第9話 かくて外堀は埋められて
「あの、殿下、僭越ながら、お聞きしてもよろしいですか?」
「ロイでいいと言っているのに。聞きたいこととは、私とボウ……ギルド長との関係か?」
顔に書いてあったのか、ずばり言い当てられた。
「そうです」
「彼は私の母方の叔父だ」
「お、叔父……」
「私の母が父の侍女だったことは知っているだろう?」
「はい」
「彼は母の弟だ。表向きは疎遠になっているが、今も交流はある」
「え、そ、そんなこと、私に話してよろしいのですか?」
表向きはという下りから、何か秘密めいた匂いがする。
「構わない。君の口が固いことは立証済だ。お陰で卒業までのニ年間、あそこで有意義に過ごすことができた。廊下などですれ違っても、礼儀正しく、馴れ馴れしく話しかけることもなく、非常に助かった」
「いえ、私は何も……」
「それに、ギルド長との関係を明らかにしないと、君もすっきりしないだろう」
「それはそうですが……でも、やはり私では……」
「私はいくらでも待てるが、そちらはもう猶予はないのでは? 結婚許可の書類は一日二日では下りない。そうしているうちに、継承権についての期限が来てしまうのでは?」
「………そ、そうです」
結婚には国の許可がいる。申請か承認まで最低でも一週間はかかる。
グズグズしていると、あっという間に期限は来てしまう。
「でも…」
「私と君の馴れ初めは、学園長が証言してくれる。学園在学中に学園長室で逢瀬を重ね、密かに交流を重ねてきたとか何とか…その後も王宮で何度か見かけ、手紙のやり取りを…」
「え、ちょ、ちょっと待って下さい。一体何の話をなさっているのですか?」
「何のとは、君と私のロマンスの話だ」
「ロ、ロマ……ロマンスゥ」
声が裏返る。
「まさか、ギルドに依頼したなんてことを公にはできないだろう。そんな理由では、すぐに婚姻無効だと騒がれてしまう。ここは身分違いの二人が密かに恋心を育んで、君の父上が亡くなったことで傷心の君を私が慰め、二人の距離が一気に近づいたという話で進めよう」
「ほ、本気……?」
「もちろん。それに、ギルドの出した提案は受け入れると、君は言っていたそうだね」
それは確かに言ったので、リリーシュはまたもやぐうの音も出なかった。
(こ、こんな人だったの?)
特に彼に対して夢や幻想を抱いていたわけではないが、こんな強引で勝手な人だったとは思わなかった。
(まあ、王族とか特権階級の人の我儘は、至極普通かもしれないけど)
商売で関わる貴族の中には、無理難題を言ってくる人はたくさんいる。
「あの、殿下……」
いくら崖っぷちでも、やっぱり彼となんて無理だと思い、断ろうとした時、聞き慣れた金切り声が聞こえてきた。
「いいからリリーシュにあわせなさい!」
「ただいま来客中です。お客様がお帰りになるまでお待ちください!!」
「そう言えば引き下がるとでも思っているの? 離しなさい、リリーシュ、リリーシュ、今日こそ返事を貰うまで帰りませんからね!」
誰が来たのかすぐにわかり、リリーシュは頭を抱えた。
「あれは君の伯母上か?」
恥ずかしくて顔が赤くなる。よりによって、今来なくても。間が悪いのか、空気が読めないのか。
「そ、そうです。あの、殿下……どうか穏便に。話は私が……きゃっ!」
伯母を客間の外で迎えようと立ち上がったリリーシュの腕を、ロードバルトは素早い動きで掴まえると、グイッと引っ張った。
「リリーシュ、ここにいるの?」
バンッと勢いよく扉が開き、伯母が部屋に乱入してきた瞬間、顔に影が差したかと思うと、リリーシュの唇に、しっとりと柔らかい唇が重なり、優しく抱擁されたところだった。
(あ、いい香り……)
柑橘系の爽やかな男性用香水の香りが、リリーシュの鼻孔を擽った。
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