第15話 殿下からの贈り物

「う〜ん、これかなぁ」


 リリーシュは父のノートを、ああでもないこうでもないと、ページを捲りながら唸っていた。父のアントニオが、死ぬ間際に作ろうとしていた魔道具は、医療器具だったようだが、それが具体的に何だったのか、リリーシュは聞かされていなかった。


 かつて父の書斎だった部屋は、リリーシュが手伝うようになってから、共同で使っていた。

 地下にある魔道具の研究室は、この部屋からしか行けないようになっていて、その入口は本棚の奥の仕掛けで開くようになっている。その本棚も、登録された者の魔力と網膜を読み取って開くようになっている。徹底した防御策で、父はそれを「セキュリティ」と呼んでいた。

 「にほんご」で書かれたノートは、誰にでも読めるものではないので、リリーシュとユージーン以外の者が見ても、何を書いてあるかわからない。

 父がこれをわざわざ他の者が読めない文字で書いたのは、盗まれたことを危惧してのことだった。


 リンゴーンと、チャイムの音がする。

 書斎の前に設置したベルを押すと、ここにまで聞えるようになっている。

 手元のスイッチを押して、話しかける。

 

「どうしたの?」

「お嬢様、よろしいですか? お手紙とお荷物が届いています」

「わかった。今行くわ」


 インターホン越しに声をかけてきてたのは、執事のカークだ。リリーシュは作業部屋から階段を昇って行った。

 本棚を元に戻してから、書斎にある机の下にあるボタンを押すと、カチリと書斎の扉の鍵が開いた。


「カーク、もう入っていいわよ」


 そう声をかけると、カークとフリッツが大きな箱を二人がかりで抱えて入ってきた。


「それ、何なの?」


 こんなもの注文したかなと思いながら尋ねると、手前の机の上に箱を置いてから、カークが上着のポケットから手紙を取り出した。


「ロードバルト殿下から、二日後のお茶会のドレスと招待状が届きました」

「え、も、もう?」


 昨日の今日でもうドレスが届いたと聞いて驚いた。

 そもそもドレス事態、依頼してから出来上がりまで、仮縫いなどを含めどんなに急いでも一週間はかかる。

 その一週間も、お針子を何人も雇ってのことだ。

 昨日ドレスは私が贈ると、言ってはいたが土台無理なことだと思っていた。

 そしてカークがリリーシュに渡した封筒には、確かに彼の名が記されている。


「しかもドレスは、あの王室御用達のボードレールですよ」

「え、ええええ!」


 ボードレールは王室の御婦人方の衣装のデザインを手掛けていて、さすがのリリーシュも、その名は知っている。マキャベリ商会も衣類は扱っているが、動きやすさ扱いやすさなどの機能性重視の下着や作業用のものばかりなので、ドレスや普通の衣服は他所で買うしかない。

 リリーシュが普段買っている衣服は、もちろん王室御用達のような看板はなく、ごく普通の仕立て屋だ。

 

「ボードレールって、そんな凄いところのドレスを…」


 ボードレールにドレスを作ってもらうには、ただお金を積めばいいというものではない。

 顧客にも、それなりの品格が問われるのだ。王弟なのだから、もちろん彼はボードレールを使うことができるのだろうが、一介の男爵令嬢のリリーシュには縁遠い話だった。

 箱の中身が気になるが、取りあえずは彼からの手紙を読もうと封筒から取り出した。


「きゃっ」


 最初の一文を読んで、リリーシュは思わず悲鳴を上げた。


「お嬢様、どうなさいましたか?」


 そんな悲鳴を聞けば、カークもびっくりである。


「な、なんでも……えっと、ひ、一人にしてもらえるかな」

「かしこまりました。ドレスはお部屋にお運びいたしましょうか? それとも、ご試着なさいますか? ファニーを呼んでまいりますか」

「あ、ありがとう。だ、大丈夫よ。まだ今はいいわ」


 リリーシュは、元からドレスなどにあまり興味がない。ヒラヒラしたレースやリボンは苦手で、彼女が気にするのは、無駄なく動けるかとか、袖や裾が作業の邪魔にならないか、とかだ。

 重くてボリュームのあるドレスは、彼女の好みではない。

 怪訝そうなカークが出ていくのを待って、すかさずもう一度手紙を開いた。


『麗しの婚約者リリーシュへ』


 手紙は、そんな書き出しから始まっていた。


「う、麗しのって…相手を間違ってるんじゃ…でもこれは私の名前……よね」


 この世に生を受けてこの方、こんな出だしの手紙を貰ったことがない。リリーシュは何度も手紙を確認する。

 

「この人、私に心臓発作でも起こさせたいのかしら」


 そう思いつつ、気を取り直して手紙を読み勧めた。


『記念すべき君への初めての贈り物です。約束どおりドレスと靴、帽子、アクセサリーと下着一式を贈ります』


「下着?」


 ちらりとリリーシュはカークが置いていった箱を見る。下着を贈るなんて、言っていただろうか。


『あなたのことを思いながら選びました。これを着たあなたをエスコートすることを想像すると、今から楽しみでなりません』


「私のことを思いながら……? というか、あれを着たら、どんな下着を着ているかも丸わかりなのでは?」


 男性から女性にドレスやアクセサリーを贈るのは聞いたことがあるが、下着は一般的なのだろうか。

 手紙はまだ続く。


『陛下との約束は、正午となりますが、ドレスの着付けなど、諸々の準備はこちらでいたしますので、どうぞ普段着でお待ち下さい。当日の朝、九時に迎えにあがります。朝食をご一緒しましょう』


「ちょ、朝食……」


『当日お会いするのを楽しみにしております。

 麗しのリリーシュへ

 あなたの忠実なる下僕で崇拝者

あなたのロイこと、ロードバルト・クライスナー』


「ブッ」


 最後の肩書きに、リリーシュは絶句した。


(な、何……これ、こ、こんな肩書き…、し、下僕? す、崇拝者? あなたのって、他の人たちこんな風なやり取りをしているのかしら)


 男性から個人的な手紙をもらったことがないリリーシュは、これが普通なのかどうかもわからなかった。

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