第13話 グラシアの妬み
「ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。王弟……王弟」
マキャベリ家から逃げるように出てきたグラシアは、帰りの馬車でブツブツと同じ言葉を繰り返していた。
「あんな、あんな子が、王弟と? ありえないわ。忌々しい……あと少し……あと少しで、全部手に入るのに……ラエラ、あの子の物は全部私のものよ」
グラシアは親指の爪をギリギリ噛みながら、既にこの世を去った妹に、未だ抱き続けている恨みを再熱させた。
グラシアの家は、普通よりは少し裕福だった。
父親は王都内での指折りの商会で働き、母は仕立てをしながら、暮らしていた。
母が仕立てる貴族のドレスを見て、グラシアもいつかこんなのを着て、王子様と踊りたいと胸を踊らせた。
「このドレス一着の値段で、我が家は一年遊んで暮らせるわ。素敵な夢だけど、諦めなさい」
現実主義の母は、そんなグラシアの夢を叶わぬ夢と何度も言い聞かせた。それがグラシアには腹立たしかった。
両親とグラシアの三人の生活は楽しかった。
何でも一番はグラシアだった。
しかし、グラシアが六歳の時に妹のラエラが生まれてから、グラシアは一番ではなくなった。
「ねえ、お母さん、この前素敵なリボンを見つけたの。今度のお祭りにつけていきたいな」
「この前お父さんに買ってもらったばかりでしょ。あれをつけていきなさい」
「いやよ。あれはマリーと同じだもの。他の子がつけているのと同じのはいやよ」
「我儘を言わないで。あなたはいつも新しいのを買ってもらっているけど、ラエラはあなたのお下がりばかりだから、お祭りにはラエラに新しいのを買ってあげたいのよ」
「かあさん、わたしはいらないよ。お姉ちゃんに買ってあげて」
「ほら、ラエラもそう言ってるじゃない。だったら」
「何を言っているの! ラエラに甘えるんじゃありません。お姉ちゃんでしょ、少しは妹を見習いなさい」
「お母さんのいじわる! ラエラばっかりかわいがってひどいわ」
「いい加減にしなさい! だめったらだめよ。我儘言うなら、お誕生日の贈り物もなしよ」
ラエラが無欲なばかりに、グラシアのお願いも、我儘にすり替わってしまう。
両親はグラシアを、我儘な娘と思うようになった。
「あんたがお母さんたちに良い顔をするから、あんたのせいよ」
「ご、ごめんなさい…お姉ちゃん」
グラシアは影で妹を虐めるようになった。
派手な美人だったグラシアは、年頃になると男の子たちに持て囃された。
逆にラエラは、地味で引っ込み思案で、グラシアには逆らえない、おどおどした暗い子になった。
グラシアは自分の取り巻きの中で、一番ハンサムなヘンリーと結婚した。
ヘンリーを好きな子は大勢いたが、彼が結婚を申し込んだのはグラシアだった。
彼と結婚するグラシアを、皆が羨ましがった。
ヘンリーを夫にすることで、グラシアはすべてに勝った気でいた。
しかし、現実はそう簡単にはいかなった。
ヘンリーはグラシアたちの父の口利きで、父と同じ商会で働くことになったが、ろくに仕事もできないくせに、待遇に不満ばかりを言って、真面目に働かなかった。
「ほんとにお前の夫は何度同じことを言っても、仕事を覚えないし、そのくせ客に対しても横柄な態度で、彼のせいでわたしは謝ってばかりた。なんとかしろ、お前の夫だろ!」
そう言って父に責められるようになり、グラシアは肩身が狭くなった。
父に言われた通りヘンリーに伝えると、逆に彼に文句を言われる始末だ。
そんな時、ラエラが結婚したい人がいると、その相手をつれてきた。
それがアントニオ・マキャベリだった。
田舎の村から出てきて、家は家畜を飼っているという。家柄も大したことない、貧乏人。最初、グラシアは彼をばかにしていた。
しかし、それは彼女の勘違いだった。
ラエラが連れてきたアントニオは、身なりも立派で、何より平民のくせに魔法が使え、魔法学園にも通っていたことがある。
しかも、若くして商会を一から立ち上げ、そこそこ利益を上げているという。
両親たちの中で、ラエラの夫の評価が高くなるのは必然だった。
そんな彼を夫にしたラエラも、また両親にとっては何より自慢の娘になった。
「顔だけで夫を選ぶからこんなことになるんだ。少しはラエラを見習いなさい。立派な旦那様をみつけて。おっとりしていて、大丈夫かと心配していたけど、人を見る目はあるのね」
「ヘンリーも、少しはアントニオを見習ってまじめに働いてもらいたいものだ」
両親からはそんな風に言われた。それはまだ何とか我慢できた。
「妹さんの旦那様、マキャベリ商会の方なんですってね。凄いわね。あそこの品物はどれも斬新で一級品で、貴族や王族の方にも顧客がいらっしゃるそうね。羨ましいわ」
「ヘンリーって、昔はかっこいいと思っていたけど、男は顔だけじゃないわね。妹さんの旦那様、顔は普通だけど才能も商才もあって、男はやっぱり甲斐性よね。妹さんが羨ましいわ」
誰も彼もがラエラを羨ましがり、かつてグラシアを羨ましがった友人たちも、グラシアのことを誰も羨ましいと言わなくなった。
「くやしい……これも全部ラエラのせいよ」
グラシアは心の底から妹を憎んだ。
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