第十三話【実は頼もしい……?】


 さて。身体も乾いて伯爵の機嫌も直ったのだから、早速本題に入ろう。


 だが、どう切り出したものか。


 さっきの今で何度も失礼を働くわけにはいかない。

 相手が誰であれ、礼を欠けば関係は壊れてしまう。


 このバスカーク=グレイムという人物は、ユーゴが警戒心を向けていない貴重な相手だ。

 出来るだけ良好な関係を保ちたい。


「なあ、カスタード。盗賊団とか知らないか? コウモリのマークが目印らしいんだけど」


「バスカークであーる。ごほん、それで……はて? 盗賊団……であーる?」


 待っ——⁈


 どうしたものかと頭を抱える私を他所に、ユーゴはあまりに真っ直ぐな言葉を伯爵に向けた。


 そ、それではもう、貴方を疑っていると言っているのと変わらない。


 どうして自分にそんなことを尋ねるのだろう。と、そこに考えが至ってしまえば、自ずと自身に向けられた懐疑に気付いてしまう。


「……物盗りであれば先日この屋敷にも現れたであるが……しかし、団ともなると……」


「おい。それ、俺のこと言ってるのか? こんな何も無いとこに、わざわざ泥棒なんてしに来ないよ」


……おや? 氏は自分が疑われているとは気付いていない……のだろうか。

 それはそれで心苦しいのだが。


 しかし、疑念を自ら表明して波風を立てる必要も無い。

 気付かれていないのだとしたら、このまま穏便に話を進められないだろうか。


「お前、この前コウモリに命令とかしてたから。何か関係してるのかなって」


「っ⁉︎ ゆ、ユーゴ! どうしてそんな……」


 穏便に……進めたかったのですが……


 ユーゴの問いに、伯爵は目を丸くして黙ってしまった。


 当然だ。面と向かって、お前が盗賊を率いているんじゃないかなどと言われれば、誰でも驚くし憤る。

 悲しみもするし、それに相手に嫌悪感を抱くだろう。


 どんなに温厚な人物であっても、大した根拠も無しに疑われたとなれば……


「我輩はそんなの知らないであーる。そもそも、他人から盗みを働かなければならぬほど落ちぶれておらんであーる」

「そちは相変わらず無礼であるな。そんなこと、面と向かって聞くものではないのであーる」

「知らない……か。だってさ、フィリア。なら、もう用事も済んだし帰るか?」


 もう帰ってしまうのであーる? と、ユーゴの言葉に伯爵は寂しそうな顔をした。


 ええと……は、話が早く済み過ぎてしまってまだ追い付けていない。

 何から謝るべき、確認すべきなのか。


「申し訳ありません、バスカーク伯爵。いきなり無礼なことを尋ねてしまって」

「その……それで……あの……お、怒らないのですか……?」


「怒らないのであーる。ユーゴとやらの無礼は先日からずっとであるし、それに怒るほどの話も無かったであーる」

「フィリア嬢は、今の話は怒るべきものだと思ったのであーる?」


 怒るべき……だろう。


 疑われたのだ。

 全く無根拠とは言わないが、しかしあまりにも薄い証拠で盗みを疑われたのだ。


 名誉を傷付けられたのだから、それには当然怒るべき……筈だと、私は思っていたのだけれど……


「疑われるのには慣れっこであーる」

「それに、フィリア嬢は既に一度我輩を信じてくれたであーる」

「ならば、その疑いはきっとすぐに取り下げてくれると、こちらも信じるのであーる」


「……っ。寛大な処置に感謝いたします」


 ズグ——と、胸の真ん中に重たい痛みが走った。


 疑われるのは慣れっこ……か。


 そうだ、私達はそもそもこの人物を——吸血鬼という存在を、危険なものではないかと疑って確かめに来たのだ。


 結果としては、温厚で無害な人物だと分かって……納得して安心したのは、こちらだけの都合。

 そもそも吸血鬼の噂が流れていた以上、彼はそれ以前にも……


「さて。その盗賊団とやらに何か盗まれたのであーる? ならば、我輩に任せるのであーる。探し物は得意であーる」

「我輩の使い魔達に頼めば、大体なんでも見付けてきてくれるのであーる」


「——っ! な、なんでも見付けてきてくれる……というのは、たとえばその盗賊団の首魁……いえ、本拠地といった、人や場所なども探し当てられるのでしょうか?」


 もちろん、お安い御用であーる。と、伯爵はあまりにも簡単に、平然と、子供のお使いを引き受けるように頷いた。


 こ、こんなに調子良く話が進んでいいのだろうか。

 不安なのは私ひとりだけ……?


 バスカーク伯爵は胸を張って嬉しそうにしているし、ユーゴはそれを見てどこか不満げな……ど、どうして不満げな顔をしているのですか……?


「ただし、相応に対価は支払って貰うであーる。フィリア嬢だけでなく、そちにもであーる」

「これ、ちゃんと話を聞くであーる。ユーゴとやら、これ」


「対価……ですか。もちろん準備させていただきます。しかし……私だけでなく、ユーゴにも……というのは?」


 対価であれば、当然支払う用意はある。


 もしも本当に盗賊団の本拠地を突き止められるなら、その情報にはいくら払っても惜しくない。

 それだけ問題が大きくなっているのだ。


 しかし……その対価を、私とユーゴで別に要求する……というのは理解出来なかった。


 ただ金銭をやりとりするだけならば、どちらが出どころであろうと、最終的に望む額に達すれば問題無いと思うのだけれど。


「労働であーる」

「見たところ、フィリア嬢はそれなりに立派な家の娘のようであーる。しかし、ユーゴとやらはどう見ても小庶民、田舎小僧であーる」

「同じだけの対価を求めるのは、酷というものであーる」


「それなり……そ、そうですね。しかし、です。であるならば、私がユーゴの分までお支払いすれば問題無いのでは?」

「そもそも、盗賊団について知りたいのは私の方です。ならば、何もユーゴに労働を強いてまで……」


 勘違いは良くないであーる。と、伯爵は私の言葉を遮った。

 勘違い……とは。


 盗賊団の壊滅は私の——国の願望で、ユーゴはその為に協力してくれているに過ぎない。

 ならば、その対価は私が支払うべきものだ。

 私だけが、それを背負うべきだ。


 それが何か間違っている……と?


「働くのはフィリア嬢も同じであーる。我輩は金など別にいらんのであーる」

「要求するのは、ふたり分の労働力であーる」


「労働力……ですか。ええと……ならば尚更、私から対価として金銭をお支払いした方がよろしいのではないでしょうか」

「そうすれば、街でもっと大勢に募集をかけられますし……」


 伯爵は凄く凄く苦い顔を私に向けた。

 そ、そんなに間違ったことを言ってしまっただろうか。


 バスカーク伯爵は、退屈そうにあくびをしているユーゴをチラチラと確認しながら、私の方へとゆっくり近付いてきた。

 彼に聞かせたくない話がある……?


「……フィリア嬢。それは、大人のやり口であーる」

「どんな事情であれ、ふたりで来たならふたりのお願いであーる」

「ユーゴとやらはまだ幼い、なんでもかんでも大人が代替していては学びが無いのであーる」

「それでは、あの無礼な田舎小僧のまま、いつまでも成長出来ないであーる」


「っ。そ、それは……」


 なんと耳の痛い話だろう。

 どうやら彼は、私達をただの子供として扱っているようだ。

 ただの子供にしか見えぬほど、私達は頼りなく、不甲斐ないらしいのだ。


 なんということだろう。

 リリィやパールに同じことを言われ、やって貰っているのに、私はそれを理解出来ていなかったのか。


「それでは、早速使い魔を飛ばすであーる。何か分かり次第連絡するであーる」

「その暁には、この屋敷をピカピカに掃除して貰うであーる」


「掃除って……もうとっくにピカピカのツルツルだろ、ここは」

「土と砂を掃き出せって言うなら、そんなのいつまで経っても終わらないぞ?」


 つべこべ言わずに働くのであーる。まだ何も見付けてないんだから、働かないよ。と、伯爵とユーゴはそんなやり取りをして盛り上がっていた。


 ああ、そうか。違ったのだ。ユーゴは人が嫌いなわけではなかったのだ。


「……私が……私と、その周りのものが……」


 ひとりの人間として、対等に向かい合ってあげられてなかったのだ。

 だから、伯爵の前では子供らしさを素直に出せるのだ。


 丁寧に、慎重にと気を使うばかりの私や、そんな私を見て腫れ物を扱うような態度の兵士とは違う。


 このバスカーク伯爵も、リリィも。ユーゴと真正面から向き合っているから……


「フィリア、帰るぞ。おい、カスタード。散々言ったんだ、ちゃんと調べろよ。何も見つからなかったとか言ったら、ここの床にデッカい穴あけてってやる」


「ぶ、物騒なこと言うんじゃないであーる。そちはいい加減我輩を敬うのであーる」


 敬う……か。


 子供。異世界の死者。

 何も分からない、けれど力だけを持っている不安定な存在。


 私が彼に抱いていた認識の、どこに敬意があっただろう。


「……ありがとうございます、バスカーク伯爵」

「本拠地を見つけていただいた暁には、ユーゴと共に精一杯ご奉仕させていただきます」


「任せるであーる! フィリア嬢、気を付けて帰るのであーる」


 なんで感謝してるんだ、あんなやつに。と、ユーゴは憤慨していた。


 だが、きっと彼もいつか分かってくれる……いいや。あの人物の偉大さを理解出来る日が来る。

 それも、きっとそう遠くないだろう。


 伯爵に見送られ、そして私達は洞窟を戻っていく。

 ほんの僅かに水位の上がった湖を泳ぎ渡って、また馬車に乗って宮へ帰るのだ。


 予想以上の収穫と、想定外の気付きを得て、私の心はどこか満ち足りた気分だった。

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