第12話 弟の洞察力

「紹介は三日後だ。迎えに来る」

「み……三日後」

「気軽な家族の集まりだ。気負わなくていい。まずは兄とだけ会ってくれればいい」


 その兄が、国のトップなのだ。緊張もする。既に日程まで決められていることに、リリーシュは焦りと戸惑いを覚える。


「陛下もお忙しい方だから、早めに日程は押さえておかないと」

「そういう……ものですか」


 王族というのは、兄弟でも会うためには事前約束が必要なようだ。


「軽くお茶を飲んで、顔合わせするだけのものだ。手間は取らせない。それと、その時着るドレスは、私から贈らせてほしい」

「ドレスなら、ありますよ」


 学園を卒業してからは、ドレスを着て出掛ける機会が滅多になく、衣装棚に袖を通すことなく眠ったままのドレスがたくさんある。


に贈りたいのだ。昼だからシンプルなのがいいだろう。ドレスに合わせた靴と帽子、それから手袋にアクセサリーも」

「そ、そんなに……」

「結婚相手に衣装一式も贈れない、甲斐性無しと後ろ指を指されたくはない。私の沽券に関わる問題だ」


 弱冠すね気味に言われて、リリーシュは面倒くさいと思いつつも、受け入れるしかなかった。


「それから、ギルドには依頼達成ということで、書類を出しておくので、ここにサインをしてほしい」


 用意周到に、書類まで準備していたのを見て、舌を巻く。最初から断られることを考えていなかったのだろうか。ご丁寧に依頼の満足度も最上級の「エクセレント」に丸がしてあった。


この場合、エクセレントは、夫の人選が素晴らしいということになるんだろうか。


「それではまた三日後」


 至極ご満悦で帰っていくロードバルトを、リリーシュは玄関で見送った。


「ふう……」


 嵐のような午後だった。肩をひとつ落として家に戻ろうと方向転換する。


「きゃああ!!」


 玄関の扉を開けると、すぐそこにユージーンが立っていて、驚きのあまりリリーシュは悲鳴を上げた。


「ユ、ユージーン、いつからそこに…」


 ドキドキする胸を押さえ、リリーシュは文句を言う。


「姉さん、話があります」

「な、何?」

「ここではちょっと……僕についてきて」


 厳しい表情のユージーンに、リリーシュは嫌な予感がした。

 彼が向かったのは父の書斎だ。扉も他の部屋より分厚く出来ていて、部屋の中の声が聞こえにくくなっている。


「本当のことを話して」


 扉を閉めるなり、ユージーンが詰め寄ってきた。


「ほ、本当の……こと?」

「僕の目は節穴じゃないよ。王弟殿下といつ結婚の話になったの。彼のことなんて、これまで殆ど話題にしたことないじゃないか」

「え、や、やっぱり気づいてた?」

「僕のこと、馬鹿にしている?」


 ギロリと睨まれて、リリーシュはフルフルと首を横に振った。


「おばさんの前だし、殿下もノリノリだったから話を合わせたけど、本気で殿下と結婚するつもり? 正直に話して」


 あまりの迫力に、リリーシュはタジタジになる。ユージーンの目は嘘やごまかしを許さない気迫に満ち、「お、怒らないでぇ」と前置きして、リリーシュはギルドを訪れたところから話した。


「なるほどね。ギルド長が……それで来たのが殿下」

「で、殿下も色々事情があるみたいだし、ずっとってわけじゃ……」

「でも殿下は、三年で終わらせるつもりないって、仰ったんだよね」

「それは……」

「ねえ、姉さん、姉さんは殿下と……その、お互いの利益のために結婚をするように言っているけど、はどうするの?」

?」


 リリーシュがきょとんと首を傾げると、はあ〜っとユージーンが深々とため息を吐いた。


「わざと? それとも本気? 夫婦になるってことは、当然夜も一緒に過ごすってことだよね?」

「よ、夜って……あ」


 ようやく弟の言わんとする意味がわかり、顔を真っ赤にする。


「三年の契約なら、それもなしにしてもらうこともあるけど、殿下が姉さんと結婚している間、浮気でもしない限り、姉さんとも……ってこと有り得ると思うよ」

「そんな……で、殿下と……そ、そうよね。お互い大人だし……」


 両手で真っ赤になった頬を挟み、ドキドキしているリリーシュを見て、ユージーンはまたもやため息を吐いた。


「まあ、そのことは二人で話し合ってよ」

「あの、反対はしないの?」

「反対? どうして? 少なくともウルスなんかよりずっといい相手だよ。姉さんのことだから、こんなことでもないと、この先ずっと独身ってことも有り得るし、こんな優良な旦那様なんて、きっと世界の果てまで行っても見つからないよ」

「……でも、王族なのよ。うちは元は平民だし、やっばり…」

「それを言ったら、殿下の母上だって平民だよ」

「そ、そうね」

「それで、姉さんは結局のところ、結婚相手が王族だからびびってるの? それともロードバルト殿下が嫌なの?」


 弟に直球で聞かれて、リリーシュはハタと考えた。


「……結婚はいずれはするんだろうなぁとは思っていたけど、どんな相手かなんて、考えたことなくて……それなのに、相手がロードバルト殿下なんて、正直まだ実感もない」

「それで、彼のことは好きなの? 嫌いなの?」


 ゴニョゴニョ話す姉に、ユージーンがさらに問い質す。


「嫌い……ではない。好き……? かもわからない」

「姉さんってほんと、恋愛オンチだね。恋愛小説のひとつでも読んで勉強しなよ」


 まさか恋愛について、八歳も下の弟にダメ出しされるとは思わなかった。



 

 

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