第5話 依頼承諾の条件

「あ〜、確かに…フェリクス殿下は年も同じで、同じ教室で授業を受けましたし、ロードバルト王弟殿下は学年は違いましたけど、食堂や図書館、廊下などの公共の場でお見かけしたことはありますが、お二方とも側近の方やご令嬢方に囲まれていて、親しくさせていただくこともありませんでした」


 いくら学園では身分は関係なく、共に勉学に励む仲間だとかスローガンを掲げたところで、王族に元平民の男爵令嬢のリリーシュが、気軽に声をかけたりできない。

 王弟殿下とクリストフ国王は、年が親子ほど離れている。ロードバルト殿下は先代王が退位した後、平民の世話係の侍女に手を付け産まれた庶子だった。

 後ろ盾のないロードバルト殿下は、第三王子殿下の母君の実家、トリオール侯爵家の庇護を受け育ったが、王位継承権は無いに等しい。クリストフ国王の王子たち、それからクリストフ国王の他の弟君、先代王の弟君たちのご子息など、ざっと十人ほどの王族男子がいるのだ。


「お話もなさらなかった?」

「……ご挨拶程度なら、ありますけど特には」


 少し考えてから、リリーシュは答えた。


(会話は…していないものね)


「そうですか…」

 

 現在はロードバルト殿下は騎士として仕えていて、それでも王族なので、若くして騎士団長クラスの地位にいるくらいのことは、リリーシュも知っている。

 父と一緒に王宮に足を運んだ際に、何度かその姿を遠目に見たことはあったが、話をすることもなかった。


「とにかくフェリクス殿下やロードバルト殿下のことなど、今は関係ありません。私が求めているのは、私の夫なんです」


 雲の上の人の話をしても、自分の夫とは関係ない。リリーシュは話題を打ち切った。


「私一人ではもうどうしようもなくて。とにかく伯母が納得して身を引いてくれるくらいの人なら、誰でもいいです。どうかよろしくお願いします」

「条件…増えていませんか?」

「う…そ、それは…でも、伯母に素直に引き下がってもらおうと思ったら、それなりの人でないと…でも、そうなると、やっぱり無理ですか?」


 涙目になって、リリーシュはギルド長に縋る。


「ギルド長、すみません、ちょっとよろしいですか」


 そこへ、若い男性がギルド長を呼びに来た。


「あの、マキャベリ様、少しお待ちいただけますか?」

「え、あ、はい」


 つい感情的になっしまった気恥ずかしさに、赤くなりながらリリーシュは頷いた。


(そう言えば、あれは誰だったのかしら)


 ギルド長が席を外し、職員の人が新しく淹れ直してくれたお茶を飲みながら、リリーシュは先程自分が話した出来事について考えた。

 ウルス以外に自分に「ブス(正確にはかわいくないだが、リリーシュの中では大差はない)」と言った人物。自分と同じ年くらいの子供だったように思うが、幼かったため、自分が父とどこの誰に会いに行ったのか、はっきり覚えていない。

 何しろ父と一緒に馬車で出掛けるのは、初めてのことで、浮かれていたのは覚えている。


「だめ…思い出せない」


 ひどくショックを受けて熱を出し、一時は危なかったことは、大きくなってから母に聞いた。


「お父さんが生きているうちに、聞いておけば良かった」


 今更後悔しても後の祭り。


「まあ、嫌な思い出は忘れたままでもいいけど…」


 それよりは、直面している今の問題の方が大事だ。


「お待たせしました。マキャベリ様」


 そこへ、ギルド長が戻ってきた。


「いいえ、大丈夫です」

「あ、そのままで」


 立ち上がろうとしたリリーシュを、ボウが座ったままでいいと止めた。


「それで、あなたの依頼についてですが」

「はい」


 話を切り出した彼に、リリーシュは少し前のめりになった。


「いくつかこちらから条件をお出ししても、よろしいですか?」

「条件……ですか」


 ゴクリと唾を飲み込んで、リリーシュは身構えた。


「そんな難しいことではありません。まず、我がギルド…私を信頼していただいて、よろしいですか?」

「それはもちろん。このギルドの仕事ぶりは評価しております」

「ありがとうございます。でしたら、私共もマキャベリ様の信頼に応えたいと思っております。ですので、こちらが紹介した者を、無条件に受け入れていただきたい」

「拒否権はない。ということですね。わかりました」

「いいのですか?」


 躊躇なく受け入れたリリーシュに、ギルド長の方が戸惑っている。


「三年我慢すればいいのですから」

「そのことなのですが…これがもうひとつの条件です」

「え?」

「最初から三年後に離婚するのではなく、三年経って、離婚するかどうかは、その時相手と話し合う。というものです。相手がマキャベリ様のお気に召せば、離婚しなくてもいい、ということもあります」

「でも、相手の三年という時間を奪うわけで……」

「一緒に過ごす内に情が湧く、ということもあります。特に問題無ければ、わざわざ離婚する必要もないと思いますが、いかがですか?」


 ギルド長の言葉を聞いて、リリーシュは思考を巡らせた。

 相手がどんな人物かもわからないし、三年後にどうなるかはリリーシュもわからない。

 大事なのは今を乗り切ることだ。


「わかりました」


 背に腹は代えられない。

 普段なら、こんなその場任せの取引はしない。

 しかし、この時のリリーシュは切羽詰まっていた。


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