それとも口に出した言葉の通りなのか。ユーゴは少しだけ拗ねてしまっていた。
やはり、自分はまだ信用も信頼もされていないのだ、と。そう感じては腐ってしまって当然だろう。
「いえ、形式的な許可証などを発行するのに時間が掛かってしまうのです、こういったものは」
「それだけ重要な役割を、ユーゴはこれから担っていくのですから」
「そんなの別に要らないんだけどな」
少し……ほんの少し、熱が冷めてしまっている気がした。
この子はどうも、障害を前にすると挫けてしまいやすいのかもしれない。
挫折……とまでは言わないが、思い通りにいかないと、途端にやる気がなくなってしまう。
今回はまだ、好奇心が勝ってくれている様子だが……
執務室へ戻るとすぐ、パールは私とユーゴを席に着かせた。
子供が相手でもパールは態度を変えない。それは私が一番知っている、身をもって経験したのだから。
「では、陛下。バスカーク=グレイムから得た情報を開示してください。ユーゴ。貴方からも補足があればどうぞ」
「パール、そう威圧的な態度を取らないでください。本当に融通の利かない人です」
「ごほん。では、ユーゴ。パールの言う通り、私の説明に不足があれば補足してください。私の見落としがあれば、それも同じように」
ユーゴはまだパールのことを警戒しているようだが、しかし私の言葉には頷いてくれた。
ならば、早速始めていこう。
伯爵から得た情報と、そして授けられた策。
それを踏まえて、第一手を決定するのだ。
「伯爵からの情報によれば、盗賊団はヨロク以北、そしてカンビレッジ以東の複数の砦跡に拠点を構えているそうです」
「奇しくも、我々が防衛線を引いたその目の前に、盗賊団は根を張っていたようです」
これ以上は侵攻されてはならない。
苦肉の策で切り捨てた線の外側を、あろうことか魔獣ではなく人によって占領されてしまっていた。
これは、国としては最も恥ずべき結果だろう。
私達では不可能だったことを、彼らはやってのけたのだから。
「伯爵曰く、南東の砦では、魔獣とのせめぎあいが続いているそうです。もちろん、北も同じように魔獣の脅威にはさらされているでしょう」
「しかし、どうやら魔獣以外の脅威が、この国に巣食っているらしいのです」
「北の砦では、その脅威への対策を強いられているとのことでした」
「魔獣以外……もしや、魔人と噂される者たちでしょうか」
「しかし、ヨロク以北、カンビレッジ以東となれば、国が保有していた砦の半分近くが含まれます」
「それだけの拠点を構えられるような組織と、拮抗状態にあるとは……」
魔獣のように圧倒的な数の力を持つのか、或いは別の理由――盗賊団がそうであるように、切れ者の統率者がいるのだろうか。
もしもそうなのだとすれば、この小さな島国に、三つもの勢力がひしめき合っていることになる。
「……国が三つに裂かれてしまったかのような気分です。前王様の時分より、状況が悪くなっている可能性があるとは……」
「言わないでください……」
「さて、そういう前提のもとに、伯爵はひとつの策……いえ、方針を授けてくださいました」
北の競り合いには関与せず、まずは南を――このランデル以南を全て解放し、国力を増強する。
盗賊団も、そして北にあるという他の勢力も纏めて制圧出来るだけの戦力を揃えた上で、国をもう一度統一する……というもの。
パールは深く悩んで、そしてゆっくりと頷いた。
それが無難、最も堅実な手だろう、と。彼もそう感じたらしい。
「伯爵の言う通り、現時点では盗賊団も謎の勢力もと、一挙に相手取るだけの体力はありません」
「遺憾ながら、ユーゴがいなければ現状維持が精いっぱい。地区の解放など不可能でしょう」
「よって、まずはカンビレッジを目指し、拠点を定め、地区の復興と完全解放を成す」
「それが……それこそが、最も堅実なのでしょうが……」
「……陛下? どうかなさいましたか?」
「その伯爵という人物の素性は知れませんが、方針としては間違っていないかと」
「得体の知れぬ人物の手に乗って策を決めることは、確かに危険ではありますが……」
いえ。と、私はパールの言葉を遮った。
ユーゴはどこか不思議そうに、私とパールを見比べている。
もしかしたら、彼は私のこの姿が珍しいのかもしれない。
いつも彼に頼ってばかりの情けないところしか見せていないから、こうして国の為にと頭を抱える姿を見るのが新鮮なのだろうか。
もしもそうだとすれば――いいや。そうでなかったとしても――
「――私は、まずヨロクの街を目指します――」
「そして、可能ならば盗賊団と協定を結びたい。彼らもまた、国民に変わりありません」
「北に更なる脅威があるというのならば、そんな危険を彼らだけに押し付けることなどあり得てはいけない」
「私達は――アンスーリァという国は、ここに属するすべての人民を守る器でなくてはなりません」
「――っ! 本気ですか、女王陛下」
「貴方が手を差し伸べようとしているのは、善良な国民を傷付けたものたちですよ。裁かれねば、民は納得しません」
「少なくとも、盗賊被害に遭っている街の人々からは、強い反感を買いましょう」
それは分かっている。
けれど、それだけで彼らを切り捨てるわけにもいかない。
もう一度ひとつの国の民として手を取り合い、その上で罪は裁く。
それが、きっと何よりも正しいやり方だと思うから。
「彼らとて、盗まなくても済むものなら盗まなかったでしょう」
「しかし、彼らにそれを強いたのは、他でもないこの国の弱さです」
「ならば、その罪は私達も背負う責務がある筈でしょう」
「それを言い出してはキリがありません」
「国が見るべきものは、ひとつの組織、ひとりの人間ではない。陛下、お考え直しください」
いいや、それは間違っている。
人を見ずして何が国か、政治か。
私は思い知ったのだ。
現場で戦う人々を見なければ、見積書のひとつも書けやしないのだ。
こんなままでは、この国は一向に良くならない。
またも暗君に支配されては、二度目の反逆の体力も無いままに国は潰れてしまう。
「……それに、です。彼らが台頭し始めたのは、魔獣の侵攻が激化してから」
「魔王が台頭し、この国に強く影響を及ぼし始めてから、まだ長い年月は経っていません」
「それなのに、彼らはもう国の半分近くを……半分……近くを……」
うう。言葉にするとなかなかどうして……っ。
しかし、事実だ。認めなければならない。
私達がこれから対処する盗賊団は、この国の歴史の四分の一未満の時間で、国を半分占拠してみせたのだ。
この力をただ排除するだけなんて、そんなもったいない話があるだろうか。
「可能ならば、彼らとは協力関係を築きたい」
「経済、物流、それに軍事。少なくとも、それらの分野については、彼らの力で国を大きく成長させることが出来る。私はそう思うのです」
「……理想論ですよ、それは。しかし……」
パールも揺れている。
そうだ、これ以上の魅力は無い。
この国は、この宮は、この政治は、とにかく人材を求めている。
欲しかったものは、忌むべき敵の中にあったのだ。
ならば、それはもう敵ではない。
棘と硬い皮に覆われた甘い果物と同じ、苦労してでも口にする価値のあるものだ。
「ユーゴ、貴方はどう思いますか?」
「貴方の力があればこそ、この方針でも無理は出ないと……いえ」
「貴方の力がこれまで以上に発揮されるのならば、決して難しいことではないと私は考えています」
「……俺の……力って……」
ユーゴは少しだけ俯いてしまった。
きっと、話に混じれなかったから。
意見があれば述べるようにと言われて、ここまで何も言えなかったから。
自分が何も出来なかったから。と、自信を失っているのかもしれない。
けれど、彼ならきっと……
「……北に、もっともっと強いのがいるんだろ。だったら、盗賊団なんか無視してそっちを俺が倒せばいい」
「協力がどうとかは分かんないけど、倒すだけならいつでも出来る」
「そう……そうです。貴方がいれば、どんな障害も結局は同じですから」
パールも、頭を抱えてうめき声をあげたが、しかし納得してくれたらしい。
それが難しいことと、しかしそのリターンが破格であること。
そして、ユーゴの力があれば不可能ではないということ。
珍しく動揺してしまうくらいに悩んで、可能性を追う選択をしてくれた。
「伯爵には申し訳ありませんが、国としての矜持をしっかりと示す為にも」
「まずは北、ヨロク。そして、盗賊団との和平と、その更に北に存在するであろう脅威への対抗」
「方針はこれで決定しました」
まだ何も解決していない。
これからひとつずつやっていくしかないのだ。
分かっていても、少しだけ頬が緩んだ。
やっと――やっと、この国は走り出すのだな。
やみくもにではなく、明確な明日を思い描いて。
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