第16話 王宮へ

 二日後、リリーシュは手紙で指示されたとおり、普段着で朝九時には玄関に立っていた。


「姉さん、いくら普段着でいいからって、そんな格好では、いつもと変わらないではないですか」


 ユージーンがリリーシュの装いを見て、今からでも遅くないから着替えないかと、しつこく声をかけている。


「そんなに悪くないと思うけど」


 リリーシュが外出着に選んだのは、濃いブルーのワンピース。白い襟と袖口には、銀糸で蔦模様の刺繍がされていて、光を受けるとキラリと光る。

 地味だが品が良く、職人の拘りが映し出されている。


「別に悪いとは言っていないよ。ただ、せっかく出かけるのに、もったいないなと思って」

「これでいいのよ。私はこれが好きなの。どうせ途中で着替えるんだから、何を着ても同じだし、大して変わらないわよ。殿下だって、期待していないわ」

「姉さんって、本当に自分のことに無頓着だよね」


 ユージーンが呆れてため息を吐く。

 ロードバルト殿下が何を考えて、手紙にあんなことを書いたのか、あれから何度も考えたけど、何も考えつかなかった。

 父の考えた魔道具についてなら、いくらでもアイデアが浮かんでくるのに、殿下の思考回路については、まるでお手上げだった。

 そして辿り着いた答えは、深く考えるのはよそう。

 ということだった。

 特に意図があったわけではないのかも知れない。

 人はそれを考えの放棄という。


(だって、何度考えてもわからないんだもの。殿下が私のことを、本気で想っているはずないもの)


 自分に自分で言い訳する。


「あ、来られたよ」


 そんな物思いをユージーンの声が打ち破った。


「え、あれで来たの?」


 やってきた馬車を見て、リリーシュは目を瞠った。

 白と金色の四頭立ての豪華絢爛な馬車が、こちらに向かって走ってくる。しかも横にはデカデカと王家の紋章である、百合を加え翼を広げた鷲が描かれている。


「わ、すご……殿下も本格的だね」


 ユージーンは他人事のように面白がっているが、リリーシュはあれが我が家の敷地に入っていくのを、いったい何人が見たのだろうかと、恐れ慄く。

 手綱を引く者と、その横にももう一人。そして馬車の後ろにも、同じ制服を着た従者が立っている。


「おはよう、リリーシュ」


 馬車が止まり、呆然としているリリーシュに、窓からロードバルト殿下が挨拶する。

 すかさず御者が降りて、踏み台を設置したと同時に、殿下が先に自分から扉を開けて降り立った。


「お、おはようございます。殿下」

「ロイと呼んでほしいと言っているのに」


 朝日を浴びて、彼の髪がキラキラと輝く。

 学園長の部屋でずっと無表情に本を読んでいた彼と、ほんとうに同一人物なのだろうか。


「ユージーンもおはよう」

「おはようございます、殿下」

「リリーシュ、今日も素敵だ」


 ユージーンと挨拶を交わすと、ロードバルトはリリーシュの手を取った。


「あ、ありがとう…ございます」


 驚いて手を引っ込めようとしたが、しっかり握り込まれいてできなかった。

 挨拶している間に、荷物が馬車に運び込まれる。

 それを見て、ロードバルトがリリーシュに尋ねた。


「ドレスは気に入ってもらえたか?」

「お礼の便りは出させていただきましたが…」


 その日のうちに、贈り物に対する礼状は出してあった。もしかして、読んでいないのだろうか。


「もちろん読んだが、君の口から直接聞きたいと思ってね」

「……あ、はい。とても素敵で、私にはもったいないくらいです」


 ロードバルトがリリーシュにと贈ったデイドレスは、上半身は薄い緑の生地に白のレースを重ね、ウエストは同系色のサテンのリボン。白いスカートは最新流行の少し膨らみをもたせたもので、裾に上半身の生地と同じ色のリボンが縫い付けてあった。可愛らしいのと大人っぽさが混在した、絶妙なデザインだった。さすが王室御用達の腕前だ。


「そんなことはない。服が君という存在に負けることはあっても、逆はない。どうやって君の素晴らしさを更に引き立てるか、私の悩みは尽きないよ」

「え……?」


 何やら凄いことを言われた気がする。

 

「だってさ、良かったね。姉さん」


 横からユージーンか肘でつついてくる。


「か、からかわないでよ」


 赤面して、ユージーンの肘を摘んだ。


「さあ、時間がもったいない。すぐに出発しよう」


 そんなリリーシュとユージーンの間に割って入ると、リリーシュの腰に手をさりげなく添え、「姉上をお借りするよ」と、ユージーンに軽くウインクして、私を馬車へと乗せた。


「よろしくお願いします。姉上、陛下に失礼のないように」

「わ、わかっているわ。一応マナー講習も受けているから」


 貴族が通うだけあって、学園では基本のマナーはカリキュラムに入っていた。リリーシュのマナー講習の成績は優秀とは言わないが、落第点ももらっていない。


「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい。殿下、姉上をよろしくお願いします」

「任せなさい」


 男同士熱く視線を交わし、頷きあう。

 すぐに馬車は出発し、リリーシュはロードバルトと共に王宮へと向かった。

 


 


 

 

 

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