第3話 リリーシュの事情

 マキャベリ商会は、アントニオ・マキャベリが一代で築いた商会である。

 ユンフォニア大陸の片田舎で生まれた彼は、平民には珍しく魔法の才があった。

 この世界で、魔力がある者は特別珍しいわけではないが、誰にでもあるものでもない。王族や貴族は、その魔力量の多さから、今の地位を確立したところも大きく、魔法の血を絶やさない努力をしてきた。

 平民でも稀に親には魔力がなくても、発動することもあり、アントニオはその部類に入る。

 魔力があれば、平民でも立身出世を望める。アントニオは、学費免除で大陸一の大国ベサニーナ皇国の国立魔法学園に特別入学を果たした。

 そこで彼は魔法のについて学びながら、在学中から数々の魔道具を始めとする品を発明し、特許を獲得した品を売るため、マキャベリ商会を興した。

 彼には魔力の他に特別な事情があり、彼の作り出す発明品は、ベサニーナ皇国でもてはやされるようになった。

 学園を卒業してから、彼は商会はますます大きくした。

 泥水を清水に変える道具。雨を弾くコート。髪を乾かすドライヤーに、洗濯機、時短調理器具に通信器、美容器具、食料品など、彼の考えるものは、魔力を持たない者でも気軽に使え、また食料品に至っては持ち運びや長期保存が可能で、湯を注ぐだけで上手いスープになるものや、特殊な袋に入れて、湯で温めるだけで食べられるものなどを発明し、軍や冒険者などを中心に、爆発的に売れた。

 そして、彼はその功績により、男爵位を賜った。

 アントニオは、その後平民のラエラと言う女性と結婚し、彼女との間に生まれたのが、リリーシュと八歳離れた弟のユージーンだ。

 ラエラはユージーンを生んで亡くなり、ユージーンも生まれつき体が弱く、よく熱を出した。

 そんなユージーンのために、アントニオは様々な医療器具を発明した。

 皮肉なことに、息子の病を経て商会は増々大きくなった。

 リリーシュは父親に似て、魔力があり、父と同じ道を歩んだ。

 父と同じ国立魔法学園に通い、卒業後は父と共に商会で働き、商品開発に関わった。

 ユージーンは大きくなるにつれ、体も丈夫になってきたが、時々熱を出したりするのは変わらなかった。

 親子三人仲良く暮らしていたのだが、三ヶ月前、アントニオが馬車の事故で亡くなってしまった。


「マキャベリ氏の事件のことは、かなりの騒ぎになりましたから。葬儀には私も参列させていただきました」

「ありがとうございます。本当に、大勢の方にお悔やみをいただきました」


 父の突然の残酷な死に、リリーシュとユージーンの衝撃はかなりのものだったが、彼女にそれを嘆いている暇はなかった。

 リリーシュは既に二十三歳になっていて、成人年齢に達していたが、ユージーンはまだ十五歳。成人になるまで後三年あり、保護者が必要だ。

 マキャベリ男爵家を継ぐにはまだ早いうえ、病弱であると理由をつけて、死んだ母の姉のグラシアが、マキャベリ家の今後について口を出してきたのだ。

 はっきり言って、リリーシュはこのグラシア伯母と夫のヘンリー、そして息子のウルスが嫌いであった。

 昔から金の無心にマキャベリ家を訪れていた。ラエラが亡くなった後も、母親がいなくて寂しいだろうとか理由をつけては、頼みもしないのに息子のウルスと共に訪れた。

 リリーシュよりひとつ年上のウルスは、体の弱いユージーンを馬鹿にし、リリーシュにも頭でっかちだの何だの意地の悪いことを言うのだ。

 マキャベリ家の使用人を、まるで自分たちの使用人のようにこき使う。そして彼らが帰った後は、マキャベリ家の食料がごっそり無くなり、調度品もいくつか無くなっていたりするのだ。

 アントニオも流石に堪忍袋の緒が切れ、彼らを出禁にしたのだが、そのアントニオが亡くなってしまったため、彼らはまたマキャベリ家に押しかけてきた。

 そして、ユージーンが体が弱いことを理由に、爵位を継ぐには相応しくないと主張してきた。

 マキャベリ家の爵位だけでなく、商会や財産まで手に入れようとしているのが丸わかりだが、女は爵位を継げないため、リリーシュが男爵になることも出来ない。

 そして、彼らはウルスとリリーシュを結婚させ、ウルスにマキャベリ男爵を名乗らせようとしているなだ。


「ぜったい、絶対にウルスなんかと結婚なんてごめんよ。手を握るのも嫌なのに。それに結婚した途端、夫のいうことを聞けと言ってくるに違いないわ。ウルスをどこか病院に放り込んで、マキャベリ男爵家を乗っ取ろうとしているのよ」


 ウルスはだらしなく垂れた眉と目をしており、少し前に飛び出た歯、猫背気味の体。おまけに弱者にはとことん強気で、強者に対して媚びへつらう性格が気に入らない。

 いとこであることも辞めたいくらいなのに、夫にするなど断固拒否したい。


「だから、あなたが結婚し、その相手を男爵に?」

「ユージーンが成人するまででいいのです。商会は今の従業員がいれば問題なく経営できますし、私は商品開発が続けられれば、それでいいんです」

「なるほど…お話はわかりました。しかし、うちに頼む前に、まずはお心当たりの方はいらっしゃらなかったのですか?」


 そう尋ねられ、リリーシュはギクリとなった。



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