3「一日」

「母さん、外に出かけて来るけど、買い物ある?」


実家に帰って来てからの生活は、朝、六時に起きて、ご飯を食べて、歯磨きをして、庭でラジオ体操をした後、仕事を十時までして、それから散歩に出かける。


家は、庭付きの一戸建て。

二階はなく、一階だけの平屋だ。

中は和室が多く、洋室は台所と食事スペースであった。


玄関を入ると、目の前には廊下が広がっている。

突き当りの部屋は、父の部屋で、そこに行くまでに右側には三つ扉があった。

三つの扉は、トイレと脱衣場、納戸である。

左側の部屋は、手前は台所と食べるスペース。

奥にいくと、あやとの部屋、次の母の部屋だ。


この部屋の中では、父の部屋が一番広い。


あやとの部屋は、入口のふすまを開けると、右側には、洋服ダンスと姿鏡と押し入れ。

左側は机に、上にはパソコンがある。

真ん中には、布団が敷いてあり、上からの電気は紐が長く垂れ下がっていた。

まだ、引っ越してきたばかりで、荷物が段ボール箱に入っているのが、入口付近に置いてある。


その部屋から、母が台所から出て来る音が聞こえたから、丁度、休みたかったし、声をかけた。


「あら、いいの?」

「今日は、とても晴れていて、暑いから出掛けるの大変でしょ?」

「そうだけど。なら、リストをメモに書くから、待っていて。」


母は、台所に戻って、新聞に一緒に入ってくるチラシの裏に買い物リストを書き始めた。

チラシは、裏が何も書いていないのを、四つに切って、台所にあるチェストの上に置いてある。


「はい。結構あるわよ。」

「いいよ。行こう。クロ。」

「にゃー。」


クロは、あやとの肩に飛び乗ると、自分の頭をあやとの頭に摺り寄せた。


「あら、クロも行くの?」

「俺と一緒なら大丈夫だから。」

「この二年間で、変わったのね。」

「まあ、ね。」


クロの体重は、七キロあったが、意識を共有しているのもあって、重さは感じなかった。


「これ、買い物袋と財布ね。ポイントカードもあるから、付けて来て。」

「わかった。」


買い物に出かける。

家を出ると、あやとの目は、まるで猫が獲物を見る目の様に、普段黒い所が丸くなった。


「いくよ。クロ。」

「がんばるにゃ。」


そう、これは、黒神からの仕事だ。

仕事内容は、あれから紙で郵便物として送られてきた。

メールでも良かったのだが、どうやら黒神は紙状が好きなようだ。


簡単に書くと。

家から出る時には、周りの人の頭を観察する。

動物の耳が見えたら、その人が心の中で企んでいる事がある証拠。

その人のどこでもいいから、クロがかみつけば、浄化出来て、企みがなくなる。

クロは猫だが、蜂窩織炎や炎症などの猫の噛みつきによっておこる感染症はないから、安心して噛みついて浄化出来る。


今、地球上には、色々と企む人が多くて、見た目は害がない人であっても、心の中は黒い人がいる。

神様の最高位、最高神がいて、最高神は人を作ったから、その人が何かを企み、脅して、迷惑をかけていると思うと、苦しいのである。


だから、浄化を黒が味方の黒神に頼み、黒神が見定めた人間に声をかけて、人々の心にある企みを浄化しているのである。

黒神が頼んでいる人間は、大抵、黒い動物と一緒にいて、仲が良いのが条件で、仕事を依頼している。


今回、黒谷あやとに声をかけようとしていたが、その時に相棒となる黒猫が亡くなる瞬間だった。

本当は命を助けたから、依頼を受けてと、等価交換をしたくはなかった。

しかし、つい、その場の流れで、依頼をしてしまい、黒神は後悔していたのは、記しておく。


その仕事をする為、あやとはすれ違う人の頭を見ていた。

上を向いて歩いているから、気持ちが上向きになっていく。


「気持ちいいな。クロ。」

「本当にゃ。」


クロも、あやとの目線で人を見られるから、とても気持ちがいい。


歩いていると、買い物する店に着いた。

店の中は、流石に動物は連れ込めなかったから、クロは入り口付近で待つことにした。

野良だと思われるのも嫌なので、きついと思うけど首輪に紐を用意して、入口付近にあるポールに繋げた。

だが、少しでも動けば、直ぐに外れるようにしてある。


「買い物してくるから、いい子に待っていてね。」


少し大き目の声で言うと。


「にゃー。」


クロも大き目な声で返事をした。

これには、周りに、猫の散歩をして、ついでに買い物に来たと思わせたかったからだ。

周りの様子を見ると、そんな風に思ってくれて、微笑ましい顔になっている。


「あら?その猫ちゃん、君の?」


その一言が欲しかった。


「ええ。いつも散歩しているんですよ。」

「そうなの。結構、大人しいのね。」

「俺の言う事なら聞くので、とても助かっています。」

「いい子ね。」


話しをしながら、買い物する店へと入って行った。

こうやって少し目立って、こちらの事情を知って貰えば、クロも安心して店の前で待っていられる。


買う物を、かごに入れていき、レジにきた。

レジの人に一言。


「俺、猫を散歩させているのですが、今、店の前にいます。これから、こういう事があるかもしれませんが、ご迷惑おかけしませんので、いいですか?」


すると、レジの人は慣れた言葉で。


「いいですよ。猫は聞いた事ないですが、犬はけっこう散歩して買い物に来られる人がいますから、店の中にいれなければ、別に大丈夫です。」


許可を得た。

こういう言葉が出て来るとなると、よく、質問されるのだろう。

マニュアル化してあるのを、感じた。


レジを済ませて、クロの元へと戻ると、クロの様子が違った。


「おまたせ、見つけたの?」

「にゃー。」


クロの視線を見ると、いた。

頭に、ねずみの耳が見えている女性。


急いでクロを紐から解いて、肩に乗せた。

女性は見ると、スーツを着て、少しイライラしているのか、ヒールの音が大きかった。


「クロなら、女性の後を追えるな。」

「にゃー。」(大丈夫にゃ。)

「頼むぞ。俺がやると、事件になるからな。」

「にゃーにゃ。」(まーかせてにゃ。)


会話をした後、クロは女性を追った。

あやとは、クロの後を少し離れて歩いた。

人気の少ない場所に来た時、あやとがクロに意識を飛ばして。


「今だ。」


合図を送った。

合図を送ると、クロは女性の足首を目掛けてかむ。

女性は、少し痛がったが、瞬間に、ねずみ耳が無くなった。


クロが姿勢よく座り、女性を見ると。


「あら、黒猫ちゃん。こんにちは。」


声をクロにかけた。

クロと話しをしていると、かまれた事すら記憶にない様子で、普通に猫に話しかけている。


すかさず、あやとが走って来て。


「すみません。俺の猫です。」


その一言から、会話をして、女性と離れた。

女性はイライラしていた気持ちが無くなり、歩く音も大きくなかった。


「これで仕事完了でいいのかな?」


肩に乗ってきたクロに訊くと。


「いいんじゃないかにゃ。」


と、返した。



家に帰ると、心配した顔をして出迎えた母がいた。


「クロ、買い物するお店大丈夫だった?」

「大丈夫だよ。店の人にも許可貰ったから、これからは一緒に行ける。」

「良かったわ。さ、暑かったでしょ?飲み物、用意してあげる。」


あやとには氷入りの麦茶を、クロには氷入りの水を用意した。

あやとは全てを飲み切り、クロは少し舐めて、買い物をしてきた袋を台所の机に置きながら、財布とメモの紙を置いて、クロを抱っこして、自分の部屋に向かった。


これからは、本業の仕事をする。


その間、クロは庭で虫や鳥と遊んだり、縁側でゴロゴロと寝ていたり、たまに、あやとと話したりしていた。


夕方になり、父が帰ってくると、あやとがクロを連れて玄関まで出迎える。

父は、その姿を見ると。


「言っていた仕事な。断れた。」

「よかったね。」

「話しを訊くと、転勤になる可能性があった。」

「それは、大変だ。」

「転勤となると、彩実と別に暮らすのは辛いし、何より、身体を心配してくれるあやとがいるからな。だから、断った。」

「断れたならいいよ。父さん、これからも一緒にいよう。クロもそう思うだろ?」

「にゃー。」


クロは、あやとの腕から降りて、父の足元にすり寄る。

父は、クロを見て、断って良かったと、一言呟き、家の中に入った。


それから、夕ご飯を母と一緒に作り、家族で一緒に食べて、風呂に入って、少し経ってから、クロと寝た。


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