第7話 まさかの夫候補

「で、殿下にはご機嫌麗しく……父への弔事、痛み入ります」

「そんなに堅苦しくする必要はない。遠征に出向いていて、葬儀に参列出来ず、申し訳なかった」


 目の前の金髪に緑の瞳の麗しい殿下に対し、リリーシュは頭を下げた。

 頭の中では、なぜ王弟殿下が我が家に。という疑問と、やっぱり依頼の件ではなかったのだという落胆が交互に押し寄せていた。


「そ、そのような……殿下にお気に留めていただいただけで、父も草葉の陰で喜んでいることでしょう」

「そう言ってもらえると、私も気が楽になる。立ち話もなんだから、座って話をしてもいいか?」

「も、申すわけ…いえ、申し訳ございません。ど、どうぞ」


 言われて彼を立たせたままなことに気づき、リリーシュは平身低頭謝った。噛んだのは仕方がない。


「フッ、君も座って」

「は、はい……し、失礼します」


 どちらが家主かわからないが、優雅に目の前のソファに殿下が座るのを待って、リリーシュも向かい側に背筋をピンと立てて座った。

 そこへちょうどメイドがお茶を運んできた。

 ファニーは母と同年代で、マキャベリ家の家事一切を仕切ってくれている。どっしりとした体格で、ちょっとやそっとでは動じない彼女も、気品に溢れた殿下には一瞬目を奪われ、チラチラと彼を盗み見ていた。


「あの、それで、本日お越しいただいたご要件は何でございますか? 何か品物のご希望でも?」


 王弟がそんなことでわざわざ足を運ぶとは思えなかったが、他に思い当たることがない。


「ボウからの手紙を読んでいないのか?」

「え? あ、はい。殿下がお越しになる手紙は受け取っておりません。私の個人的な依頼についての手紙は受け取りましたが……」

「それであっている。私はその件でここに来た」


 堂々と長い脚を組んで、背中を背もたれに預け座る姿は、王族ならではの風格を醸し出している。

 彼がそうやってソファに座る姿は、何度か目にしたことがあるが、こうして面と向かって話すのは初めてだった。


「……あの、それはどういう……殿下がなぜ私の依頼をご存知なのですか?」


 情報ギルドの守秘義務は一体どうなっているのか。いくら王弟殿下といえ、人の依頼を他人に漏らすなど、言語道断だと思った。


「そう目くじらを立てるな。別にボウはうっかり口を滑らせたわけではない。その依頼、私が引き受けようと思って来たのだ」

「なんですって!! あ、す、すみません」


 あまりに驚いて、思わず素が出てしまった。慌てて謝ったが、殿下の表情が変わらなかったので、ほっと胸を撫で下ろし、落ち着こうとお茶を飲もうとした。


「先程も言ったが、堅苦しい話し方はやめよう。私と君は夫婦になるのだから」

「ゴホッゴホッ、な、ふ、ふう……ふ?」


 お茶が気管に入り、咽てしまいポケットからハンカチを出して口元を覆った。


「夫を探しているのだろう? なら私がその夫になろう」

「じょ、冗談……ですよね」


 笑えない冗談だと、顔が引き攣る。しかし彼はちょっと肩を竦めて首を横に振った。


「お父上が亡くなったことに対する弔辞の気持ちは本当だが、冗談でわざわざここまで来ない」

「なぜ、殿下が……私の出した条件は」

「性別 男、年齢は成人年齢以上、条件は妻に文句を言わないおおらかで、細かくない人 料理、洗濯、掃除、裁縫がひと通りできる人 残りは面談による 容姿 特に要望はなし 身分 犯罪者でなければ問わない。だったな?」

「そ、そうです。殿下が料理や洗濯ができるとは思えません」

「確かに、やったことはないが、料理は野戦で経験があるし、センスはあるので、習えばすぐにできるだろう。掃除も洗濯も裁縫も……器用なので教えて貰えばできないことはない。何事初体験はある。その点は今後の出来次第ということで、温かい目で見守ってほしい」

「いえ、わ、私は……」

「それに、私は君の仕事ぶりや仕事に理解はあるつもりだ。求められれば助言はしてもいいが、私も公務や騎士としての任務があるので、君の仕事に時間を割く余裕はないと思う。もちろん、夫婦同伴の必要がある場合は善処するし、私も妻を伴う必要があれば、是非お願いしたい」

「あ、あの……ですね。殿下」

「ロードバルト…ロイでもいい。夫婦になるのだから、愛称で呼び合うのは普通だ」


 どうにも話が噛み合わない。リリーシュは頭痛を覚え、こめかみを指で揉んだ。


「ああ、すまない。いきなり愛称呼びは行き過ぎだな。しかし、君とは学園で何度も共に過ごした仲だろう? 今更畏まるのも……」

「ご、誤解を与えるような言い方は止めてください」

「ここには君と私だけだ。誰にどのような誤解を与えるというのだ?」


 正論なので、リリーシュは何も言えなかった。


「何度も共にって、学園長の部屋で何度かご一緒しただけですし、その時も挨拶だけで、大した会話はしておりません」

「そうだね。君はきちんと弁えて、私のことを学園長の部屋の家具のように扱ってくれた」

「そ、それは…学園長がそう思えと……」

「そうは言ったが、本当にそうするとは思わなかった。初めは気にしていたようだが、すぐに本当に私など眼中にない感じだった」


 それがまるで気に入らないとでも言うように、弱冠拗ねた感じで口を尖らせる。


「あの、それで……殿下は…なぜ私の…私の夫になろうなどと…」


 どうにも納得がいかずに、リリーシュは尋ねた。

 

 

 

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