第18話 甘い罰とご褒美
リリーシュの質問に、ロードバルトの表情が固まった。
「君は……つくづく凄い人だね」
「え、は、はあ?」
不意にそう言われ、どこら辺が? と疑問を顔に出した。
「やはり君がいい」
「?? え、何が?」
「私の相手は、君しかいないと言ったんだよ、リリーシュ。やはり君は私にとっては得難い存在だ。ますます君を離したくなくなった」
「ひゃっ、あ、あの、で、でで殿下?」
腰を抱き寄せられ、名前呼びは慣れていないため、焦るとつい「殿下」と言ってしまう。
「ロイだ。今度私のことを『殿下』と言ったら、その口に罰を与えるぞ」
「え? 罰って? 何のことですか、殿下」
気安く名を呼んだと処罰されるのならわかるが、畏まった言い方が逆に駄目だと言われ、つい焦っていつもの呼び方をしてしまう。
「ほら、言ったそばから。やはり体で覚えないと駄目だな」
「え、体? で…んんん」
顎を掴まれ、リリーシュは再びロードバルトに口を塞がれてしまう。
この前はグラシア伯母さんに見せつけるためだったが、今度は馬車で二人きりなので、誰に見せつけるためでもない。
腰に手を添え、がっちり抱き寄せられ、リリーシュは彼の胸に手を置いて必死に押し退けようとするが、びくともしない。
それどころか、掌から伝わるロードバルトの固い胸の感触と熱を感じ、ますます動揺する。
「ぷはぁ」
唇が離れ、リリーシュは思い切り息を吸った。
「で、殿下…」
「ほらまただ。それともわざとか?」
「ん…んんん」
またすぐ口を塞がれ、リリーシュは目を見開く。
「は、はあはあはあ」
呼吸のタイミングが合わなくて、軽く呼吸困難に陥り、唇が離れると軽く目眩がしてロードバルトの方に倒れそうになった。
「おっと、大丈夫か?」
「…、じゃないです」
「え?」
少し呼吸が落ち着いて、リリーシュは涙目をロードバルトに向けた。
「ちっとも大丈夫じゃないです。もう、し、死ぬかと……」
「だって、いつまでもリリーシュが私のことを名前で呼んでくれないから」
「だ、だからって、そんなの、急には無理です。なのに、い、一度ならずニ、二度も……」
「まあ、単に私が君とキスしたいからというのもあるけど、ここまでしたら、君も体で覚えるかなと…」
「し、したいから…女嫌いじゃ、なかったのですか?」
罰と称してリリーシュの唇を奪うなど、これまで女性嫌いで、過ごしてきていたのは、何だったのか。
「嫌いだよ。君以外の女性はね」
「私……以外?」
「そう。リリーシュだから、好きなのであって、女性が好きなわけではない。そこのところ、重要だからね。あ、一応言っておくと、同性愛者でもないよ」
「は、はあ……それは特に疑っていませんでしたけど」
女嫌いで有名だったけど、男性たちとも、分け隔てなく接していた。一番親しそうだったのはフェリクス殿下だった。
「本当に? 一部ではフェリクスとの仲を疑っていた者もいたしな」
「そういう話をする相手もいませんでしたから」
リリーシュは、どちらかと言うと、学園でも浮いた存在だった。
ロードバルト達も、王族ということで一目置かれ、遠巻きにされていたが、リリーシュとは真逆の意味でだ。
「学園の行事でも、誰にも誘われませんでしたし」
だからと言って、苛められていたとかはないが、学業以外の思い出があまりなかったのは、今思えば少し残念な気もする。
「本当は、誘いたかった」
「え?」
声は小さかったが、すぐ近くにいるので、ロードバルトの言葉をリリーシュは声を拾ったが、全てを聞き取れなかった。
「あの、で、ロイ様?」
「ん〜、今のはギリギリ及第点かな」
何とか今のは赦してもらえたようだと、リリーシュはほっとした。
「その顔、今あからさまにホッとしたね」
「え、いえ、そういうわけでは……」
「気が変わった。やはりさっきのも」
「わ〜、ロ、ロイ様、ま、待って」
リリーシュの反応にムッとしたロードバルトが、またもやキスしようとするのを、自分の手をさっと間に挟むことで、何とか阻止した。
掌に、フニャリとロードバルトの唇が触れる。
「拒むつもりか?」
「め、滅相も……いえ、そうではなくて、だ、駄目です。ロイ様の唇は、罰に使われるなんて、も、もったいないです。人によっては、それは罰ではなくて、ご、ご褒美ですから」
「へえ、そんな風に思ってくれるんだね」
二人の顔の間にあるリリーシュの手を掴んでずらすと、嬉しそうに微笑むロードバルトの顔が見えた。
「ば、罰というのはその人にとって、嫌なことをするものですよね」
「じゃあ、リリーシュは、嫌じゃなかったってこと?」
「そ、そういうわけでは……き、期待していたわけでも、ありませんけど…い、いつもいきなりだから、こ、心の準備というのもが……ロイ様となんて、か、考えたこともなくて…」
ゴニャゴニャと、リリーシュははっきりしない物言いで呟く。
「で、リリーシュは嫌なの? 嫌じゃないの?」
顔がぐっと近づき、紙一枚の厚さくらい離して、ロードバルトの唇がリリーシュの唇に近づく。
しかし、リリーシュの顔は自分でもはっきりわかるくらい真っ赤で、言葉より先に考えていることが、手にとるようにわかった。
それでも、敢えてロードバルトは質問する。
「お、驚きはしましたけど、い、いや…とは…」
リリーシュの視線が泳ぐ。
「リリーシュ、こっちを向いて」
蕩けるような甘い声で、ロードバルトが優しく促す。
ゆっくりと、リリーシュは明後日の方向に向けていた視線を、ロードバルトに向けた。
「今から、君にキスしていいか?」
いきなりは困ると言ったが、改めてそう問われるとやはり恥ずかしい。
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