第七話【希望を振り撒くもの】
すべきことが決まった。
大き過ぎる理想から、目の前に書いて表せるだけの分かりやすい目標に絞り込むことが出来た。
国を良くする。国を立て直す。政治を立て直す。
その為に、能力のある人材をかき集める。
その目標は、偶然にももうひとつの目標と並行して達成して行けそうなものだ。
「おい、フィリア。今日はどこ行くんだ。ちゃんと強い敵が出てくるんだろうな」
「はい。きっと強敵が出てきます。これまでに無いほどの強敵が」
鼻息を荒げるユーゴと共に、私は今日も馬車に乗り込んだ。
各地を赴き、国の中から魔獣を排除する。
旅人まがいな真似はよすようにとパールからは口酸っぱく言われるが、しかしこれも成さねばならない大切な使命。
今までこの国の軍事力だけでは抑えられなかったのだから、ユーゴの力に頼る他無い。
なら、私がそれを先導しなければ。
「ユーゴ。これからは、戦う以外の時間も増えてしまうかもしれません。どうか、ご容赦ください」
「貴方をより強いものと戦わせるには、順序立てて物ごとを解決していかなければならないのです」
つまらない時間はいらない。と、そうゴネられるかと身構えたが、しかしユーゴは何も言わなかった。
興味無さげにではあるが、私の言葉に納得してくれたらしい。
小さく頷いて、覗き窓の外の景色を眺めていた。
「……ありがとうございます。やはり、貴方は優しいですね」
「別に。そうしないと強いやつと戦えないんだろ。じゃあ、ちょっとくらいはいいよ」
そう言うと、ユーゴは完全にそっぽを向いてしまった。
照れ隠し……なのだろうか。
それとも、本当に私に関心が無いだけか。
まだ私では、彼の本心を推し量れない。
私がたまに話しかけて、ユーゴがそれにそっけなく答えるだけ。
そんな寂しい馬車での移動も終わり、私達は宮のある中央都市ランデルから少し離れた、大きな川に面した街へと到着した。
街の名はバリス。まだ、魔獣の爪痕の多く残る街だった。
「女王陛下。ご足労頂き、心より感謝致します」
「出迎えご苦労。早速ですが、街の現状を詳しく聞かせてください」
街を守る砦は既に機能しておらず、魔獣が街中まで侵入してしまう有り様。
畑は荒らされ、作物の安定した供給は難しい。
狩りに出ようにも、森にも山にも魔獣の棲家がある。
それでも、幸い河川だけはこの街の味方であった。
水資源と川魚、そして水棲の昆虫や爬虫類が、住民の生活をギリギリで成立させている、と。
聞かされた話は、要約するとそんなところだった。
「……申し訳ありません。私に力があれば、もっと早くこの国の軍事を立て直せたのに」
「私の至らなさが、この街を長く苦しめてしまいました」
「い、いえ、滅相もございません」
「前王様亡き後、陛下は幼くも国を支えて来られました」
「それを、国の疲弊の原因が貴女様にあるかのような言い方はおやめください」
いいや。なんと言われようと、これは私の責任だ。
それが王なのだ。
故に、父は暗殺されたのだから。
国の危機を救えずして、民の生活を守れずしては、王はその責務を全う出来ているとは言い難い。
せめて魔獣の被害だけでも、今日この時から対処しなければ。
「近辺に棲まう魔獣について、何か情報はありますか?」
「特徴……外見でも、食性でも、棲息域でもなんでも構いません」
「分かっていることがれば、なんでも教えてください」
「はっ。まず、街の南東————」
この街を襲う魔獣は、大別して三種類。
ひとつ、森から頻繁に飛んで来る、猛禽のような魔獣。
ひとつ、その森の更に深いところから稀にやってくる、イノシシのような魔獣。
ひとつ、平原を堂々と闊歩する、家屋の柱を齧ってしまうネズミのような魔獣。
もちろん、そのどれもが、細かく見た時には別の種である可能性は高い。
しかし、大まかには三種類の被害が出ている……と。
「最優先は飛来する魔獣……ですが、しかしそれを攻めるには策が必要ですね」
「であれば、せめて身を守る為の建物を保護しましょう」
「ユーゴ、このまま街の外へ出ます。小さな相手ですが、油断はしないように」
「囲まれてしまえば、貴方といえども身体を齧られてしまう恐れがあります」
「そんなヘマするか。それより、森の奥にいるデカいのは倒さないのか? どうせならそいつと戦いたいんだけど」
もちろん、最終的には倒さなければならない相手だ。
しかし、いっぺんに全てを相手にするのは難しい。
それは、ユーゴの問題ではない。
彼の力があれば、どれだけの魔獣が相手でも遅れは取らないだろう。
問題なのは、向こうの都合だ。
「三種の魔獣のそのどれもが、全く同じタイミングで動くとは思えません」
「であれば、倒しやすい相手から確実に仕留めて被害を減らすのが先決です」
「飛行型の魔獣は、最も被害を出す厄介な相手です」
「ですが、こちらから攻め込んだ時にはもう飛び立っていた……となれば、無駄足になります」
これは、待ち伏せるのが最も堅実で間違いのない対処でしょうか。
であるなら、街からあまり離れずに戦える相手を先に。
そもそも、大型はなかなか森から出て来ないという話だ。
なら、それが大人しくしている間に、他の問題を片付けてしまう方がいいだろう。
私の練った拙い作戦でも、ユーゴはそれに納得してくれた。
「では、すぐに準備して出発しましょう。ユーゴ、馬車から荷を下ろす手伝いをしてください」
荷物といっても、何も武器や兵器など入ってやしない。
魔獣の情報を書き込む為の筆記具と、それから食料と飲料。
地図と測量器も一応入っているが、ここらの地形はしっかりと情報が得られている。今はまだ必要無いだろう。
「それでは、行って参ります。皆、引き続き街の警護をお願いします」
「お、お待ちください陛下! 陛下自ら赴かれるのですか⁉︎ それに、近衛兵もロクに率いておられません。そんな少人数ではあまりに無謀です!」
馬車で共にやって来た少数の兵士と、そしてユーゴだけを率いた私を、街の衛兵は鬼気迫る顔で引き留めた。
その反応も無理は無い。まだユーゴの力はこの街には知れていないのだ。
そうなれば、今の私は計り知れないほどの愚か者に見える筈だ。
しかし、少年の強さを口で説明したとして……
「——大丈夫です、心配は必要ありません。精鋭を揃えて参りましたので」
「で、ですが……」
参りましょう。と、先頭を切って歩き出す私の姿は、話に耳を貸さぬ愚王に見えるだろうか。
しかし、今はそれでも構わない。
ユーゴという圧倒的な存在を、その力を、実績によってこの国全土に知らしめる。
そうすれば、皆希望を抱く筈だ。
全ての危険を排除する救世主の姿に、明るい明日を思い描ける筈なのだ。
ネズミのような魔獣が現れるのは、街の近辺全域という話だった。
つまりはどう歩いても見付かるのであろう。
囲まれぬようにだけ気を払いながら、私達は石レンガの道路から砂の地面へと足を踏み出した。
「……フィリア、止まって。もういる、それもそこそこ多い」
「もしかしたら、さっき馬車で来た時に起こしたのかも」
「もう……ですか。こんな……」
まだ街から出て、どれだけも歩いていないというのに。
こんなにも近くに魔獣の脅威があっては、住民の安寧などどこにも存在しないではないか。
これは一刻も早く解決しなければ。
「——こんな小さいの相手するのか。剣なんて振り回しても効率悪そうだな、これじゃあ」
「っ! そういえば……ユーゴ。貴方、まだこんなに小型の魔獣とは一度も——」
——ガチャンっ。と、音がして、私の目の前に見覚えのある剣が投げ捨てられた。
私が与えたユーゴの剣だ。
それを、鞘とベルトごと脱ぎ捨てて、まるでそれで身軽になったと言わんばかりに、ユーゴは真っ直ぐに飛び出して行った。
「——ユーゴ!」
まだそう離れていない、私達からもその背中が見える距離で、ユーゴは砂と共に何かを蹴飛ばした。
ギ——ッ。と、嫌な音がして、ボトンと大きな肉の塊が地面を転がる。
実験用のネズミとは全然違う、大人の足ほどもある醜悪な魔獣が、ユーゴの回りに集まり始めたのだ。
「いつの間にあんな数が——っ」
「陛下! お下がりください!」
そうか——っ! あの体色が——毛の色が、乾いた砂の黄土色と同化していたのだ。
派手に動き出すまで、私達では気付けなかったのか。
これらによる被害は、主に建物へのものばかりとは聞いていたが、しかし何かの拍子に襲われればやはり脅威だ。
回避のしようがないというのは、それだけで移動の妨げになってしまう。
「——邪魔だ——っ! うらぁ!」
ボゴ——っ。ボグ——っ。と、ユーゴが足を振り上げる度に鈍い音がして、大きな黄土色の塊が宙を舞う。
今までは全ての敵を剣で斬り倒してきたユーゴだが、どうやら武器を使わない戦いでも、問題無く順応出来そうだ。
その後、現れた魔獣の全てはユーゴの手によって退治された。
ただの一匹すらもこちらで対処する必要も無く、完全にひとりだけで制圧してみせた。
この世のあらゆるものよりも強い——と、そう銘打たれた彼の力は、まだまだ底を見せる様子が無い。
「——うん、終わった。ここらのは……ってだけだろうけど。でも、もうこっちにはネズミはいない」
「じゃあ、このまま街の外ぐるっと回って、蹴っ飛ばしてけばいいのか?」
「お疲れ様です、ユーゴ。このまま全ての……と、話を急ぎたいのは私も同じですが、一度街へ入りましょう」
「飛行型の魔獣がいつ襲って来るか分かりません。それに対する備えもしなくては」
まだ飛んでくる姿は見えないけどな。と、少しだけぼやいて、それでもユーゴは私の後に続いて街へ戻ってくれた。
可能なら……望むべきでないとは分かっているものの、可能ならば街中で彼の戦闘を皆に見て貰いたい。
散々脅威をもたらしてきた魔獣が、彼の手によって蹴散らされるさまを。
不用心で不謹慎な願いだとは分かっている。
それでも、一刻も早くこの街の人々に希望を知って貰えれば……と。
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