9「整理」

日曜日になり、約束の場所へと来て、黒香は自分の家へと案内した。

あやとは黒香の家を見ると、言っては悪いと思うが、少し寂しい感じがした。


「ごめんなさい。少し綺麗にしようかと思ったのだけど、出来なくて。」


玄関の扉を開けると、中はとても埃っぽかった。

掃除をしていないのが分かる。


「中に入る前に、訊いてください。」


黒香は、自分の今置かれている立場を話した。

すると、あやとは涙を浮かべた。


「あやとさん?」

「ごめん。そんな大変な事情があったなんて……。」

「でも、もう、慣れました。」

「こんなの慣れてはいけないよ。」


あやとは、黒香の頭をなでた。

頭から伝わる熱が、黒香を解かしていく。

次第に黒香は、心からあふれる感情が、瞳から流れて来ていた。


「あ、あれ?」


両親が亡くなっても泣かなかったのに、ドンドンとあふれて来る。

あやとは、自分が持っているハンカチを出して、黒香の頬を拭き、渡した。

黒香は、ハンカチを持って、さらに、大声で泣き出す。


しばらくしてから、泣き止み、黒香は、目を赤くしながら、あやとを見た。


「こんな埃っぽい家で、ごめんなさい。」

「そんな事ないよ。家を掃除したり、整理整頓したり、ゴミを出したりするのって、結構、大変だから……もし、俺がやっていいなら、今日からやり始めるけど。」

「そんな、私一人で、ん。」


あやとは、右人差し指を黒香の口に当てて。


「だめ。俺にやらせて。」

「はい。」


あやとは、今日、黒香の家を掃除しはじめた。

まずは、この玄関からだ。


「両親の靴って、どうするの?」

「全部すてちゃっていいです。私のだけにしたいので。」

「わかった。」


ゴミ袋と段ボールを用意してもらい、分別し始める。

玄関を見ると分かるが、両親は靴が好きっぽくて、色々な種類の靴があった。

中には、箱に入ったままで値札がまだ付いたままのがあった。


「これは、ネットで売るといいかもしれないな。」

「そうなんですか?」

「任せてくれるなら、やってみるけど?」

「はい、よろしくお願いします。」


そんな風で、玄関が綺麗になっていく。

玄関が綺麗になる頃には、正午を過ぎていた。


「お昼ご飯どうしますか?」


黒香が訊くと。


「近くにコンビニとかある?」

「あります。」

「では、そこで買って、家で食べよう。」

「でも、家の中も結構汚れていて、食べる場所なんて私の部屋位。」

「なら、黒香さんの部屋で食べましょう。」

「え、ええ。」

「あっ、そうですね。まだ、お付き合いし始めたばかりで、部屋はいけませんね。この玄関で。」


すると、黒香は。


「そうして下さるとありがたいです。部屋も綺麗にしてあるとはいえ、ちょっと物が散乱していまして。」


あやとは想像するしかないが、玄関の様子から推測して、了解した。

コンビニでご飯を買い、玄関で食べている。

その間にも、色々と黒香の情報を訊いた。


黒香の家は、名家ではないが、両親が有名な人と仕事をしていたから、裕福であった。

会社を経営し、とても安定していた。

所が、事故で亡くなると、会社は経営が変わって、副社長が務めた。

社長である父と、副社長はとても仲が良かったから、事故も副社長が仕組んだとかもない。

本当に一般的な事故だ。


その証拠として、副社長は、お葬式に来た時に、とても多く泣いていた。

泣き顔は、本気で、娘である黒香が泣くスペースがない位だ。

変わりに泣いてくれていると思う位の泣き方で、見ていて辛さが感じた。


「お父さんの意思を継いで、絶対にいい会社にしてみせる。」


その一言を、黒香に言ったくらいである。




お昼ご飯を食べ終わり、あやとは黒香に。


「家の中、掃除するの手伝っていい?」


と訊くと。


「玄関だけでも、手伝ってくれてありがとう。家の中は、私でなんとか。」


すると、家の中から音がした。

音からすると、何かが崩れた様子だ。


「手伝わせてくれる?」

「……はい。」


家の中に入ると、埃っぽくて、何も手入れしていないのが分かる。

今崩れた場所へ行くと、そこは台所であった。

冷蔵庫の上にあった物が崩れたと思われる。


「なんだか、この家が、ここから綺麗にしてっていっているみたいだね。」

「そうね。」


台所から掃除する。

水道は多少きれいだったが、その他はきれいとは言えなかった。

最初に手を付けたのは、冷蔵庫の中だった。

それには、冷蔵庫の上から落ちた物が、冷蔵庫から整理してと言っていると思ったからだ。


冷蔵庫の中を見ると、賞味期限が切れた物とか、カビが生えている物など、もう食べられない状態があった。

この機会に、全部リセットしようとなり、処分をした。


黒香は、もう黒香が使わない台所用品を仕分けする。

段ボールの中に、使わない物を入れていく。

ミキサー、千切り機、麺づくり機械などが入っている。


「いいのか?」

「いいのです。私は、包丁とまな板、それと皮引きだけでいい。手でやるのが好きだし、機械は必要ないよ。」

「料理得意なの?」

「ええ、料理はとても好きだわ。でも、この一年は買って来て食べていたから、このありさまよ。」

「好きな事が出来ない位だったんだね。」


あやとの一言が、黒香はとても嬉しくて、微笑む。

黒香は、あやとが好きになっていく材料が増えていく。

悲しみの重さを分かってくれた。


台所は、台所用品の機械が多くあるだけで、他は埃が被っている程度、食品や調味料をリセットすれば、使える。


「俺も、料理は好きでね。今度、一緒に作ろうか。」

「いいの?」

「いいよ。この台所、とても広くていいから、使わせてもらっていいかな?」

「……、少し考えたのですが。」


黒香は、雑巾を使って台所の床を拭いている手を止めて。


「私、未成年だけど、ううん、未成年だからこそだけど、一緒にこの家に住みませんか?」

「は?」


あやとは、食器を再度洗っていたから、持っていたスポンジを落としそうになる。

スポンジが泡がついていて、滑ったわけではない。


「な、なんで?それに、未成年だからこそって。」

「私、あやとさんとお付き合いして、結婚するんですよね?だったら、お互いに知りたいですし、あやとさんがいれば保護者になれるでしょ?」

「だからといって……。」

「それに、この家は広すぎて、私一人では重いの。でも、好きなの。」


あやとは、手から泡を落として、腕を組んだ。

少し考えていると、クロとクローバーが来た。


クローバーはクロに、家の中を案内していた。


「あやと、この家、裏に庭があるにゃ。荒れているけど、整備すると、とても素敵な場所になるにゃ。しばらく、この家で遊びたいにゃ。」

「部屋は沢山あるから、泊まっていくカー。それとも、あやと、引っ越すカー。」


未成年という壁があるから、それを崩したくなかったのだが、何故か、壁は猫とカラスによって、あっけなく崩れ去った。


「わかりました。引っ越します。」


あやとは、引っ越しまでにするプログラミングを組んだ。


まず、黒香を両親に、将来結婚する相手として紹介する。

黒香が高校卒業するまでは、泊まりとする。

卒業したら、完全に引っ越しをする。

今やっている仕事は、当分はやめないが、黒香の両親がやっていた仕事や固有関係を訊くと、付き合っていく必要がある。

付き合っていくと、仕事はやめないといけなくなる可能性がある。

そこの所も考えて、タイミングを決めなくてはいけない。


それを黒香に説明すると、分かった様子で了解した。


「そ……それとだな。黒香さん。」

「はい。」

「俺は、これが初めての付き合いになるから、ぎこちない所もあるかもしれない。」

「ええ、私も、初めてですよ。」


黒香は、姿勢を正して。


「改めて、これからの人生、よろしくお願いします。」


あやとも。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


お互いに一礼をする。

顔を上げると、声を出して笑った。


その様子を見ていたクローバーは、にやりと笑った様に見えた。

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