第8話 王弟殿下との学園生活

「学園長、マキャベリです」

「ああ、待っていたよ。入りなさい」


 その日、リリーシュは魔法学園の学園長ナシオ・セブリアンの部屋に呼ばれた。彼は、アントニオの学園時代の友人だった。

 リリーシュが初めて彼の部屋に呼ばれたのは、入学から一ヶ月程経ってからのことだった。

 学園長の妻は虚弱で、子供を産んでから寝込むことが多かったが、マキャベリ商会で販売する薬のお陰で、元気を取り戻した。

 「サプリメント」という名で売り出した薬は、医者から貰う薬とは違い、健康やパフォーマンス発揮のために習慣的に摂取する食事に加えて、意図的に摂取する食品、栄誉素等として売り出された。

 最初は医師から反発を受けたり、怪しい薬だと風評被害を受けたが、その効果などを学園長はじめ知識人が評価したことにより、密かに売上を伸ばしている。

 すっかりマキャベリ商会のファンになった彼は、新しい商品が出ると、いつも真っ先に試しては感想を言ってくれる。アントニオの言葉を借りれば、「モニター」というらしい。

 リリーシュのことも、もうひとりの娘のように思ってくれて、こうして部屋に呼んでくれたのだ。


「あ、あの……お客様でしたか」


 てっきり彼だけかと思ったら、部屋の隅でカウチに足を投げ出して座る男性がいて、リリーシュは驚いた。 

 顔を向こうに向けているので、金色の髪をしていて、学園の制服を着ていることしかわからない。


「ああ、気にしないで。彼はここに避難しにきているだけだから。そうだな、この部屋の家具だと思ってくれればいい」

「家具……」


 随分存在感のある家具だと思った。


「フッ、家具は酷いな」


 家具と言われた人物が、笑ってこちらを振り返った。


「あ……」


 それが王弟のロードバルトだと、さすがのリリーシュもすぐにわかった。何しろ彼は学生総代として、入学式で新入生たちに挨拶をした人物だったからだ。


「お、王弟殿下…」

「ただの家具に畏まらなくていい」


 その場で膝を折ろうとしたリリーシュに、彼はそう言った。


「だが、ここに私がいるということは、誰にも言わないでほしい」

「ご安心ください殿下、彼女はきちんと弁えております。そうだね、リリーシュ」

「は、はい……」


 何か理由があるのは、リリーシュもすぐに察した。第一、彼女にはそんなことを話す友人もいない。

 後になって聞いたのだが、彼は女性が苦手で、追いかけ回されるのが嫌で、学園長の部屋へ逃げてきていたそうだ。

 その後も月に一度、彼が卒業するまで何度か学園長の部屋で見かけたが、彼は静かに本を読んでいることが多く、来たときと帰る時に声をかける程度で、学園長との話が終わればリリーシュはすぐに退出していた。

 などと意味ありげに言われるほどのことは、何もなかった。


「私も君と同じ。そろそろ身を固めろと言われている。しかし、君も知っていると思うが、私は女性というものが苦手で、その気もない」

「私も一応、女性……ですが……」

「わかっているよ。我が国の法律では、同性同士の婚姻は認められていない。私も結婚するなら女性と、とは思っている」

「その……殿下なら他にも候補の方はたくさんいらっしゃると思いますよ。何も私でなくても……」


 爵位はあっても男爵止まりのマキャベリ家では、王族と婚姻などあり得ない。少なくとも伯爵位くらいでないと、格好がつかない。


「大事なのは結婚することで、相手の身分は関係ない。君も身分は問わないと書いていただろう? そういう意味では、私は条件から外れてはいないと思うが」

「わ、私の場合は犯罪者でなければ、どんな身分の人でもいいとは書きましたが、殿下は違います」

「私も兄上からは、身分は問わないと言質げんちはもらってある。王弟で庶子の私が変に身分のある女性と結婚して、権力を持っては逆に困るだろうし、妻の親戚が国政に口を出してくるようでは、だめだと言われている。マキャベリ家なら問題ないだろう?」

 

 アントニオの実家は、片田舎で牧畜をして暮らしている。そのため王都に来ることは滅多になく、いつもリリーシュたちが会いに行く。父が亡くなった時も、ちょうど牛の出産時期と重なり、祖父が来たのは葬儀の半月後だった。彼らには男爵など無用の長物で、息子の出世は喜んでくれたが、関わるつもりはないと、はっきり言われている。

 母方のベケット家は、色々うるさそうだが、平民の彼らが名だたる貴族と渡り合えるはずもなく、そういう意味では、何の影響力もないだろう。


「……た、確かに……でも」

「私の条件は、夫婦で出席するべき行事に、一緒に出てくれること。それも最小限でいい。行儀作法のことなら、トリオール侯爵夫人が指導してくれるそうだ」

「こ、ここここ侯爵夫人……そ、そんな方に……」


 侯爵家の名前を聞いて、リリーシュは飛び上がった。


「気さくな方だ。そう怯えなくてもいい」


 そんなことを言われても、少しも気は軽くならない。それどころか、侯爵夫人の指導まで手配されていることに、外堀が既に埋められている気がする。

 ふと、この前ギルド長がわざとらしく、第三王子や王弟殿下の話を持ち出していたことを思い出した。


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