第14話 ロードバルトの想い
ベサニーナ皇国の庭園には、広く一般に公開されている大庭園と、極限られた者だけが訪れることのできる秘密の庭園の二つがある。
大庭園は大小様々な噴水があり、春夏秋冬のイメージで造られている。かつて夏至の日に開催される大園遊会では篝火を炊いていたが、アントニオ・マキャベリの発明による「イルミネーション」により、劇的に変化を遂げた。
木々に張り巡らされた魔石から作った細かいライトが、周囲を照らし、音楽に合わせて点滅をする。
何よりも点灯式として国王が、大園遊会の始まりを宣言すると、一斉に庭園が明かりに包まれる様は、人々を熱狂させた。
そんな大庭園とは反対に、秘密の庭園は美しくはあるが、ゆっくりとした時の流れを感じさせ、どこか懐かしさを誘う。
しかしここにも、マキャベリの発明品は使われている。人が近づくと土に突き刺さったライトがパッと灯り、躓かない程度に道を照らす。
そんな秘密の庭園の一角にあるガゼボに置かれた長椅子に腰掛け、ロードバルトはぼんやりと、庭に灯る明かりに照らされた庭を眺めていた。
物思いに耽る彼の佇まいは、まるで一枚の絵画のようで、女性でなくても見惚れてしまうほどに麗しかった。
「ここにいたのか」
「兄上……陛下」
声で誰かはわかっていたので、彼は立ち上がり、振り返って頭を下げた。
そこにはベサニーナ皇国の国王、フリードリヒが立っていた。彼の少し後ろには護衛の者が二人控えている。
「ああいい。ここは家族だけが入れる庭園だ。兄上でいい」
フリードリヒはにこやかに弟の側まで歩いてきて、ロードバルトがさっきまで座っていた長椅子に腰掛けると、座れと手で指し示した。
少し躊躇った後、ロードバルトはその隣に腰を下ろす。
「すみません。勝手に庭に……」
「家族のための庭園だと言っているだろう。お前にも立ち入る資格はある」
兄弟と言っても、ロードバルトと国王の母親は違う。正式な妃の子でないロードバルトは、王族と言っても、その地位は低い。二人は親子ほど歳が離れていて、国王の息子の方がロードバルトと歳が近い。
「それで、何を考えて、そのように耽っていたのだ?」
そう尋ねられ、ロードバルトはふっと表情を和らげる。
「兄上には隠し事はできませんね。昔の自分の言動について悔やむことがあって、反省しておりました」
「お前は小さい頃から、利口で、人を見て場を弁え、空気を読み、そつがない子供だった。そのお前が、反省?」
「買いかぶりです。私も人の子です。反省することは多々ありますよ」
皮肉った兄の言葉に、彼も苦笑いする。
「ところで、まさかお前から、結婚したい相手がいるから紹介したいなども言われて驚いたぞ」
「そんなに驚くことですか? 私も年頃ですし、前から早く身を固めろと仰っていたのは、兄上です」
「まあ、そうなのだが……しかし、相手があの、マキャベリの娘とは」
「何か問題でも? マキャベリ家は新興の貴族で、特定の派閥にも入っていません。私にはちょうどいいかと思います」
「マキャベリ家に問題はない。アントニオ・マキャベリは素晴らしい発明家で、魔道具師で、商人だった。まだまだ彼の造る珍しい魔道具を見たかった」
彼は心の底からアントニオの死を悼んでいた。
「彼は兄上のお気に入りでしたね」
「ああ、おまけに欲がない。功績を認め、子爵に
普通は国王の申し出を断るなど、不敬だと責められても文句は言えないが、国王は特段怒っている様子はなかった。
恐らくは、単なる雑談の中で出た話だろう。
「娘のことは、彼からも時折聞いていたが、女嫌いのお前が結婚を望んだ相手が彼女だとは…いやはや縁とは奇異なものだ」
「別に女嫌いなわけではありません。ただ私が好ましく思う女性が周りに少ないというだけです」
「興味もない女性には、愛想を振りまく気も起こらないか」
「変に愛想良くして、それで勘違いされても困ります」
「マキャベリ家の令嬢は、勘違いされてもいいのか」
「彼女とは学園在籍中に、何度か会話を交わしたことがあります。聡明で可愛い人です」
この前の彼女とのやり取りを思い浮かべながら、ロードバルトがそう語った。
「お前がその令嬢にぞっこんなのはよくわかった。会うのが楽しみだ」
「惚れないでくださいね」
「おいおい、今からそんなでどうする。私にまで牽制するな。息子と同じ歳の娘に、そんな気は起こらないぞ。第一私には妃が二人もおる」
「兄上はよく二人の女性の相手が出来ますね。尊敬します。私は一人で精一杯です」
「そんな尊敬の仕方をされてもな……だが、国王として、国のために一人の女性だけ、とはいかないのはお前もわかるだろう」
正妃は隣国の出身で、側妃は自国の有力貴族の娘。共に政治のための婚姻である。
「幸い、どちらも己の立場を弁え、よくやってくれている。過去には後宮で熾烈な争いがあったと聞くが、もしそうなっていたらと思うと、ぞっとする」
「それも兄上の徳かと」
「褒めても何も出ないぞ」
「心からそう思っているのです。私はとても兄上のようには行きません。妻は……愛する女性は一人で十分です」
「それが、マキャベリ家の……名はリリーシュだったか? 彼女だと?」
「ええ。私が、この人と決めた人です」
決意を込めた緑の瞳で、彼は兄を見た。
「フッ、お前にそのように言わせるなど、ますます会うのが楽しみだ。私は少し心配していたのだぞ。お前は自分の出自に遠慮して、昔から何かを強く願うことはなかった。そのお前が頼みがあると初めて言ってきたのが、かの令嬢との婚姻だ。男爵令嬢と王弟では、身分がどうのとほざく輩も出てくるだろうが、その点は私が何とかしよう」
「ありがとうございます。私も彼女のことは護る所存ですが、兄上にそう言っていただけて心強いです」
「兄らしいことが出来て、私も嬉しいよ」
「はい、兄上、頼りにしております」
「もう夜も遅い。お前も早く休みなさい」
「お気遣い、ありがとうございます」
兄王が立ち去り一人になると、ロードバルトはもう一度庭園を振り返った。
風が渡り、咲き誇る花の香りを含んでロードバルトの髪を揺らす。
しかしその目に映るのは、香りを運んだ花ではなかった。
「リリーシュ、遅くなったが、君は私のものだ。誰にも渡さない」
そう呟いた彼の声は、通り過ぎる風にかき消された。
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