第十八話【知らされるふたつ以上の真実】


 湖を渡り、そして服を着替えると、私達はそのまま伯爵のいる部屋……もとい、広い空洞へと向かった。


「よく来たであーる。フィリア嬢も、今日はちゃんと服を着ているのであーる」


「そ、そんな、人を露出狂のように言わないでください」

「少しぶりです、バスカーク伯爵。盗賊団の調査、感謝します」


 するとすぐに伯爵自ら出迎えにやってきて、両手を振って歓迎してくれた。

 こうしていると本当に温和な男性でしかない。


 そんな彼が、今回は盗賊団の本拠地を探し当てるなどという大役を果たしてくれた……かもしれないのだ。

 疑ったことが発端とはいえ、この縁には感謝しよう。


「さて、早速本題に入るであーる。我輩は仕事の出来る男なのであーる」

「結論から言うと、本拠地――首魁の潜む場所までは分からなかったのであーる」

「それだけ重要な拠点がいくつも存在した、つまりは大きな組織になってしまっていたのであーる」


「いくつも大きな拠点を持つほどの組織……ですか」

「手をこまねいている間に、そんなことになっていたのですね……」


 それは……想像以上に深い問題が浮き彫りになったものだ。

 既に国中に蔓延っていることは知っていたが……


「フィリア嬢。そちはランデルの宮仕えだったのであるな。ならば、話は早いのであーる」

「調査したところ、どうやら国の防衛砦跡地を拠点として使っているらしいのであーる」


「いえ、宮仕えでは…………っ!? 伯爵、今なんとおっしゃいましたか……? 防衛砦跡地を……」


 そっくりそのまま乗っ取られているのであーる。と、伯爵は険しい顔でそう言った。


 そ――そんなことがあってなるものか。と、大声で怒鳴りたくなってしまう。そんなまさか……


「……いえ、確かに可能でしょう」

「伯爵。その砦跡地というのは、ヨロク以北、或いはカンビレッジ以東の砦のことでしょうか」

「でしたら、ならずもののアジトになってもおかしくはありません」


 思い当たる節はあった。


 ヨロクという街は、宮のあるランデルから少し遠い北の街だ。

 カンビレッジも同じように、少し距離のある南東の街。


 そのどちらにも共通するのは、国軍が最終防衛地点と認めたということ。

 つまり、そこより外は軍の力の及ばない土地になってしまっているということ。


「フィリア嬢は勘が鋭いであーる」

「その通り、ヨロク以北、そしてカンビレッジ以東の両方で、砦の使用が見られたであーる」

「おそらく、どちらも同じ組織によるもの――くだんの盗賊団によるものであーる」


 思っていた以上だった。

 両方……か。北か南、どちらかは完全に手中なのだろうと身構えていたのに、まさかその上をいかれるなんて。


 でも、こうなったらどうあっても同じだ。


「事情はなんとなく察しているのであーる」

「フィリア嬢が宮の役人である以上、国政の一環で盗賊団の逮捕に乗り出したのであーる」

「ならば、その為の策も伝授して欲しい筈であーーーるっ」


「っ! 策……そこまで考えてくださっていたのですか!?」


 バスカーク=グレイム。果たして何者なのだろう。

 私が女王であることには全然辿り着かないのに、私が欲しいものばかりを提示してくる。


 まさか、女王と分かっていて認められていない……という話があったりするだろうか。

 もっと精進しなければ、お前は王ではなく宮仕え止まりだぞ、と。


「簡単な話であーる。まず第一に、近辺の街を活性化させるのであーる」

「魔獣を排し、安全を確保し、そして人を集める」

「人が集まれば、自ずとそこには痴れ者が紛れ込むのであーる」

「そこを確保、そして証拠を手に入れるのであーる」


「……証拠? おい、カスタード。そんなことしなくても、盗賊団そのものを捕まえればいいだろ」


 そうはいかないのであーる。と、伯爵はユーゴをなだめた。


 そう、そうなのだ。伯爵の言う通り、そう簡単にはいかない問題なのだ。

 何故なら、盗賊団もまた、国民に変わりないのだから。


「……証拠も無しに逮捕すれば、当然反発が起きます」

「その時、こちらに正当性があると――いえ。不当な点がひとつもないのだと主張出来なければ、国民の不信を買いかねません」

「ただでさえこの国は疲弊しきっていますし、それに前王は、その不信から命を落としていますから」


「フィリア嬢の言う通りであーる。そち、もう少し学ぶのであーる」

「ふたりがただの町娘と田舎小僧であったなら、力尽くでの排除で問題ないのであーる」

「しかし、フィリア嬢は宮に使えるもの――つまり、盗賊団の排除は王命なのであーる」

「王が理不尽に人を捕えれば、当然民は怯えてしまうのであーる」


 そう、伯爵の言う通り。

 王命……私の意志、私の決定なのだから、当然これは王命だろう。


 この男は本当にどうも……読めない、食えない。

 本当に私を女王だと知らない、気付いていないのだろうか……


「そして、我輩としてはまず、南を――カンビレッジを目指すことをお勧めするのであーる」


「カンビレッジを……ですか。確かに、ランデルからではヨロクよりも近いですが……」


 しかし、優先順位を決める理由としては弱いだろう。

 距離が近いからというだけではない筈だ。


 勿体付ける伯爵を、ユーゴはジーっと睨んだまま首を傾げている。

 どうやらまだ伯爵を信用していないらしいが……


「こら、ユーゴ。駄目ですよ、そんな目を向けては」

「伯爵は私達の為に調べてくださって、そして策まで練ってくださったのです。十分信頼出来る方でしょう」


「……別に、そんなとこはどうでもいいんだけどさ……」


 どうでもいいとは言いながら、しかし不服そうな態度のままだ。


 もしかしたら、ユーゴは自分が頼られたいのだろうか。

 いつもその力を頼りにしている私が、他の誰かを頼って褒めているから……なんて。


 確かにユーゴは幼いが、しかしそんなに聞き分けのない子ではない。


「ごっほん。カンビレッジを優先する理由……であるが、これは逆と言うべきかもしれんであーる」

「まだ国力が十分でないなら――取り戻した砦を十全に機能させる余裕が無いのなら、北はしばらく放置すべきかもしれないのであーる」


「……北を……ヨロクを放置すべき……ですか? それはどうして……」


 これについては説明が難しいのであーる。と、伯爵が頭を抱えると、ユーゴはどこか嬉しそうに、意地悪な顔をしていた。

 この子は意外と聞き分けのない子だったのかもしれない。


 しかし、そんなユーゴには申し訳ないが、難しいだけで、出来ないとは言わなかった伯爵の能力は、やはり信頼も信用も出来る気がする。


「カンビレッジ以東の砦では、盗賊団と思しき連中も、魔獣との戦いを強いられていたのであーる」

「しかし、北の砦ではそれがあまり見られなかったのであーる」

「しかし――しかししかしであーる」

「何かへの対策を急がされている様子なのは、むしろその北の砦だったのであーる」


「対策……ですか。それは、魔獣……ではなくて、という話ですよね。しかし、何に……」


 そこまでは調査しきれなかったのか、伯爵は言葉を濁して目を伏せてしまった。


 しかし、この人物の調査能力は本物だ。

 コウモリを使役するという能力がそもそも信じがたいものだが、それを差し引いても高い観察力と推理力を持っているのだろう。

 私が女王であることも知らないというのに。


「なんにせよ、北の砦を取り戻すのは後回しにすべきであーる」

「砦よりも更に北に、もっと大きな問題が潜んでいると考えるべきであーる」

「ならば、まずは南を解放し、安定させるのが優先であーる」

「厄介者の相手は、厄介者に押し付けるべきであーる」


「北を先に解放すれば、盗賊団とその謎の問題とで板挟みになってしまう……というわけですね。なるほど、道理です」


 ユーゴの力をもってすれば、おそらくはどの脅威にも対処は可能だろう。

 しかし、ユーゴの力を借りねば対処出来ないのもまた事実。


 彼の身体はひとつしかない、彼が戦える戦場は常に限られる。

 ならば、伯爵の言う通りにすべきだろう。


 ひとつずつ確実にこなして、可能な限り誤算を無くす。

 それが、私の下すべき決定だ。


「ありがとうございます、伯爵。貴方のおかげで状況に希望が見えてきました。心よりお礼を」


「構わないのであーる。フィリア嬢の力になれたのであれば、我輩も本望であーる」

「それに、報酬の話は既に付いているのであーる」

「ならば、これは公平な取引。礼を言われる筋も無いのであーる」


 っと、そうだった。

 私とユーゴでこの洞窟を掃除する……という、なんともかわいい交換条件を出してくださったのだった。


 忘れてなかったのか……と、ユーゴはひどく不満そうな顔をしたが、むしろ忘れられていた方が高くついただろう。


 私達だけでは知りえなかった情報と、それをもとにした策。

 屋敷の掃除など、対価としては安過ぎるのだから。


「それでは、早速きびきび働くのであーる。フィリア嬢は玄関、そちは台所の掃除から始めるのであーる」


「はい、かしこまりました…………玄関、ですか。その……不躾なのですが……」


 安過ぎる……と、それはもしかして勘違いだったりするだろうか……?


 玄関……とは、まさかこの洞窟の――縦穴よりも上、馬車と兵士を待たせているあの入り口を指すのだろうか。

 ま、まさか……台所とは、食料となりうる動物や魚のいる場所すべてを示すものではないだろうか……っ!?


「玄関は玄関であーる。フィリア嬢も通ってきた筈であーる」

「おや……? そう言えば、どうしてフィリア嬢はあんなにもずぶ濡れで現れたのであーる?」

「はじめはサービスかとも思ったであるが、はて……?」


「……? ええと……その、この洞窟の深部には、地底湖を渡らなければ辿り着けなかった筈ですが……」

「その、はい。舟の準備を怠ったことは、私の落ち度ですが……」


 舟、であるか? と、伯爵は首を傾げる。

 どうやら、伯爵と私達の間に何か認識の齟齬があるらしい。


 舟は必要ない、地底湖など渡る必要はなかった……と?


「……フィリア嬢。もしや、そちらは裏庭から入ってきていたのであーる?」

「それはまた……危ないことをするであーる。あまり褒められたやり方ではないのであーる」

「まるで盗人のようであーる」


「裏庭……ですか。ええと……」


 ちゃんと玄関から入ってくるのであーる。と、伯爵は私とユーゴを連れて、洞窟の中を案内してくれた。

 地底湖から続く道とは違う、また別の道を。


 そうして辿り着いたのは、私達が入ったのとは全く違う横穴だった。

 どうやら、あの縦穴で繋がった、二本の洞窟があったらしい。

 私達は、わざわざその上の洞窟から降りて、伯爵の屋敷を訪れていたのだった。


 もっと……もっと早くに知らせて欲しかったと、少しだけ伯爵を恨みそうになってしまったのは、胸の中に秘めたままにしよう。

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