第十四話【待つだけでは】
バスカーク伯爵に調査をお願いして二日。
それだけをアテにしていてはいけないと、私達も盗賊団についての情報を探し回っていた。
被害に遭った街を実際に訪れ、住民達に話を聞く。
しかし、そうして分かったことは……
「相当に賢い人物がいるようですね。それが首魁か、或いは首魁に助言を与える人物でしょう」
「どちらにせよ、ただ群れているだけの有象無象ではない、と」
「そうですね。パール、ラピエス地区の砦の建設はどうなっていますか。そろそろ期日の報告がある頃ですが」
……盗賊団の手口は、想像以上に巧妙だというもの。
誰もその姿を見ていない、誰にも気付かれずに盗みを働く。
ある程度の誇張はあっただろうが、しかし誰に聞いてもそんな答えが返ってきた。
それは、ただ夜の間に盗み入ったというだけではない。
魔獣に怯え、昼夜問わず常に警戒している人々の監視を掻い潜ったのだから、只ごとではないだろう。
「こちらを。建築士から送られた工期の見積書です」
「これ以上は資金の問題ではなく、物流の悪化——魔獣によって荒らされた道路や馬車、そしてそれらに携わる人員の減少が原因かと思われます」
「どんなに急いでも解決しない問題……ですか。それで……うう……まだ、これだけかかるのですね」
せめて解放した地区は守らなければ。
魔獣には襲われない。しかし、家財も作物も盗賊に奪われてしまう。それでは安全とは呼べない。
やっと人を集められる、安全に暮らせる場所を手に入れられそうなのだ。
「ならば、せめて警らを増やしましょう。ランデルからも兵士を送って構いません、見廻り隊を強化してください。魔獣の排除も必須です」
「何がなんでも、ラピエス地区を安全な場所に」
「小さな一歩ですが、しかし必ず希望を見せられる筈です」
「かしこまりました。手配いたします」
コウモリのシンボルに意味があるのだとすれば、それは夜闇に紛れて現れる……という手口を表しているのだろうか。
もしそうなら、単純に警備の数を増やすだけでも効果はある筈。
しかし、もしももっと別の意味を持っていて、手口も私達では想像も付かないようなものだとしたら……
「……待っているだけでは、向こうに策を練る時間を与えてしまいかねない」
「パール。これまでの被害の傾向から、向こうの行動を予測出来ませんか?」
「私とユーゴで直接迎え撃つことが出来れば、街に勇気を与えられます」
「……現状、難しいですね。しかし、不可能ではありません」
「予測は出来ませんが、誘導ならばある程度は可能かと。それと……」
パールはあれこれと策を練ってくれている。
しかし、彼の専門はそもそも、盗賊団の捕縛——警察仕事ではない。
毅然とした態度ではあるが、いつもに比べたらどこか自信も薄い。
やはり、人材が足りていない。この宮をより強固にしなければ。
「……どれも、即効性は望めません。どうしても後手を引いてしまいます」
「直接被害にあった街ですら、情報を得られないというのは……」
「そうですね……やはり、まずはそこからでしょう」
「伯爵からの連絡を待ちつつ、調査を続行してください」
「それから、以前お願いした話なのですが、世情に明るい人物を宮に招くことは出来ないでしょうか。ここは少々……いえ」
言葉は飲み込んだ。
この場所は、少々世間とはズレている。
私自身もそうだが、それに限らない。
兵士達も、役人達も、パールやリリィでさえも。
ランデルのこの宮の中と、実際に苦しんでいる街とでは、あまりに温度差がある。
今更ながら、ユーゴと共に外に赴いて分かった。
「そうですね。ここにいては……この安全な宮にいては、外の事情に実感が湧きづらいのかもしれません」
「陛下の出歩き癖には頭を痛めましたが、しかしそれで気付きがあるのなら……」
「そうなのです。吸血鬼の件も、街で流れている噂話よりも、更に薄い情報しか得られていませんでした」
「実際にバスカーク伯爵と会ってみれば、そんな聞いただけの知識は全て吹き飛びます」
「砦の建設についても、魔獣の被害についても、この目で見なければ、悩むことさえ出来なかったでしょう」
ならば、今すべきことはひとつしかない。
盗賊団への待ち伏せは難しい、今のままでは不可能かもしれない。
ならば、せめて視野を広げよう。宮から出て、現実を見よう。
ユーゴと共に、また街を救いに行く。
まだまだ解放すべき地区は多いのだから、どちらにせよ手を緩める暇は無い。
ペンを置いて、私は椅子から立ち上がる。
「……陛下。おっしゃることはごもっともです」
「しかし——貴女がそこから立ち上がり、街へ繰り出してしまえば、悩んだとて何も解決しないのです。さあ、お掛け直しください」
「ううっ……やはり……やはり今日はダメですか……?」
この流れなら……パールも納得しつつあるこの流れなら……と、勢いに任せて飛び出そうとした私を、パールは鋭い視線で押さえ付けた。
「……はあ。幸い、ここ数日は報告も少ないです。本日分を終わらせていただければ、余程のことがない限りは、明日には時間を作れるでしょう」
「っ! 分かりました。約束ですよ。約束ですからね」
余程のことがない限りは、ですよ。と、パールは念を押したが、しかし余程のことなどずっと起こっているのだ、この国では。
それらさえも超越した余程のことなど、尚のことユーゴの力が無ければ解決しない。
今日を乗り切れば、明日こそは外へ行ける。
ようやく向き合い方を理解し始めたばかりのユーゴと共に。
それは晩のことだった。
やっと共に食卓に着いてくれるようになったユーゴと、夕飯を囲んでいる頃。
赤らんでいた筈の空が急に暗くなって、ぱつぱつと窓を雨粒が叩くようになった。
「——雨、強くなるでしょうか。明日はやっと出掛けられそうなのですが……」
「天気予報とか無いのか? 別に、雨でも俺はいいけど」
ユーゴがよくても馬車がよくないのです。
事故の可能性も増えますし、それに馬もぬかるんだ足下では怪我をしやすい。
当然、重たい荷物は減らさざるを得ない。
そうなると、兵士達は余計にうるさいのですから。
身を守る手段が少ないのだから、私には自重するように、と。
「カスタードからはまだ連絡無いのか? ま、アテにはしてないけど」
「ユーゴ、そんなことを言ってはいけませんよ。まだ数日、いくらなんでも気が早過ぎます」
「それに、私達はあの人物の力量を知りませんから」
どうせ大したことない。と、ユーゴはため息をついてそう言った。
しかし、コウモリを使役する能力は、彼も目にしている筈だ。
もしもあれが真に吸血鬼としての能力なのだとしたら、侮れない可能性は高い。
どんなに警戒心の強い人間でも、コウモリまでは気が回らない、警戒のしようがないのだから。
「っていうか、カスタードはどうやって連絡寄越すつもりなんだろうな」
「まさか、こっちにまでコウモリ飛ばして終わり……とか」
「だって、そもそも俺達のこと何も知らなかっただろ? どこに住んでるのか、何してるのかとか」
「フィリアが女王だってことさえ知らなかったんだ。アテになるって、本気で思ってるのか?」
「……いえ、信じましょう。その……それは、単に興味が無かっただけでしょう。国や街というものに関心を持っていなかった様子でしたし」
「知りたい範囲を知る能力と、知りたいと思う範囲の広さは別ですから」
そう言われてみれば……
伯爵は私達に、どう連絡を取るのだろうか。
いえ、機を見てこちらからまた伺っても良いのだけれど。
それと……ユーゴの言う通り、世間に対してあまりにも無知と言うか、無関心と言うか。
自分の住んでいる国の王すら知らない……というのは……
「……いえ……いいえ。大丈夫、あの人物はただのひょうきんものではありません。広い視野を持っていることだけは確かです」
「むしろ、視野が広過ぎて、王も庶民も区別が無いのでしょう」
「いや、そこの区別は思いっきりしてただろ。俺のこと、田舎小僧の小庶民とか言ってたし」
伯爵という肩書きを自称している点でも、確かにそこは……いえ、いえいえ。
信じましょう、バスカーク伯爵を。
あの人物は、しっかりとした目を持っていた。
未来を——ユーゴの、子供の未来を見るしっかりとした目を。
それについては本当に疑う余地など無いのだから。
きっと。大丈夫な筈だ。恐らく。
「……だ、大丈夫です。大丈夫な筈です。きっと……」
不安は……不安は……っ。無い、無いのです。
伯爵についての不安は無い、あるのは国の将来に対する不安だけ。
なので、このもやもやは無関係、伯爵への不信などではありません。
やはり、どこかかの人物を信頼していない様子のユーゴも、きっと成果が出れば見方を変えてくれる筈。
そう信じて、今は明日に向けて英気を養いましょう。
明朝、雨と風の音に目を覚ました。
どうやら嵐が来ているらしい。
これでは荷物どころか、馬車そのものが出せないだろう。
落胆する私の元に、こんこんとドアを叩く音が届いた。
「……リリィですか? おはようございます。今朝は雨が凄いですね」
返事は無かった。
代わりに、ここを開けろと言いたげなノックがもう一度。
リリィではない……? では、パールが?
しかし、彼ならばやはり返事を……
「……? パール……でもないのですか? ええと……ならば……」
「——開けろ、フィリア。迎えに来たぞ」
その声はユーゴのものだった。
珍しい……どころの騒ぎではない。
私の部屋を彼が訪ねるのは初めてだ。
それに、自分から自室を出るのも初めてかもしれない。
大急ぎで部屋の鍵を開けると、ゆっくりと開かれたドアの向こうに、暗い中でも目をキラキラさせたユーゴの姿があった。
「——行くぞ。雨でも俺はいいって言っただろ」
「行く……って……こ、この嵐の中をですか⁈」
ユーゴは力強く頷いた。
す、少しだけ待って欲しい。
いくらなんでもこの風の中では……と、彼を説得しようとした。
したが……しかし、情にも似た考えが脳裏を
「……分かりました。ですが、せめて食事は摂りましょう。それと、荷造りもしっかりしていきましょう」
「いくら貴方でも、この大雨の中に飛び出しては風邪を引いてしまいます」
彼はずっと部屋の中にいたのだ。
今日やっと外へ出られると聞かされていたのだから、期待で胸がいっぱいだったのだろう。
それを思うと、雨だからおとなしくしていようとは言えなかった。
まだ誰もいないキッチンからパンとハムを持ち出して、まるで盗人のように私達は宮を飛び出した。
厚い革のローブを身に纏って、雨の音に紛れながら。
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