第19話 国王陛下とのお茶会

「君がリリーシュか」

「拝謁賜り恐悦至極にございます、陛下。リリーシュ・マキャベリと申します」


 覚えたての作法で、リリーシュは国王陛下に挨拶をした。


「そう畏まらずともよい。我々は身内になるのだから」

「そうだよ、リリーシュ、顔は怖いが兄上は優しい方だ。顔は怖いが」

「二度も言わなくて良い」

「あれ、そうでしたか?」


 兄王と軽口を言い合うロードバルトは、リリーシュが知っている彼とはまた少し違った。

 年齢差はあるが、仲の良さが伺える。


「まあ座りなさい」


 国王は向かいの席を二人に促す。

 ロードバルトが「さあ、リリーシュ」と言って、彼女のために椅子を引く。

 貴婦人のような扱いに戸惑いつつも、リリーシュは「ありがとう」とお礼を言って座った。

 ロードバルトは「どういたしまして」と、愛しげな視線を彼女に向ける。

 そんな彼女たちの様子を、にこやかに見守る陛下の表情を見て、二人の間にロマンスがあると思っている陛下を騙していることに、リリーシュは罪悪感を覚えた。

 すると、彼女の気持ちを汲んだロードバルトが励ますかのように、すっとリリーシュの手を握ってきた。

 ある意味共犯者でもあるロードバルトの存在が、彼女を勇気付けた。


「お父上のことは、残念だったな。彼の発明にはいつも驚かされた。まだまだ素晴らしい品をこの世に送り出してくれると期待していたのに」

「陛下にそのように仰っていただけて、父もあの世で喜んでいると思います」


 父のことを思い出し、リリーシュは少し感傷に浸った。


「家族を失うということは、心にぽっかり空いた気持ちになる。同じようには行かないだろうが、ロードバルトとの縁で、新しい家族が出来たと思って、何でも頼ってほしい。兄というには父君と同年代になるので、烏滸がましいが、父親代わりとでも」

「そんな、陛下…畏れ多いことでございます」


 父の死は悲しいことだが、国の一番偉い人を父親と呼ぶのは急には無理だ。


「兄上、勝手に名乗りを上げないでください。アントニオさんを父と呼ぶことが出来なかったのは残念ですが、まずは私の惜しみない愛情をリリーシュに注ぎ、彼女を支えますから。ね、リリーシュ」

「……で、ロ、ロイ…そんな、陛下の前で……」


 添えた手をギュッと握り、国王の目の前で砂糖のような甘い言葉をさらりと言ってのけるロードバルトに、リリーシュはチラチラと陛下の方に視線を向ける。


「ふふ、まったくリリーシュは照れ屋だね。そこもまた可愛いのだけど、もう少し大胆に振る舞っても、兄上は気にしないよ」

「ここは王宮の一角であることを自覚し、婚姻前の女性に対する節度を守った上なら、少しくらいは構わない」

「だそうだ」


 てっきり「やめなさい」と注意されるかと思ったのに、ロードバルトのいちゃつきぶりにお墨付きが出てしまった。

 ロードバルトは言質を取ったとばかりに、リリーシュの指に自らの手を絡め、親指でスリスリと手を撫で始めた。

 リリーシュの手は、家事もするし商品開発で擦り傷もある。商会の製品であるハンドクリームを塗ってはいるが、貴婦人のような柔肌とは違う。


「ロードバルト、彼女を想う気持ちはわかるが、彼女が困っている。そのくらいでやめておきなさい」


 見かねた国王が軽く諌める。


「ごめん、リリーシュ。嫌だった? 君のことを兄上に紹介できて、つい有頂天になってしまった。だって、ようやく君と結婚できるのかと思うと、気がはやってしまって…」

「い、いえ…そんな…ただ、まだ人前ではその…」

「わかった。じゃあ、二人きりのお楽しみにしておくとしよう。でも、手に触れるのは最低限許してほしいな」

「そ、それくらいなら…」


 注意されて、耳を下げた子犬のようなロードバルトを前に、リリーシュは「だめ」とは言えなかった。


「ハハハ、愉快愉快、ロードバルトのそのような姿が見れるとは思わなかったぞ、よほどリリーシュ嬢に惚れ込んでいると見える」


 突然国王がカカカと豪快に笑い出し、リリーシュはビックリした。

 しかも、彼はロードバルトが彼女に惚れ込んでいると、勘違いしている。少しやり過ぎではないかと、リリーシュは国王に気付かれないように、ロードバルトへと視線を送ったが、彼はその意図を察したかわからない。何しろ軽くリリーシュにウインクをしてきたのだ。


「陛下、ご歓談のところ申し訳ございません」

「なんだ?」


 そこへ、侍従だろうか、遠慮がちに声をかけてきた。


「急ぎご決裁をいただきたい書簡があると、宰相閣下が執務室でお待ちです」

「一時間は邪魔するなと申しておいたのに…」


 国王は眉を寄せ、気色ばむ。


「我々は構いません。どうかご政務にお戻りください。少し庭園を散策して帰ります」


 ロードバルトがリリーシュにもそれでいいかと同意を求めてきたので、彼女も快く頷いた。


「お忙しい中、私共にお時間を割いていただき、ありがとうございました」

「そうか…では、今度ゆっくり食事でも取ろう」


 国王が立ち上がったので、二人も同時に席を立った。国王からの食事の誘いに、リリーシュは内心肝を冷やした。


「考えておきますが、出来ればご遠慮したいです」

 

 リリーシュより先に、ロードバルトが答えた。


「お前ではなく、リリーシュ嬢に聞いているのだが」

「兄上に誘われたら、嫌だと思っても断れないでしょ」

「そうなのか?」

「い、いえ。そのような…と、とんでもございません」

「だそうだ」


 リリーシュの返答に国王はいたく満足して、弟を見る。


「そんな風に言われたら、断れないと申し上げました。まあ、側妃殿下とフェリクス王子くらいとなら」


 それでもリリーシュに取っては緊張ものだ。

 

「わかった。では、リリーシュ嬢、またな。話せて良かった。不肖の弟だが、よろしく頼む」

「は、はい。私の方こそ、お会いできて光栄でした」

「ひと言余計です」


 畏まり頭を下げたリリーシュの横で、ロードバルトがボソリと呟いた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

完璧な理想の旦那様を募集します 溺愛は条件に入れていませんが 七夜かなた【10月1日新作電子書籍配信】 @cyatora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画