第十七話【いざ、情報を求めて】


 吸血鬼伯爵からの連絡。

 待ちに待ったそれに胸を高鳴らせ、私はリリィにその手紙を早く出すよう急かした。

 まだ執務室の机の前にも着いていない時の話だった。


「こちらです。開封と、ご確認を」


「ありがとうございます。さあ……はて? リリィ、これはいったいどう届いたのでしょうか……?」


 そうして興奮を抑えられない私の目の前に差し出されたのは、随分ぐしゃぐしゃになった、しかし綺麗な封蝋の付いた便箋だった。


「実は……その、信じ難い話なのですが……」


 手紙はこの部屋に直接届けられた。

 一匹のコウモリの足に括り付けられて。


 そんなリリィの説明に、むしろわたしは納得した。


「なるほど。コウモリを使役する能力は本物だったのですね」


「コウモリを……この目で見たにも関わらず、私には未だに信じ難い話です」

「どれだけ優れた調教師でも、離れた動物に指示は出せません」

「なのに、そのコウモリは便箋を外す間は大人しくしていました」


 かと思えば、役目を終えた途端に元気に飛び立ってしまった、か。


 やはり、あの人物は本物の吸血鬼のようだ。

 いや……血は吸わないとのことだったから、コウモリ男の方が正しい表現だろうか。


「それよりも、早く開封してください。これでもし、本当に盗賊団の本拠地が分かったなら……」


「っと、そうでした。リリィ、ナイフを」


 今はバスカーク伯爵が何男かなど問題ではなかった。


 私はリリィから小さなナイフを受け取って、便箋を直接貼り付けて閉じている封蝋に切り込んだ。

 封筒を用いていないのは、コウモリの運搬能力にるところだろうか。


「……よし、剥がれました。さあ……」

 妙なところで神経を使わされたものの、封は綺麗に剥がされた。


 このたった一枚の紙に、ずっと求めていた情報がある。

 そう思えば、心臓が暴れて胸が痛いくらいだった。のだが……


「……? 陛下、どうなさいましたか? まさか、拠点は調べられなかった……のでしょうか」


「……いえ。調べはついた……らしいのですが……」


 便箋に書かれていたのは、たった二行だけだった。


『情報過多

 至急屋敷まで参られよ』


 随分と達筆に、そうとだけ書かれていた。


「——リリィ。すぐに馬車を手配してください。ユーゴと共に、もう一度伯爵の元を訪れます」

「或いはこれは、想像以上に問題が深刻だという話かもしれません。一刻も早く全貌を知らなくては」


「かしこまりました。すぐに手配いたします」


 情報過多。ということだから、コウモリに持たせられる手紙では伝え切れないほど調べ上げてくれたのだろう。


 そして同時に、不慮の事故でそれが漏洩することを避けようともしてくれたのだ。


「……やはり、侮れない方ですね、バスカーク伯爵。或いは、かつては本当に爵位を持っていたのでしょうか」


 虚言癖の浮浪者という無礼な可能性は、これでほぼ潰えただろう。


 ただ、それでも素性の分からない、本心がどこにあるのか読めない人物には変わりない。

 警戒……ではないが、緩み過ぎないようにはしておこう。


 馬車と護衛の手配はすぐになされた。

 リリィの手際の良さには、感心させられると同時に、見習わなければと焦ってしまう。

 しかし、今はそんな劣等感も焦燥感も不必要。


「——ユーゴ。また、伯爵の元へと赴きます。付いて来てください」


「当たり前だ。早く行くぞ、フィリア」


 ユーゴに声を掛け、そして私達はすぐに馬車へと乗り込んだ。


 リリィに見送られ、また洞窟の屋敷へと向けて出発する。


 兵士達は皆懐疑的な目をしていたが、情報さえ持ち帰れば、彼らもきっと目を輝かせるだろう。


「フィリア、今日は馬車は止めるな。魔獣が出たら俺がすぐに片付ける。そのまま進み続けろ」


「分かりました。頼りにしています、ユーゴ」


 ユーゴの気合いは、過去一番のものだろうか。

 ただはしゃいでいるだけでなく、真剣な顔で馬車の進行方向を睨んでいる。


 馭者の背中越しにでも、彼は魔獣の影を見落とさない。見落としたことがない。

 その点については、兵士達ももう彼を信頼し切っていた。


 幸いにも、魔獣との遭遇は一度も無く、馬車は無事に洞窟の入り口へと辿り着いた。


 ここからはまた私とユーゴだけで。と、伝えると、やはり皆は良い顔をしなかった。

 しかし、足を止めている暇は無い。


「フィリア、行くぞ!」


「はい。皆、入り口と馬車の警備をよろしくお願いします。必ず無事に、情報を得て帰りますから」


 陛下! と、皆が私を呼び止めるのも振り切って、私とユーゴはまた真っ暗な洞窟へと飛び込んだ。


 今回は装備のほとんどを置いてきた。

 ランタンと、それから着替えを革袋の中に一通りだけ。


 またずぶ濡れでは、伯爵の機嫌を損ねかねない。


「……そういえば、ユーゴはずぶ濡れでも何も言われていませんでしたね。何故でしょう」


「っ。そ、そんなのなんでもいいだろ! 早く来い! デブ!」


 デ——っ。


 ああ、そうか。納得した。

 服が濡れて、私の体型があらわになったことが原因なのだろう。私の……


「……っ⁉︎ な、泣くなよ。ごめんって」


「い、いえ、泣いていません。泣いて……泣いてなど……」


 目頭がどうしても熱くなる。

 私もリリィのように美しい体型をしていたら……と、恨み言も溢しそうだ。


 無駄に背は高いし、目付きも悪い。

 その上、伯爵に目の毒とまで言われてしまうほど……太……っ。


 日頃の生活を改めようとそう胸に誓い、私はユーゴの先導のもと、また縦穴まで辿り着いた。


 前回よりも更に水気の多い地面に、先日の雨の影響を如実に感じさせる。


 こうなると、地底湖の水位もそれなりだろう。

 遂に私でも足が届かない可能性もあるだろうか。


「……っ。これは……大変ですね。いくら袋に入れて来たとはいえ、多少は乾かさなければならないかも……いえ、そもそもランタンに水が入らないようにするのも……」


 私の予想は大体合っていて、地底湖は縦穴を降りたばかりの私達の足を既に濡らしていた。

 こうなると、どうしても泳いで渡らざるを得ない。


 荷物を持ったまま、そしてそれを濡らさないようにしたままで。


「……フィリア。その……俺が泳ぐから、フィリアは俺に掴まってろ。そしたら荷物も濡らさなくて済むだろ」


「ユーゴ……はい、よろしくお願いします」


 ユーゴはどこか照れ臭そうにそう提案してくれた。

 歩み寄ってくれた……っ。


 ユーゴがその優しさを素直に向けてくれるのは、いつ以来のことだろう。


 初めて……ではない、筈。

 筈だが……彼はいつも、つんつんした態度を取ってばかりだから……


「では、失礼します。その……お……重たいかもしれませんが……」


「っ⁉︎ あ、あんまりくっつくな! デブ! バカ!」


 デ——っ。それに、馬鹿とまで……


 荷物を片手で頭の上に乗せ、そしてもう片方の腕でユーゴに抱き着くと、ユーゴはそうじゃないと言いたげに私から逃げてしまった。

 そんなに……そんなに私の身体は……っ。


「肩に掴まるくらいで……それだと、危ないか……? なら……しょうがないけど……」


「ええと……そうですね。あまり安定しませんし、そうなると荷物を落としてしまう危険も高くなります」

「出来れば背負うような格好で運んでいただけると……」


 ユーゴは凄く凄く渋い顔をした。そんなにも……っ。


 しかし、それが最善だと判断したのか、嫌々ながらも私の手を引いて湖へと入っていった。


 そして、水のかさがユーゴの腰よりも高くなると、乗れと言わんばかりに立ち止まって背中を向けてくれた。


「では……お、重たかったら無理はしないでください。今日は荷物も多いですし、服も……」


「い、いいから早くしろよ! このデブ!」


 デ————っ!


 そろそろ……そろそろユーゴに他の言葉を選んで貰えるよう提案した方が良いかもしれない……

 言われる度に喉奥が痛くなって、涙がこぼれそうに……


 子供ながら引き締まった筋肉をしているユーゴに抱き着くと、自分の身体の柔らかさ……柔軟性という意味ではなく。

 無駄な弾力が自分でも感じられて、なおのこと惨めになった。


「……ユーゴ。無理はしなくていいですからね……」


「っ。わ、分かったから動くな! デブ! このデブ!」


 も、もうやめてください……っ。

 それ以上は本当に泣いてしまいます。


 生活を改めますから。と、懇願すると、ユーゴは一辺倒だった罵倒を飲み込んでくれた。


 代わりに、バカ、アホ、マヌケ、と。どうにもチクチクと刺さる言葉を並べ始めたが……まだ……まだマシと言えるでしょうか……

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