第11話 一難去ってまた一難
グラシアが逃げるのを、ぽかんとリリーシュとユージーンは見送った。
「さて、とりあえずは追い払ったな」
ロードバルトは、その結果にいたく満足して頷いた。
「あの、殿下。ありがとうございます」
「何のことだ?」
「伯母に言ったことです。嘘でもあのように褒めていただき、ありがとうございます」
頭脳には自信はある。性格は、自分でも悪くないと思っている。見た目はまあ、人並みというところだろうが、あの場ではああ言うしかなかったのだと思う。
「嘘? 私は嘘はひとつも言ったつもりはないが……」
「え?」
「そうですよね。姉さんは頭も性格も素晴らしいけど、見た目もかなりイケていると思います」
ユージーンが、力いっぱいロードバルトの言葉に同意する。
「あ、あの…ユージーン、それは……ちょっと言い過ぎ……」
「さすがリリーシュの弟だ。良くわかっている。私達は気が合うな」
ユージーンに対し、ロードバルトはハイタッチで応える。
「姉さん、僕、殿下との結婚全面的に賛成です。姉さんのことをこんなに評価してくれる男性がいるなんて、他の人は見る目がなかったんですよ」
「殿下などと……
「わあ、僕、兄がほしかったんです。姉さんのことは嫌いじゃないけど、同性の兄弟がいたらなぁ〜って思ってました。嬉しいな」
「私も兄弟では一番年下だから、弟が出来て嬉しいよ」
「姉さんのこと、よろしくお願いします。僕の自慢の姉なんです」
「姉上の素晴らしさは、十分わかっているよ。そこに惚れ込んだんだ」
二人でキャッキャ、キャッキャとはしゃいでいるが、話題の人物であるリリーシュは置き去りである。
「あ、僕そろそろ……二人のお邪魔ですね。ごゆっくりなさってください」
「こちらこそ、君と話ができて良かったよ。これからもよろしく」
最後にはユージーンと熱く握手を交わし、二人で男の友情を確かめ合っていた。
リリーシュはどこから指摘したらいいのかわからない。
伯母を追い払ってくれたのはいいが、ユージーンには色々誤解させてしまっている。
「可愛い弟君だね。しかも賢い」
「ありがとうございます。とてもいい子なんです」
再び二人になり、抗議しようと思った矢先、ロードバルトにユージーンのことを褒められ、素で喜んだ。
日頃家に引きこもりがちなので、ユージーンの素晴らしさをなかなか他の人にわかってもらえる機会がないのだ。
他人から褒められると、やはり姉としては嬉しいものだ。
「体の方は大丈夫なのか? ほら、学園長とも昔、話していただろう?」
「覚えていらっしゃったのですか?」
リリーシュと学園長が話す横でいつも本を読んでいたので、聞こえてはいたかも知れないが、覚えてくれているとは思わなかった。
「もちろん。覚えはいい方だが、それだけではなく君のことは気になっていたから」
「あの、それ、もう二人だけですし、結構です」
まるでリリーシュが自分にとって特別だと言わんばかりの台詞に、リリーシュは牽制する。
「どういうことだ?」
「だから、その言い方です。もう伯母もいなくなりましたし、ユージーンもいません。ですから、私のことを褒めたりしなくてもいいのですよ」
褒められ慣れていなくて、何だかお尻がむず痒い。
それに、在学中や王宮で見かけた彼からは、まったく想像できない今の言動に、彼が無理をしているのではと、心配になる。
「……確かに……少々はしゃぎ過ぎたかも知れないな」
リリーシュの言葉に、ロードバルトは考え込みそう言った。
少し耳も赤くなっている。
「ええ、ですから……」
「君とキスが出来て、かなり有頂天になっていた」
まさかの彼の口から、さっきのキスの話が出て、リリーシュも彼の唇の柔らかさを思い出し、ポポボと頬を赤くする。
二十三歳で初めての体験だった。
「それで、コホン、今後のことだが……」
「……はい?」
「兄が、君を連れてくるようにと」
「あ、兄って……ことは」
「国王陛下だ」
現実に引き戻され、リリーシュの体温が一気に下がった。だいぶ彼のペースに流されてしまったが、やはり一介の成り上がり貴族の自分が、王族と結婚するなど、分不相応としか言いようがない。
「あの……でも、わ、私は……まだ……」
「この状況で、断れると思っているのか? 君の伯母や弟に今更あれは嘘だと言ったら、どうなると思う? あんなに喜んでくれていたのに」
「う…、そ、それは……」
父が亡くなってから、あんなはしゃいだユージーンを見るのは初めてだった。
男兄弟がほしいと思っていたというのも、初めて聞いた。
姉として弟を愛しているが、自分は女で男性のことはよくわからないこともある。この先同性同士のほうが相談しやすいこともあるだろう。
「殿下は……」
「ロイだ。今から慣れておかないと、伯母の前でボロが出るぞ」
「……その…ロイは……本当に、私と……」
「もちろん、結婚してもいいと思ったから来た」
はっきりきっぱり迷いのない口調に、リリーシュの方が一歩引いてしまう。なぜここまで迷いがないんだろう。
それほど彼は、自分に来る縁談を避けたいと思っているのか。
「あの、私の出した条件を、全部ご存知ですよね」
「君も、ギルド長が出した条件を覚えている?」
質問に質問を返される。
「まずひとつは、ギルドが紹介した者を、無条件に受け入れる。拒否権はない。それから……」
「三年経って、離婚するかどうかは、その時相手と話し合う。よね」
「そう」
「二つ目の件については、理解しているけど、あなたはそれでいいんですか?」
あの時は相手がどんな人かわからず承諾したが、ロードバルトだとわかって、それでいいのかもう一度考えた。
「もちろん。そして私は君との関係を、三年で終わらせるつもりはない」
「……え?」
ロードバルトはリリーシュの手を取り、その甲に恭しくキスをした。
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